(リュウへ続く記憶の道)
木々の間を抜けながら、歩き始めてから約2時間くらい経過している。東に上っていた太陽が空の真ん中の方へと移動していた。アシュラの街で見た時とは違い、直上にはないところを見ると季節が変わっているのだろうか。そうふと考えながら歩いていた。そうはいっても、昨日眠って回復したと思っていた体も歩き続けたことで、一段と疲れが押し寄せてくる。隣で歩くルーキも辛そうだ。私と目が合うとにっこり笑っているが、かなり疲弊しているのが容易にわかる。
ただ、前を歩く3人は違っていた。ランレイとシャルはしきりに周囲を確認しながら進んでいる。2人で分担でもしているのか、左にランレイが、右にシャルが恐ろしく尖った視線を向けている。2人とも歩き出してからずっと同じようにしている。一番恐ろしく元気なのはメルローだった。「少し涼しくなってきたなあ」とか「お、見たことない花が咲いてる!」などと言いながら、楽しそうに歩いている。後ろの2人との温度差が気になるものの、ずっと息が詰まりそうな歩き方をするよりはよかった。
「あ!」
鼻歌を止めてメルローが指を差した。その先には遥か彼方まで広がっている海のような湖があった。太陽の光を湖面が受けて、キラキラと輝きながら波打っている。
「あれがリュウってわけ? どこに集落があるのよ」
ランレイが周囲の警戒をしながらも、きょろきょろと湖の方を覗く。メルローは何も言わずに湖の中心を指差した。
「は? 見えないじゃない。馬鹿にしてんの? それとも、あんたには見えてるってこと?」
ランレイが疲れからか苛立ち、メルローに突っかかる。そんなランレイを見ないようにかメルローは目をそらした。
「あんたね、ちゃんと説明しなさいよ!」
メルローの襟元をランレイが掴みかかったとき、湖を見ていたルーキが手を叩き、目を輝かせた。
「わかった! この湖の中ってことなんじゃないかな!」
その言葉を待っていたというかのようにメルローはルーキの方に目をやり、笑顔を浮かべながら親指を立てた。
「は? 湖の中? どうやって行くのよ」
襟元を掴んでいた手を緩ませてランレイがメルローに再び問いかける。彼はまた目をそらすと、今度は肩をすくめて首を傾げた。
「なんで肝心なところを知らないのよ!」
襟元に再び力が入り、力いっぱいメルローの頭を前後に揺らした。シャルはいい気味だと思ったのか、笑みを浮かべながら止めに入る。
「仕方ないだろ、まあここまでこいつの案内で来れただけでも、感謝しよう」
「そうだそうだ!それに、俺がばあちゃんの届け物をするときは、ここでリュウの奴らに引き取ってもらってたんだから」
何も懲りていない様子でメルローは堂々と言い放った。ランレイの怒りが再燃しそうになる。
「じゃあ、その知り合いの方に迎えにきていただくっていうのはどうですか?」
収集のつかなさに慌てて、口を挟んだ。すると、彼は肩を落として残念そうな顔を浮かべた。
「できるならそうするさ。……いつもなら、先にいつ到着するか伝えておくんだよ。でも、今は伝える方法が……」
メルローの言葉を遮るように、後方から風を切るような羽ばたく音が聞こえてくる。シャルとランレイに促されながら、私たちは木陰に身体を隠した。目の前に現れたのは大きな黒い鳥で、白い長めの靴下に半ズボンの裾を入れて、茶色のジャケットを羽織ったひと昔前の貴族のような恰好をしていた。
「カルラ族だったか……」とランレイがぽつりと言った。
カルラ族と言われた大きな鳥は、地面に着陸すると「よっこらせ」と言いながら荷物を置いた。
「さっき、人がいるような気がしてたんだがなあ、気のせいだったか……」
不思議だというように首を捻りながら、ガサゴソと音を立てながら荷物の中から何かを探している。見つけ出して手に取ると、次は湖の淵へと歩いて行った。
「リュウの奴ら、ここまで取りに来てくれると楽でいいんだけどなあ。あっしらのこと、ただの便利な鳥だと思いやがって」
ブツクサ言いながら小さい袋に荷物を詰めている。今がチャンスだと言わんばかりにメルローが立ち上がろうとする。それをランレイが口をふさぎ、シャルが身体を木陰に引きずり込んだ。ランレイの手の中で何かを言おうとしているメルローを他所に、カルラ族は湖の中心へと飛び立った。
