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私がわたしを描く世界   作者: 宇槻 叶
7章
61/70

(ゲンダツバの歓迎)

波を縦に切り分けていく船の上、波が船を打ち鳴らすジャブジャブという耳馴染みの良い音とチョウヒの歌声が聞こえてくる。高く昇っているじりじりと暑い太陽がリュウの岸を離れていくにしたがって、徐々に熱を抑えていく。


 チョウヒは船頭を自分の背中に紐で巻き付けて、水の中を器用に泳いで進んでいく。

 あまり海のアクティビティには詳しくないが、修学旅行の時に乗ったバナナボートに近い気がする。安定感はこちらの方があるが、たまにチョウヒが何かを見つけて急に止まったりすると慣性の法則で衝撃が走ったように前に身体が押し出される。


 メルローはすべて忘れ去ったような楽しそうな表情を浮かべながら、チョウヒに見つけたものを聞いたり、1人でも楽しそうにあちこちを見て回ったりしている。

 右横にいるランレイは疲れが溜まっていたのか、今はルーキと並んで膝を抱えて顔を伏せ寝ている。周りをドタバタと走るメルローにも慣れたのか、それとも関わったら負けだと思っているのか何も声を上げていない。

 対面に座るシャルは起きているが、口を半開きにしたまま瞳が宙を捉えている。夢から出てきた以降、言葉をあまり発していない。もともと白い顔が青白くなっているように感じる。少しずつ何かが変わり始めているらしい。


 昼過ぎにでてそこまでたっていないはずなのに体感よりもずっと早く陽が落ちていく。空が端の方から赤紫色に色づき始めて、海も深みを増した色へと変わっていく。

 冷たい風が北の方から私たちに向かって吹きつける。服の隙間から入ってくる風が全身を駆け巡って、通ったところから鳥肌が立っていく気がする。ランレイを見習い、膝を抱えてみても寒さは遠慮を知らずにより強さを増していく。


「見えてきたぞい。あれがゲンダツバの街だな」


 チョウヒが指差す北西の方角に黒々とした山のようなものが見えてきた。メルローは「陸だ!」と指を差しながら叫び、冒険を楽しんでいる。ランレイはさすがに寒さで起きたようだ。手を擦りながら「寒っ……」と呟き、身を丸めている。


 指差された陸の方にオレンジ色の光が2つ、3つ――――だんだんと増えていくのが見える。


「なんか人がいっぱいいるぞ?」


メルローは闇の中でも目が効くようで、影にしか見えないところを見て声を上げた。目を凝らしても到底何も見えそうもない。


「おお? 人がいっぱいいるか? そしたら、奴らが出迎えに来たのかもしんねえなあ。珍しい」


 陸が近づき、だんだんと目も慣れてきた。海岸にある崖の上に針葉樹の森が広がっており、その森の中に松明を持った人々の姿が見えてきた。

 車のライトも眼鏡もなしにこんなに見えるなんて不思議で仕方なかったが、小説の中の夢なのだからと自分に言い聞かせて深く考ることをやめた。


「おーい! 出迎えてもらって悪かったなあー」


 チョウヒが船を引き上げながら大きく手を振る。けれど、森の中の彼らの動きは一切ない。


「ちっ。つまんねえ奴らだ」とチョウヒはぼやきながら、船の後ろに海岸に落ちている大きな石を置いて固定すると、私たちを順に抱えて降ろしてくれた。


森の中で潜むように立っていたから最初は分からなかったが、彼らの姿はファンタジーの世界で目にするケンタウロスにそっくりだった。

 下半身は馬、上半身は人間の姿をしている。ただ、ファンタジー小説と違う点とすれば昔の西欧の兵隊のような服を着ているということだ。詰襟のある黒いジャケットに黒いマントを背になびかせている。途轍もない威圧感を感じる。歓迎されていないようにしか思えない。


