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私がわたしを描く世界   作者: 宇槻 叶
7章
64/70

(光と闇)

 一定のリズムで波が崖に打ち付ける音が静かな辺りに響く。

空と海の境が分からないほどに真っ暗な世界だった。雲ひとつないすっきりと晴れた空に浮かぶ色とりどりの星が同じように海にも浮かんでいる。

その淡い光が目鼻立ちのはっきりとしたランレイの顔を照らしていた。彼女の視線は海の端を捉えるように遠くを見つめ、眉間には深い皺が刻まれていた。


「リュウで水を飲んでから、頭の中に変な映像が流れてくる……」


 彼女の言葉が途切れたタイミングで冷たい風がびゅうと正面から吹き付けた。

 夜が深まり、冷たさがどんどん増していく。今まで味わったことのない冷たさに自分の体を抱きしめるように座った。

 

 彼女の身体にはいつも身に着けていたマントはなく、それは横で吐息を立てるルーキの体にかけられていた。

 ランレイとルーキはさすがに何もない海辺にいることはできず、森と岸辺の境のところまで移動していた。心なしか木々が冷たい風から守ってくれているようだった。

 

 風でルーキの顔に光を放つような金色の髪が掛かり、顔がどちらが正面かわからないような状態になった。それを見てランレイはふっと笑みを溢す。


「すごいことになっているぞ、ルーキ。……いつになったら目をさま―――」


 彼女がルーキの髪を手で戻そうとしたとき、背後で枝が折れる軽い音が聞こえた。

ランレイは戦闘態勢を取りながら、音がした方へ体ごと顔を向けた。


 顔を左右に振るも人影は見えないし、気配もしない。

 

 木のせいだっただろうかと彼女が顔を背けようとしたとき、木陰から飛び出す黒い影があった。走り去るときに向かい風にあおられて、頭まで覆っていた黒いマントが頭から落ちた。

 強い風に彼女の艶やかな髪がなびく。

 その髪の隙間から見えたのは、彼女が知るハイネの笑った顔だった。

 

「ハイネ?」


呼び止めるように声を掛けるも、その黒い女は森の深い方へ向かって駆けていく。


「何やってるんだよ! ハイネ! 私だよ?」


 ランレイは冷たくなったからだを奮い立たせて、その影を追う。

 ザクザクという音にたまにパキっという軽い音が混じる。


 いくらランレイが追いかけてもハイネは止まることがなく、どんどん遠ざかっていく。


 手を伸ばそうとしたとき、後ろから強い力で手を引かれた。

 驚いて左手を振り払い、振り向くとそこにはぽかんと口を開けたメルローたちの姿があった。


「お前、何してるんだ?」


「何って、さっきハイネがこっちに来たから……」


「ハイネ? ハイネならまだゲンダツバたちと一緒だぞ?」


「見間違い……か?」


自分に言い聞かせるように呟く彼女の頭には、一瞬しか見ていないはずなのに鮮明に思い出されるあの全身が黒い女の顔が浮かんでいた。


「まだ寝ぼけているんじゃないの?」


「そうかもな……」


ランレイは馬鹿にするような表情を浮かべるメルローには目も向けずにそういうと、シャルの方に顔を向けた。


「ハイネだけ残してどうして戻ってきたの?」


「ああ、何でもゲンダツバの連中が話があるということで、残っておられる」


「あんた、あの連中を信用したの?」


 ランレイの鋭い目がシャルを睨みつける。


「そんなわけないだろう。見張るためにお前たちを迎えに来たのだ。そこまで離れているわけでもないし、こいつに任せていても不安だからな」


 シャルも隣にいるメルローには目も向けずに左手の親指で彼を指し示すようにした。

 指差されたメルローは一瞬言葉の処理に後れを取ったものの、理解したのか2人の会話をかき消す様に騒いでいる。

 だが、全く聞き入れられずに2人の声のボリュームが上がっただけだった。


「なるほどね。じゃあ、早く移動しないと」


「ああ。私がルーキを運ぼう」


「わかった。周りは私に任せて。……それにしても、なんでハイネだけ……」


「ハイネ様は特別な存在だからな」


―――――――――――――――――――――――――――――――――


 投げ込まれた椅子がぷすぷすと気が抜けた音を出す黒い塊になると、火が弱まり部屋が数段階暗くなった。

 厚い鉄の扉に守られたこの部屋は暖かいはずなのに、背筋に氷水を流されたような寒気が走る。


 ユングが手を白い布で拭い、その布とフラッドが右手に持つ一本のろうそくと交換した。

 手渡されたろうそくの光が暗い部屋にオレンジの新たな光を灯した。

 光の当たる部分のみを照らし出し、他の部分にはより一層の闇をもたらした。

 なぜか、照らされるユングの笑みが恐ろしく見えた。


「さて、穢れも払ったことです。本題に入りましょうか」


 穢れというものが、この部屋を少し前に去ったシャルとメルローのことを指していると分かると、恐怖する気持ちを凌駕した。


「おや、そのような顔をなさらないでください。姫……私たちも本当はこのようなことは言いたくない」


 私の苛立ちは表情に出ていたのか、ユングが笑いながらそう言った。

 でも、次の言葉を紡ぐころにはその笑みはふっと消えた。

 まるで、当たり前のことを言っているのに、なんでそんな顔をするのかとこちらを咎めるように。


「ですが、この国にいる様々な種族は対等な存在ではない。わかりますね? 我々は聖なる力を手に入れる必要がある」


言葉に圧力を感じる。

部屋の空気が何倍にも圧縮されたみたいだ。


「すべては人民のためですよ? 姫」


========================

太陽の光が線のようになって降り注ぐ渡り廊下。

生徒たちの足音がこだまする。

 少し前を歩く女の子2人組が楽しそうに話す。


「塾でさ、他の高校の人たちと一緒なんだけど、マジで頭悪くて引く」


「わかる。あれで大学行こうとしてるのが無謀って感じ」


 嫌な笑い声が頭にねっとりとこびり付く。


「この高校来るとさ、中学同じだった人とかよく今まで話してたわって思う」

「確かに。遊ぶだけだったら頭使わないからいいけどね。進路の話は一緒にしないでもらいたいわ」


「本当にそれ。私、早慶B判定だったから頑張んないとだわー」


「私も。やっぱA判定じゃないとね……だよね?」


振り返ってくる仮面のようなこびり付いた笑顔。圧力。恐怖――――


====================================


 息がうまくできない。

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