(竜王の間に響く消えた声)
厳かな大きな扉を抜けると、壁面や柱に大きな金色の竜のようなものが描かれている建物が現れた。竜以外にも赤いベースに青や緑、金色を重ねて複雑な模様が描かれている。青い世界に途轍もない存在感を示していた。建物は通常の四角ではなく、大きな丸い建物のようだ。入口の扉が湾曲しており、数十本の太い柱が辺りを囲み、大きな屋根を支えている。
「うわー! でっけえ!」とはしゃぐメルローの声が隣から聞こえる。確かに思っていた以上に大きい。先ほどの住居ですら大きいと思っていたが、国技館ほどの大きさがあるのではないだろうか。
「一回、降りてもらっていいか? ここの扉ちいと固いんだ」
チョウヒにそういわれるまで、自分が彼の体に乗っていることをすっかり忘れてしまっていた。「もちろんです。むしろ、もう大丈夫です」と言いながら慌てて降りようと足をバタつかせる。
「そんな慌てねえで大丈夫だぞ?」と言いながら、チョウヒはゆっくりと屈み、地面に降ろしてくれた。彼の背中で見るよりも一層建物が大きい。巨人の家に来た小人の気分だ。
大きな緑色の扉をチョウヒが引くと、床に敷き詰められた石をがりがりと削りながら扉がゆっくりと開かれた。吹き抜けのように天井が高い。大きなチョウヒを2人縦に並べてもおつりが来そうなほどの高さだった。見たことのないものに囲まれて至る所に目を向けていると、中から大きな声が聞こえた。低い2つの声がお互い喧嘩しているようだ。
「なんだなんだ? 竜王の部屋から聞こえんなあ」と扉を閉め終わったチョウヒが首を傾げながら声がする方へと歩き出す。私たちも遅れないようにそれについて歩いた。
「ふざけるな! だからお前たちは甘いといっている」
「貴殿たちのやり方では街だけではなく、国も滅びかねない」
大きな扉をくぐると、怒号に近い言葉が今回ははっきりと聞こえた。その怒号の間に「ふうむ」や「そうだなあ」というゆったりとした気が抜けるような声が混じる。2人の言い争いをしている男たちは全く気にしないのか、その気の抜けた声に対しては何も言おうとしていない。その2人のやり取りを止めたのはチョウヒだった。
「おろ? リュウビ殿? それにソウソウ殿までいるじゃねえか。お久しぶりでごぜえます」
覗き込んだチョウヒが2人に対して、深く礼をした。チョウヒの大きな声に我に返ったのか、2人は言葉を切ってチョウヒの方を向き、軽く礼をした。先に口を開いたのは部屋の1/4を占めるほどの大きさの竜の右隣にいた、目の垂れた優しい雰囲気の男だった。チョウウンよりも高そうな服を身に着け、腰には宝石の埋まった剣が携えられている。
「おお、チョウヒ。相も変わらず元気そうだな」
次に左隣にいた切れ長の吊り上がった瞳で、冷たい目をしている男が声を掛ける。
「ふん。この者が元気を失うことがあれば、それこそこの世界の終わりだろう」
「お前は本当に冷たすぎる。血が通っていないんじゃないのか? テンの街が生み出したキカイというもののような奴だ。少しは愛想というものをだなあ」
2人がまた口喧嘩をし始めようとしたとき、正面にいた誰よりも体が大きい竜が口を開いた。他の人々に比べると、皮膚の艶が消え、鈍い白色を帯びていた。そして、他のものは人間らしい特徴もあるが、私が昔に熱中していたファンタジー小説の中に出てきそうなほど、明らかなドラゴンの姿をしていた。
「その後ろのものは誰かいの?」
言葉ははっきりと聞き取ることができた。しかし、深い声の主は素早く口を回すことが難しいのか、1単語につき2~3秒掛けて言葉を紡いだ。聞いているだけで眠気が誘われてくる。その言葉を聞いて、チョウヒが自分の額を軽くたたいた。高い天井の部屋に軽い音が綺麗に響き渡った。
「おう、そうだ。いっけねえ、いっけねえ」と言いながら、横に退いて私たち二人を彼らに見えるようにした。
「竜王様、こちらは今日ここに来た旅人でさあ」
「そうか、そうか。お主らがのう。そろそろ来ると思っておったぞい」
快活に話をするチョウヒの後だと余計に遅く感じる。竜王様だけはスローモーションビデオ越しに見ているのだろうか。
「旅人……ですか……」
リュウビと呼ばれた男は目を伏せ、何か考えを巡らせているように見える。反対にソウソウと呼ばれた男は、顔に何も出すことなく冷静に口を開いた。
「それでは我々は席を外した方がよいのではありませぬか?」
「よいよい。そこにいて、お主らも聞くがよい。この街で起きていることと、それを救うための道をな」
目の上にある眉毛のような白い毛に覆われて開いているのか、閉じているのか分からなかった竜王の目を初めて見たような気がした。高齢とはいえ、瞳の奥には鋭く尖った力のようなものを感じる。
「お? この街で何か問題が起きておるんですかい?」
チョウヒはそんなこと思いつかないとでもいいように首を傾げた。
