(真実を告げる勇気)
チョウヒの明るい鼻歌の後を追いながら、天井が高く長い廊下を無言で歩いた。廊下には中国の歴史で見たことのあるような像や装飾品が埋め尽くす様に並べられていた。しかし、あまり手入れをされていないのか、少し埃被っていたり、ところどころ劣化でひびが入っていたりしている。状況が状況なだけに落ち着かずに歩いているとあっという間に客間に到着していた。
竜王の部屋とはまた異なる深い青地に金色の紋章が刻まれた厳かな扉が目の前にそびえ立っていた。チョウヒはまだ鼻歌を歌ったまま、扉を軽く押し開けると楽しそうに口を開いた。
「おらあよお、客人もてなすなんてのは久々だからよお、嬉しいのなんのって!……じゃあ、ちいと夕餉の支度をしてきちまうから、ここで2人は休んでっといい」
嬉しそうな笑顔が嫌に眩しく見え、「ありがとうございます」と言い切る頃には視線を外してしまっていた。そして、背中に感じるメルローの視線にも目を向けることはできなかった。
大きな部屋の中央にちょこんと用意された私たちの体格にちょうどいい机とソファーに案内されるがまま無言で腰を掛ける。チョウヒは私たちが座ったことを見守ると、手を大きく振りながら部屋から去っていった。その時、自分の体格と部屋の扉の大きさを考慮していなかったのか「あいてっ!」という小さな声が漏れ聞こえたのが聞こえた。ただ、私は笑うことはできなかった。
向かいのソファーの左側、つまり私の対角線上に座ったメルローは仮面をつけたように顔を強張らせたままだった。普段ならば笑みを浮かべたリ、テンションが上がって部屋の中を物色したりしそうな彼がその場に座ったまま、遠くでも近くでもない場所をただただ眺めているだけだった。
1分間が1時間にも感じられるほどの重い空気が私の体にのしかかってくる。やはり、彼に隠し事をしていたことを謝らなくては。……しかし、どこまで注げてもいいんだろう……。話しすぎて、彼自身にも迷惑が掛かるということはないだろうか。身の上を明かしても問題なければ、最初にマゴラガで彼に会った時、リクターが彼に告げてもよかったはずだ。
そんなことを頭でぐるぐる考えているうちに何を考えているのかこんがらがっていった。整理がつかない。そんな私を見かねたかのようなタイミングで、彼が先に口を開いた。
「なあ、ハ……」と口にした後、はっとしたような顔をして首を横に数回振ってから言い直した。
「お前……俺に言わないといけないことがあるんじゃないのか?」
そのメルローの言葉に重なるように、彼の声が重なった。メルローと同じく、温かくて優しい声を隠す様にわざと尖らせた声。夕焼けの強いオレンジ色、少し湿った夏の匂い、土の感覚が頭の中に押し寄せる。これは、そんなに昔のことじゃない。でも、懐かしい記憶。
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「え? どういうこと?」
彼は目を丸くした後、溜息をついた。そして、「左足」とぶっきらぼうに言いながら、左足を指差す。
「怪我してんだろ?」
「え?」
彼の目が鋭くなり、まっすぐに見つめている。
「お前、俺が分からないとでも思った? どんだけ俺のこと見くびってんだよ……。確かに、まだお前とペア組み始めてからそんなに長く経ってねえけど……気づくに決まってんだろ。嘘ついての」
まっすぐな目がキラキラと少し揺れる。オレンジ色の光が重なって彼の姿が余計に光っている。
「……でも、そんなにすごい怪我じゃないよ? ちょっと捻っただけ」
「それでも、なんで言わねえんだよ。ペア組んでるんだぞ。……お前にとってはそんなに信用のない相手なのかよ」
怒りというよりも悲しみの色が声に混じっている。
「違うの! そういうことじゃなくて……変に心配かけたくなかったし。私下手だから、次の練習試合までにいっぱいダブルスの練習しないといけないと思ったからさ」
「ばあか。自分の体に無理させてまで、テニスすんな。たかが、サークルだろ? 楽しんでやれる程度でいいの。それに、動けないなら動けないで、俺がその分カバーすることだってできんだろ」
