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私がわたしを描く世界   作者: 宇槻 叶
6章
56/70

(はじまりの海の歓迎)

ポチャン――――


 水に石が落ちた音が聞こえ、その音を中心にするように水面に同心円状の波紋が広がっていく。薄暗く陰気で、でもどこか穏やかな気持ちにさせるような場所に立っている。


「2人とも、無事に海に入れたようじゃな」

 まるで自分の中から竜王の声が聞こえているようだった。しかし、私自身の実体は見えない。手も足も見えない。この世界には存在していないみたいだ。


「して、自分の姿は見えるかの?」

 見えませんと答えたいのに、声が出ない。竜王の声は聞こえるのになぜ!?と慌てているのが伝わったのか竜王は言葉を続ける。


「慌てるでない。そこは言わば、意識の中。自分の実体がないのは当たり前のこと。しかし、反対に意識だからこそ、自分の姿かたちを描きさえすれば存在することができる」

 竜王のゆったりとした口調と状況が理解したおかげで、焦っていた頭が次第に冷えていった。

 自分の姿を描く……自分の顔、どんなのだっけ……

 焦るな……とりあえず、手足を想像して、服……白いサリーみたいなキンナラの服……

 顔……鏡を思い出せばいい……いつも化粧をするとき、嫌でも見る顔……

 自然と目を閉じて想像しているのか、瞼にぐっと力が入る。


「お! よかった、サクラ!」

 その明るい声につられるように目を開くと、上下に水面が広がる世界にメルローが浮かんでいた。


「メルローさん!」

 彼のもとに駆け寄ろうとすると、下は水面なのに地面のように走ることができた。彼の手を思わず取ると、水のように冷たい。


「どうやら、うまく姿を作れたようじゃな。そこからはお主らに任せることしかできぬ。昔の力があれば、ワシの力で誘導することもできたのじゃが、今はどうにも力が弱い」

 竜王の言葉にだんだんとモヤが掛かっていくようだった。ゆったりとした言葉の端々が徐々に消えていく。


「強……引き込まれる……手を……せ」


「え? 何? 聞こえねえよ?」


「導かれる……く……こまれる……を……のば……」


 竜王の声はシンとした水の中に波紋を作り出しながら沈んでいった。


「どういう……ことなんだろうな。竜王の言葉」


「導かれるって言っていましたよね……何かが私たちを導いてくれるのでしょうか?」


 考え込む私の左目の端に何かが映った。ふとそちらに視線をやると赤黒く光る玉がふわりふわりと漂って、こちらに近づいてくるのが見える。


「あれは一体」

 

 そう指を差そうと手を伸ばしたとき、その光の玉は手に吸い付くように急激に近づいてきた。赤黒い血のような光が目の前を包み込む。


「おとう、さん……逃げて……よ……。おとう……さん」

 泣いている女の子の声が頭に響いてくる。胃の奥の方から苛立ちが湧き上がってくると同時に、目の奥が痛み、熱くなり、熱い涙が頬を伝っていく感覚がする。


 真っ暗な世界に白い大きなスクリーンが現れて、映画館のようだった。そのスクリーンをじっと見つめているかのように佇む赤黒い光がある。その光は人のような形を模っている。よく見ると、ヒカリの中にうっすらとランレイの横顔が浮かんでいる。


 真っ白なスクリーンに色白の筋肉の少ない男が横たわっているのが映っている。男の顔にかかっている眼鏡はひび割れ、頭から血を流し、全身に赤紫、黄色、オレンジ色など様々な色の痣が広がっている。

 彼の目の前には、屈強な3人の男が仁王立ちをして立っており、その男たちの後ろで身綺麗な恰好をした細身の3人組が騒いでいる。恐らく、アシュラとテンなのだろう。


「よっしゃ、クリーンヒット! 俺の駒があいつの頭に廻し蹴りを決めたから、3ポイントゲット! 俺、トップじゃねえか?」

 テンの一人がガッツポーズをしながら、他の2人に向かって話す。


「ふざけんなよ」と左端に立っていたテンの男は悪態をつくと、真ん中に立っているアシュラの方に目をやって指示を出した。


「おい! さっさと、そいつの足を砕いちまえ!」

 倒れている男を指差して、右足で地面を何度も力強く踏むような仕草を見せる。すると、アシュラの1人がこくりと頷くと倒れている男にゆっくりと近づいていく。テンたちは嫌らしい笑みを浮かべて、その様子を楽しそうに見守っている。

