(竜王の治める街
現れたのは目の前にいる男よりも二回りほど線が細く、皮の色が薄く見える。服の襟に皺がなくピシッと整っており、蓄えられている髭はきちんと手入れがされているのか、しっとりと滑らかな銀色の髪の毛のようだった。
「おい、チョウヒ。新たな訪問者が来たと連絡があったと思ったが、どうなっている」
「おお? 噂をすればだなあ。おう、チョウウン。いいところに来たなあ、おめえの話をしていたところだぞ?」
チョウウンと呼ばれた男の口から大きなため息が零れる。
「何しているんだ……お前は……」
項垂れるように頭を抱えるチョウウンをカラカラと笑いながらチョウヒは彼を指差した。
「この細っちいのがチョウウンだ。俺と一緒にここで守り人をしとる」
より仏頂面が増した顔を上げて、こちらに軽く頭を下げた。その姿を見たメルローが私に聞こえるか聞こえないかの声で「なんか……シャルみたいだな……」と言った。笑ってはいけないとは思いながらも、笑わないように気を付けるほどに余計に笑いが込み上げてくる。
「たしかに……」
失礼とは思いながらも、チョウウンと呼ばれる人から目をそらして私まで笑ってしまった。
「お? なんだ? 知り合いに似てんのか? お?」
チョウヒにも聞こえていたらしく、カラカラともう一度笑った。チョウウンの仏頂面は怒りの熱をもって、赤黒く染まった。
「無礼だぞ! 貴様ら!」
「おうおう、無礼とか言うんじゃねえぞ? チョウウン。 この人たちは、この世界の主とマゴラガんとこの跡取りだ。おめえなんかよりずっと偉い人らだ。口には気をつけろい。」
チョウヒの柔らかい笑い声と裏腹に、彼の言葉を聞いたチョウウンの口からは息をはっと吸い込む音が聞こえ、赤黒く染まっていた皮は一気に青く変わった。そして、先ほど声を荒げたのが嘘のように弱々しい声を出した。
「そうだったのですか……それはとんだ失礼を……」
言葉を切ってチョウウンは頭を下げる。ただ、その最中に気が付いたのか、「というか……」とチョウヒに目を向けながら顔を起こした。
「なら、なぜおまえはそんな口をきいているのだ、チョウヒ」
「お? 俺か? 俺はいいだろ。だってこの子達のことは生まれたころから知っとる。親みてえなもんだろ」
「そんなわけあるか!」
チョウヒはチョウウンの声に一瞬目を丸くした後、変わらない笑い声を出した。
「まあ、そんなカッカしとると疲れるぞい。さてと、チョウウンンも来たことだし、この残りの連中はこいつに任せるとして、あんたらには一足先に竜王に会いに行ってもらおうかのう」
「竜王? ……あ! ばあちゃんよりもこの世界を長く見ているっていう、リュウの長か」
メルローが声を上げると、チョウヒは笑顔をメルローに向けて大きな手で彼の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。力が強く、皮膚がごつごつしているからか、彼の手が動くたびにメルローの髪の毛が左右に大きく動いた。
「そうだ。少しボケつつあるんだがなあ、まだまだ元気なんだ。それにあんたらのことは竜王経由で伝言を聞いとったからのう」
よいしょという言葉を吐くように言って、チョウヒが立ち上がる。座っているときも大きいと思っていたが、立ち上がると大きさがもっと目立った。自分が子どもになったような気分になる。彼が足を動かすたびに微かに地面を通して振動を感じる。
自分自身も立ち上がらねばと足に力を入れようとするが、力がうまく入らず全身が痛いことに気が付いた。歩き疲れてクタクタだったのを思い出した。立てずにいる私に気が付いたのか、チョウヒは大きな体を折り曲げて私の両脇に大きな手をぐいと入れた。
「大丈夫か?」と言いながら、ぐいと引っ張られると一瞬のうちに身体が宙に1メートルほど浮いた気がした。立ち上がったメルローの頭の上に自分の手があった。そして、ごつごつした背中にくるりと運ばれ、大きな背中に担がれていた。ひんやりと冷たいのに、妙に温かい不思議な感覚がした。
「少し硬いかもしれんが、まあ歩くよりはいいだろ。ほんじゃあ、行こうか」
チョウヒの低い声が背中からびりびりと聞こえる。少し驚きながらも「ありがとうございます」とお礼した。
部屋を出ると、白い岩肌がむき出した洞窟のような空間に出た。少し奥に青い光を放つ道が見える。のしのしと大きな音を立てながらその道に向かってチョウヒは歩を進める。だんだんと天井が低くなっていき、青い光が強くなっていく。そして、キラキラとした光の粒が目の端に見えた。外に出ていたのだった。
