(1 エルフと綺麗な石)
強い力で腕を掴まれたせいか、右手首のあたりがジンジンと痛む。眩しい光を感じて目を開いた。ただ、太陽を見たときのように景色がボヤけて何も見えない。微かに金木犀のような甘い香りが鼻に入ってくる。
「いい、香り…」
気づかぬうちに声に出ていた。
「あ! みんな、姫が目覚めたよ! 」
「ご無事でよかったです。」
「姫様〜」
白くボヤける世界に黒い影が3つ、4つと増えていく。だんだんとピントが合ってきたようで、影の形が人の形へと変わっていく。目の前に、童話やアニメに出てきそうな耳の細長いエルフの少年少女がキラキラと光る大きな目でこちらを見下ろしていた。
「ひぃ!」
思わず、恐怖の声が漏れ、顔が強張った。エルフたちは、その姿が可笑しかったのか顔を見合わせてから笑った。
「姫様、何をそんなに面白い顔してるんですか? 全くそんな暇ないことも分かっているはずなのに〜。」
意味がわからない…
早くここから立ち去らないと…
というか、車の中にいたはずなのに…
エルフたちが笑っているうちに逃げようと、起き上がるために右手の掌に体重を預けた。
「痛っ…!」
激痛が脳に直接送り込まれたようだった。全身から汗が吹き出し、力なく元あったところに倒れ込んだ。砂埃が立ち込め、地面に密接した顔に降りかかる。
むせこみながらも、右手首に目を移すと、手首に何かに掴まれていたようなアザがくっきりと残っていた。
金色の髪を2つ結びにしている少女がそのことに気づき、声をあげた。
「あー! みんな、大変! 姫様、怪我してるよ!」
右手の周りにエルフたちの視線が集まってくる。
「早く、直してあげないと…。でも、シャル、僕たちの石はあとちょっとしかないよ?」
と、坊主の少年のような風貌のエルフが言う。
「しかし、ここで姫様の怪我を放っておいてはならぬ。」
一番年長者に見える綺麗な金髪を1つに束ねた男エルフが口を挟んだ。おそらく彼がシャルと言う名のようだ。
『それもそうだね。』、「そうだ、そうだ』と言う声で溢れ、シャルが綺麗に胸元で光るペンダントから消しゴムくらいの大きな赤い石を外し、地面に置いた。
「さあ、姫、こちらに右手をお乗せください。」
訳も分からないままに、シャルによって、右手を赤い石の上へと誘導される。赤い石に触れる右手が触れている箇所からジンワリと熱くなっている。
赤い石の上に、手が乗ると、私の身体の周りをエルフたちが手を繋いで、囲んだ。
『主よ、姫に幸運をもたらしください。』
4人のエルフの声が1つとなり、空に響き渡った。
その時だった、石が赤さを際立たせ、光を放った。
エルフたちの白い肌が赤い光で染まっていく。数秒の内に不思議な光は消えた。手に触れる石が小さくなったように感じ、手を退けると小指の爪程度まで縮んでいた。
右耳の上に花飾りをつける女のエルフが声をかけてきた。
「お加減はいかがでしょうか?」
石を持っていた右手が先ほどの痛みが信じられないほどに、痛みがなくなっていた。アザは消えていないにせよ、信じられない。
「痛くない…です。…あ、ありがとう…」
「いえ、これも我らの務めですので!」
シャルは、石を大事そうに拾い上げ、元のペンダントへと戻す。大きさの合わない形にも関わらず、綺麗にはめ込まれた。
「でも、よかったね! 姫様が無事に見つかって!」
「本当に! 黒い魔法使いに攫われたのかと思って心配してたんだからな!姫!」
「こら、オル! 姫様に失礼よ!」
エルフたちが口々に言葉を交わす。小鳥のさえずり、木々が風に揺られてザワザワと音を立てている。そして、エルフから視点をそらすと、目の前に広がったのは、大きな塀のある城と色とりどりに広がる花畑だった。