 

 倒れている男はどうにか起き上がり、その場に正座して頭を下げた。


「お願いです。……お願いですから……妻と……妻と子供には……手を出さないでください……」

 息が絶え絶えになりながらも、男ははっきりとした声で懇願する。時が止まったように音がなくなった。


「お願いです……だってよ!」

 テンの1人が笑いをこらえ切れないとばかりに噴き出した。急に起こった笑い声に、近づいていたアシュラは何が起きているのか分からないと後ろを振り向く。


「いいぜ、お前がここから逃げなければそうしてやるよ」

 耳に残る嫌な猫撫で声でテンが答える。頭を下げたまま男が「ありがとうございます。ありがとうございます」と涙を流しながら感謝をしている中、「やっちまえ」と振り向くアシュラにテンが指示を出した。


 真っ白なスクリーンが嫌な笑い声ともに赤黒く染まっていく。アシュラの人数が1人、また1人と増えていき、最後には全員で彼1人に向かっていた。何かが折れる音、悲痛な叫び声、口から溢れ出す血――――


 スクリーンが一度白く光り、別の舞台を映し出していた。

 先ほどの3人組がアシュラの家の扉を叩いている。扉が開くと、子を身籠っているのかお腹の大きな女性が現れた。女性にしてもテンに比べたらかなり大きく、大人と子どものように見える。

 女性が不思議そうな顔をしていると、テンの1人が口を開いた。


「残念ながら、旦那さんは亡くなりました。……流行り病です」

 神妙な声を出し、男が俯く。その男の後ろにいる2人は笑いだすのをどうにか堪えようとしているのか、顔を伏せて口元を自分の手で押さえている。

 しかし、その言葉さえも女性には通じていなかった。言葉を聞いた彼女は首を傾げて見せる。すると、テンの3人はぷっと噴き出して、大笑いし始めた。余計に女性は不思議に思ったのか、目を丸くし「ドウシタ?」と呟くように言った。


 ひいひいと息を整えながらテンの1人が「ユ・ウ・は・死・ん・だ! びょ・う・き! わかる?」と馬鹿にするような口ぶりで答える。そして、引きずってきた彼の亡骸を女性の目の前にゴミのように投げ捨てる。


「シンダ……」

 彼女は重いお腹を押さえながらゆっくりと彼の下に跪き、涙を流す。彼女は、ボロボロの彼の体を見て、病気ではないことは理解していたのだろう。一度、眉間にぐっと皺が入り、降ろしていた左拳が強く握られた。拳から血がぽたりぽたりと垂れていく。

 彼女は大きく息を吐いて、自分のお腹を抱き寄せるようにしてから頭を下げた。


「シラセ、アリガト……ゴザマス」


 その言葉を聞いてテンの3人は顔を見合わせてから、また大きな笑い声をあげた。彼女の肩が小さく震えている。


「いいんです、いいんです。当然のことですから」


「では、我々はこれで」


「こんな薄汚いの、王の前には持っていけないからな」


 腐った言葉を吐き出して、彼らは笑いながら去っていった。彼女はその言葉と笑い声を浴びながら、跪いて死んだ彼の手を握りしめ、声を上げて泣いた。


「くそ! あいつら、殺してやる! 殺してやる! 殺してやる!」

 耳元で強く叫ぶ声が聞こえた。声の主はどうやら赤黒い光の中のランレイさんだったようだ。憎しみに満ち溢れた目を向けながらも、その目からは大粒の涙が溢れていた。


 次の瞬間だった。スクリーンの方からキュルキュルと音が聞こえて、人々が流れとは逆に動いていく。そして、それが終わると、また映像が最初の画面から始まった。


 彼女のもとに駆け寄ろうとしても、近づくことができない。むしろだんだんとスクリーンとランレイが遠ざかっていく。青い光に包まれて、世界が一瞬消えた。


 赤黒い光は目の前を横切り、右の方へと流れていってしまった。目の前にはいなくなっていたメルローが現れる。


「おい、今の……」


「メルローさんも見たんですか?」


「ああ……あんなの辛すぎるだろ……あんなの何度も見せられたら頭がおかしくなっちまう……」

 彼が髪の毛をくしゃりと手で抑える。顔が青ざめているように見えた。

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