上を向くと川に風があったっているときのようにゆらゆらと揺れながらキラキラと光っている空のようなものが見え、辺り一面は海のような深い青で満ちている。その中に一本道を作るように集落が並んでいる。建物の造りは水を飲んだ時の建物のように赤と青、緑を基調とした中国のお寺のような平屋だった。そして、その道の一番奥に世界史の教科書で見たことがある中国の神殿のような建物があった。
「うわあ! すげえ! 本当にここ、水の中なのか?」
隣にいたメルローが輝かせた目をチョウヒに向けながら嬉しそうな声を上げた。
「おう、そうだぞ。とはいっても、竜王と世界の主の力で住みやすい環境にはしとるんだがな。なんでも俺たちの先祖は水の中でも生きていけたんだが、俺たちは水の中で呼吸できなくなっちまったんだ」
「へえ、そんなこともあるんだなあ」
「そうだぞ。俺のじい様はよくそこの壁から魚を捕りに湖の中に入ったらしいんだがよ、なんでか俺たちは他の種族みてえに陸の方が息がしやすくなっちまったんだ。エラがきえちまったんじゃねえかって話だ」
本当にこのチョウヒという人は何でも楽しそうに話をする。彼と話をしているだけで元気がもらえるようだった。先ほどのチョウウンという人がシャルに似ているとするならば、彼は私の隣で楽しそうに話を聞いているメルローに似ていると心の中でくすりと笑った。
「それにしても、二人以外はこの辺りに住んでないのか? マゴラガみたいに人がいないように見えるけど」
メルローが辺りをきょろきょろと見回しながら、チョウヒに聞く。
「お? おお。そうだなあ。こっちの方にはみんな最近は住んでねえんだ。ちょっと前から竜王の屋敷の西側に住み始めたんだ。海から一番遠い場所を選んでな」
チョウヒの顔は見えないものの、背中越しから伝わる声が悲しさを帯びている気がした。
「海? どこでも水に囲まれてるのに?」
「んああ、あの暗い海が怖くなっちまったんだ。みんな」
続く会話と暗くなる彼の声に思わず、「そういえば、どの街にもその街を治めている人がいるんですね」と口を挟んだ。
「そっか、ハイネは記憶がないんだもんな」
「そうなんです。お姫様がこの国を仕切っているという割には、キンナラにはキンナラ様、マゴラガにはリクターさん、アシュラには王様がいて、ここには竜王様がいるので、他の街にもいるのかなあって気になりまして」
チョウヒが顔とほぼ同じ太さの首を回して、こちらを向こうとするが、うまく見えなかったのか顔を正面に戻して話し始めた。
「そうだな。他の街にもその街を治めとる者がおるぞ。カルラもゲンダツバ、ヤシャ。それに……テンもな」
「でも、ばあちゃんに聞いた話だと最初は全部の街にはいなかったんだよな? キンナラと竜王、ばあちゃんの3人だけが昔からいるって聞いたぞ」
「おお、すげえじゃねえか。よく覚えてるな」
チョウヒの優しい言葉で頭を撫でられたようにメルローはへへっと少し照れ交じりに笑った。
「坊の言う通りな、初めは姫とともに竜王とキンナラとリクターがいた。ただ、人が多くなるほどに姫一人じゃすべてを管理しきれなくなってな。無駄な争いが失せるよう、国を種族ごとに8つの街に分けて、それぞれの街を治める長を任命したんだ。キンナラ、リュウ、マゴラガ、ヤシャはすでに決定したようなもんだった。キンナラだけは、巫女とかその街の長を分けたみたいだがなあ」
流れていく景色が全体的に赤みを帯びていきつつあった。柔らかい黄色と赤色の光が水にゆらゆらと揺れる。
「で、そのほかの街はそれぞれ統治するものを選んだ。強さだったり、知性だったり、権力だったり選び方はそれぞれだったみてえだがなあ」
その言葉を聞いてアシュラのことを思い出していた。強さを体現したような王の姿を。その前で跪くように座り込んだ彼女のことを。
「でも、なんでそんなふうに街を分けないといけなかったんだ? お城だといろんな種族が一緒に住んでるんだろ? その方が楽しそうなのに」
「ああ、その方がいいよなあ。俺もそう思う。だけどなあ……」とチョウヒが言いかけたとき、目の前にチョウヒの背丈よりも大きく鮮やかな緑色の門が現れた。縁を鮮やかな赤色で装飾されており、最初にここに来た時の水を飲んだ場所に近い雰囲気だった。
「あれえ? さっきこんなのあったか? 話に集中してたからかなあ?」
「それもあるが、ちゃんとした場所を探られねえようにここら辺には結界があるんだ。わりい奴らは竜王の前に行けないようにする結界がなあ」
「そいじゃあ、ちいと挨拶しにいきますか」
チョウヒが右手を門に押し当て、少し力を籠めると大きな音を立てて門が開いていく。遠くから見えていた屋敷よりも大きいが、どこかさびれているように見えた。