「気づいておらんかったのか? 暗い海のことを」
「おお!? 最近、海がおかしいと思っていたのは当たってたのか! 何か変なことが起こってるんですかい?」
チョウヒは左手で作った拳で右手のひらをポンと叩いて見せた。記憶がつながったらしく、すっきりしたようだ。
「いかにも。はじまりの海に何かが住み着き、力を増幅させているようだ」
ゆったりとした竜王の声により一層の深みが加わり、気が抜けているはずなのに重くのしかかってくるようだ。リュウビは目を丸くした後、優しそうな眼をきつく尖らせた。
「そんな! そんなことが起きているならば、なぜもっと早く我々にお話しくださらなかったのですか? 竜王」
「まあ、まあ、そんなカッカするな。お主らでは無理だからだ」
竜王の瞳がまた眉毛の中に消え、ふんわりと笑みを溢した。その態度によって落胆したのか、リュウビははっきりとした声を弱らせた。
「我々では力不足……そのようにおっしゃられるのですか?」
「そうではない。力が足らないというわけではなく、全く別の力が必要だからじゃ。この方々のような力がな」
「この旅人たちにはその力があると?」
ソウソウは、私たちに冷たい目を向けて、じっと見つめた。背中に冷や水を掛けられたときのようにゾクリとした。
「うむ。そなたらにはない力がある。夢に入るための力がな」
「夢……ですか?」
「そうじゃ。我々は元来、この地の水を摂取したところで何も感じない」
「そうじゃろう?」
眉毛が少し上に上がり、竜王の瞳がリュウビとソウソウを捉えた。2人は声を上げずに立ち尽くす。
そんな二人を見ていないのか、納得したチョウヒが「そうですねえ」と返した。それを聞いて、竜王はゆっくりと深く頷いた。
「それは当たり前すぎるものだからだ。だが、他の地のものは異なる。夢を見るのじゃ。自分の生まれる前の記憶の夢を」
「それが今回の事象にどんな関係があると……」
リュウビは話についていけないのか、混乱しているように見えた。
「頭がいいのに揃いも揃って鈍い奴らじゃのう。いいか? 我らが倒さねばならない相手は、夢の中に存在し、夢を喰って成長して折る。だからこそ、止めるためには夢に入り込めるものが必要なのだ」
「理由はよくわかりました。しかし、なぜこの者たちなのです? まだ幼く見える。力があるようには到底思えませぬぞ」
ソウソウは冷たい目でこちらを一瞥した。表情が変わらない分、本当に機械のように思える。今更ながら、この竜の人々は、三国志の記憶から作られているのかもしれないと考えを巡らせていると、チョウヒの驚くべき発言が耳に届いた。
「何を言ってるんですかい? この人たちは、この国の主とマゴラガの跡取りですぜ?」
心臓を力いっぱいぎゅうと握られたように感じ、息が詰まる。隣にいるメルローには今まで嘘をついてきたのに、ここにきてこんな簡単に身の上を明かされると思っていなかった。隣にいるメルローから声が漏れているのが聞こえるが、小さすぎて聞き取れないし、騙してきたという罪悪感からメルローの方を向くことができない。
「2人とも生まれる前から俺が見ちょりました。間違えるわけがありません」
「この国の主……そう申したか?」
初めて心を顔に宿したソウソウが丸くした目をこちらに向ける。
「この方が……」
「この湖の水を飲んであれだけ深い夢に潜っていたのに、こんな早くに目を覚ました奴らは見たことがありやせん。だから、竜王もこの2人を呼んだんじゃないんですかい?」
「いかにも」と満足そうに竜王は笑みを浮かべて、頷いた。リュウビは驚きを隠せず、ずっと口を開けていたが、竜王の声が止んでそれに気づいたのか、口を閉じてコホンと咳ばらいをした。
「して、お二人はお力を貸していただけるのでしょうか?」
「あの……私に……できることなのでしょうか?」
リュウの人々から向けられる熱い視線と隣から感じる負の圧力を感じて、うまく言葉が出てこない。メルローは一言も口を開こうとしない。
「きっと大丈夫だ。おめえたちならなあ」
チョウヒはニカッと温かい笑顔を向ける。この中の誰よりも私たちを信頼してくれているようだった。
「できる限り、努力します。……えっと……メルローさんはどう……ですか?」
メルローは顔を地面に向けたまま、まだ口を開こうとしなかった。もはや罵ってくれた方がいいのに。そんな甘えたことを思いながら、メルローから放たれる圧力に溺れそうになる。そんなことになっているとは気づかないのか、チョウヒは気が抜けた声をメルローにかける。
「お? どうした、メルロー。腹減ったか? 飯にすっか?」
「突然のことで戸惑っているのだろう。お二人に夕餉がてら休息の場所を提供してあげなさい」
「がってんでい」
部屋の中に反響するチョウヒの声に背を向けて、彼に背を押されながら私たちは竜王の城の部屋へと案内されていった。