「だから……」という優しい声がした後、大きな温かい手が頭を包む。「ちっとは信頼しろよ、俺を」
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「おい……おいっ! ……どうしたんだよ、ハイネ!」
頭で聞こえていた声が遠くからも聞こえてきて、だんだんと近づいてくる。何か滑らかなものが私の体を包んでいる。いつの間にか閉じていた目をこじ開けるようにして開けると、真上に心配そうな顔で声を掛けてくれているメルローの姿があった。
どうやら、ソファーに座ったまま意識を失っていたようだ。
「ごめんなさい、メルローさん……」
弱々しく出てきた自分の言葉に驚きながらも、心配を掛けまいと私の体を抱きしめている彼の左手に自分の手をのせる。気が付いたのかメルローは安堵の表情を漏らした。
「おお……気づいたか……よかった……急に動かなくなったからびっくりしたぞ」
「私……昔のことを思い出してしまって……。さっきのメルローさんの言葉がその人に言われた言葉とまるっきり同じで……」
メルローは驚いたのか一瞬目を丸くしたが、言葉を挟まず私の言葉を待っているようだった。細かいことを考えても仕方ない。もうすでに他の人の口から私のことが知られてしまった。彼には本当のことを話したい。その思いが言葉になって出てきた。
「私の本当の名前はサクラ。……サクラと言います」
彼はこっくりと頷いた。
「色々、お力をお貸しいただいていたのに、色々と隠していてごめんなさい。メルローさんは仲間だって信じてくれてたのに」
その言葉が彼の心にどう届いたのか分からないけれど、彼は少し止まってからまた頷いた。
「改めてお話しさせてください。私は、この国の姫だそうなんです……だそうなんて、変な言い方だけど、私、記憶がなくって……。この国に何かが起こっていて、それを解決するためにすべての街を回ろうとしているってことは本当なんです。でも、いろんなことがあるらしくって、身分を隠さないといけないとかで……」
彼に本当のことを話そうと必死になりすぎて、流れを考える前に言葉が出てきてしまう。まるで、さっきの記憶の彼に話をするみたいだった。
「そうか、サクラか。……ハイネとは違うな」と彼はニカッと笑顔を見せた。
「うん……あ、えっと、ハイネというのはキンナラの方の名前で、この髪もその人ので……」
急に振られた話に驚いて思わず、敬語が抜けていた。すると、メルローはいつもの笑顔に戻って、
「俺、本当のお前の方が好きだぞ」と私の手を握った。
少しひんやりとした滑らかな手が、温かく感じられた。こちらまで笑顔がこぼれてくる。
「色々と、ありがとうございます」
そういうと、彼は笑顔をやめて心底不思議そうに「何がだ?」と口にした。
「私が秘密にしてたのに、こうやって今も何もなかったみたいに話してくれるから……」
「へえ……そういうもんか?」
「そういうものですよ。……なんかこう……メルローさんはずっとあったかいです。私の大切な友達に良く似てる」
「友達?それは仲間と同じか?」と彼が不思議そうに聞くので、「はい。大好きな仲間です」と口にすると彼は照れ笑いをした。
「俺、ずっと一人だったから、みんなと一緒に旅に出られて嬉しかったんだよなあ。でも、さっきの話聞いて、俺だけがそう思ってたのかなって思ったら……ごめんな」
「いえいえ! 私が嘘ついていたのがいけないので!」
「じゃあ、おあいこだな!」と彼が笑うから、私もつられて笑ってしまった。彼には何か引き込まれてしまう。
さっきまでの息苦しさは消えて、楽しさが戻ってきた部屋に大きな足音が近づいてくる。体を強張らせると、ばあんという大きな音とともに扉が開き、息の上がったチョウヒが部屋に滑り込むように入ってきた。
息を整えるために、ふうふうと大きく息を吸っては吐いてを繰り返す。その様子をメルローとともに見守った。息が整ったのか、チョウヒはこちらに近づいてきて、「てえへんだ! お前たちの仲間の意識が戻らねえ!」と大きな声で叫ぶように言った。