 そんな威圧感など微塵も感じないのかメルローとランレイ、チョウヒはいつもの調子で話している。

「おー! すっげえ! ゲンダツバ初めて来たぞ!寒いなあ」


「そんなに寒いことが嬉しいわけ? 頭おかしいんじゃないの?」


「こんな寒いの初めてなんだから仕方ねえだろ!」


「マゴラガの坊ちゃんは冬眠しないように気を付けないとな」


「冬眠なんかしねえよ」


「冬眠すればいいのに」


 気が抜ける笑い声が辺りに響く。シャルは威圧感を受けているのか、ルーキをぎゅっと抱きしめたままゲンダツバの人々たちに正対している。


 1――2――3――


崖の上にいる多くの中で、右肩付近にきらりと光る石を飾る中心の人物と目が合い、なぜか糸が結びついたように目が離せない。背筋がひんやりと冷たくなりつつ、無駄に数えてしまう。


 4――5――6――


=============================


「ねえ、知ってる? 6秒間見つめ合った男女は恋に落ちるんだって」

 秒数を数え終わると話しかけてきた。前の席で振り返るように横向きに座る男の子。青空が大きく広がる窓側の席で風が吹くたびに束ねているカーテンが膨らんで彼の体を隠す。

 教室では、白髪交じりの教師によって黒板に数字が示されて行く。休み時間ではない。授業中だった。けれど、生徒で聞いているのは半分にも満たない。ほとんどが寝ているか、誰かと話をしているか、別のことをしている。

 それでも試験では好成績を叩きだす生徒ばかりだから質が悪い。教師たちは何も諦めているように思える。


「俺、本当にそうなるのか、いろんなパターンで検証してるんだよね。今、どうだった?」


「どうって?」


「だから恋に落ちた?」


「いや? 落ちてないと思う」


「そっかー。そうだよなあ。俺の中では仮説として、見つめ合うときに目が離せないっていうのはさ、建前で、もはやその前の時点で生物学的な要因を判断して好意を示しているからではないかなとね」


「そこまでわかっててやる?」


「秒数を数えられてしまうと、なんとなく恐怖心が生まれて目が離せないっていう仮説もあったからさ」


 彼は楽しそうに笑っている。遠くでピントが合っていない先生はため息をついている。


=========================================


「お下がりください」


 腕で体を後ろに押されて、砂浜に足を取られ転びそうになってしまった。先ほどまで横にいたシャルが目の前に移動していた。私を覆うように立ち、ルーキをランレイに預けていた。

 記憶がまたフラッシュバックしていたらしい。気付かないうちに崖の上の人々が蹄を高らかに鳴らしながらこちらに向かってきており、あと数メートルのところまで来ていた。


 目が合っていた中心の人がぴたりと動きを止め、筋骨隆々の体を器用に曲げておじぎのような仕草をする。とても優雅で気品がある。それを真似るように他の人々も同じ動きをする。

 思わずこちらも頭を下げてしまう。


「あなた方の運命、我々は以前から理解し、待っておりました。私の名前はユング」


 先頭を歩いてきた中心の1人が声を上げた。目が合っているはずなのに、目が合っていないような気がしてしまう。私の方を見ているだけ。そんな感じだ。

 「へっ。わざとらしい」とチョウヒが乾いた笑いを上げた。ゲンダツバの人々の視線が一気にチョウヒへと集まる。

「どうした。まだいたのか湖の守り人よ。其方の役割はすでに終わっている。仕事に戻り給え」


 優雅というべきなのか、ミュージカルを見ているようにわざとらしいというべきなのか、ユングの話し方には感情を感じない。

 ただ、眼光は鋭く、目を逸らさずに大きなチョウヒのことを見つめ続けている。

 チョウヒは大きなため息をつくと、私たちの方を振り返って笑みを浮かべた。


「じゃあな、おめえら。気を付けてな。……あと、こいつらのこと、信用しすぎんなよなあ」


「名誉棄損もいいところだ」、「頭のおかしいやつだ」、「お前の運命が地に落ちるぞ」などと間髪入れずにゲンダツバの方から様々な声が上がる。蹄が地面を揺らす。

 ユングが手を広げると、一気に声が止まり、静まり返った。冷たい空気が戻ってくる。

 チョウヒは苦笑しながら、親指で後ろのゲンダツバたちを差しながら「なっ」とウィンクした。

 彼はゆっくりと船を海に戻して腰紐を付け直し、「失礼しますたー」と言いながら海へ入っていった。


 チョウヒが10メートル、20メートルと遠ざかっていくまで、沈黙が流れた。ただただ、その場にいる全員でチョウヒの背中を見送っていた。

 そして、船が指でつまめそうなくらい小さくなったとき、ユングが沈黙を破った。


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