飛び立ったカルラ族は、湖の中心で高度を下げるとそこに着陸した。奥の方は霧がかかっているのかぼんやりとしていて見ることが難しいが、よく目を凝らすと赤い建物が見えた。
メルローが苦しくなったのかランレイの手を叩き、彼女が口と鼻から手を外した。空気を吸い込む音がしっかりと聞こえるほどにメルローは息を吸い込んだ。よほど苦しかったのか目尻には涙を浮かべて、深呼吸をしている。息が落ち着くと、彼はシャルとランレイの方を見て口を開いた。
「なんで、あいつに言わないんだよ! 迎えにきてほしかったんじゃないのか?」
メルローの言葉にランレイは大きなため息をついた。
「あんた……少しは頭で考えなさいよ」
「うむ。その点は心から同意する」
「なんでだよ……」悔しそうにメルローが聞いた。
「いいか、カルラ族は単細胞で、頭があまりよくない。だからこそ奴らには敵味方の概念はない。依頼があれば誰の言うことだって聞く。それがテンの奴らであってもな。特に、さっきの奴らが飛んできた方角は俺たちと同じアシュラの方。万が一を考えると、良い手ではない」
「そういうこと」
シャルとランレイが説明すると、馬鹿にされていたはずのメルローは感動したのか「なるほどなあ」と目を輝かせて言った。ランレイはその姿に驚きながらも、「先が思いやられるわ……」とため息交じりに言った。
「まあまあ、でもさ、これでどうすればいいか手掛かりは掴めたわけだし。あの真ん中の建物に向かって歩いてみようよ!」
ルーキは空気を読んでか読まずか、元気な声でみんなに声を掛ける。
「そうですね……」と言いかけて、言葉を噤んだ。どうすればいいのかわからなかったからだ。目の前には湖は広がっているものの、渡るための船もなければ道もない。ただ湖の真ん中にポツンと見える建物がぷかぷかと浮いているように見えただけだったからだ。
メルローは考え込んだ姿を見せた後、「あっ!」と何かを思い出したかのように目を丸くし、地面を確認し始めた。
「ちょ……どうしたの?」とランレイが聞くと、彼は楽しそうに「カラステングの花!」と言った。その視線の先には真っ黒な花びらで中心だけ赤い花が密集して咲いていた。
「ばあちゃんが昔言ってたことを今思い出したんだ! 湖を渡りたきゃ、あんたの場合はカラステングの花が指す方角を歩く他ないねえって」
その花は、点々と咲いているように見えていたが、離れて見てみると一筋の線のように見えた。その線は湖の左側で終わっているように見える。私たちは、その花の終わりを目指して歩いた。途中、先ほどのカルラ族が中心からすいーっと飛んできているのが見え、木陰に再び隠れることはあったものの、ようやく花の道の終わりへとたどり着いた。
「うわー! 道だ!」
一番初めに到着したメルローが目を輝かせて言った。メルローの指さす方角には、確かに中心へとつながる一本の道があった。どうやらその部分だけ水が浅くなっているのか、足首にかかるほどしか水がなかった。
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「見ろよ、サクラ! 虹だ!」
濡れた髪を吹きながら、彼は目を輝かせて空を指差した。土砂降りの雨はいつの間にか止んで、空に赤、青、緑、黄、紫、黄緑色の光のリボンが掛かっていた。
「すっげえなあ、きれいだなあ。俺、こんな大きい虹見たの初めてかも。虹の根本行ってみようぜ」
純粋な子どものようなことを言う彼の顔を横目で見た。すぐに虹に目を戻す。
「それは無理でしょ。虹は光がたまたま帯になって見えているだけで。光を追いかけることはできないよ。それに根本なんてないよ。たまたま私たちの目にそう見えているだけ」
「お前……夢がないなあ」
一瞬目を丸くして、驚いた彼はすぐにいつもの笑顔を浮かべてニカッと笑いかけた。
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「おーい、ハイネ! おいてくぞー」
遠くから彼に似た声が聞こえて顔を上げる。私以外の全員が靴を脱いで湖に入っていた。
「ごめんなさい、今行きます」
最近、元の記憶なのか、リアルな幻想が頭に流れ込んでくることが増えた。何なのだろうか。そう思いながら、靴を脱ぐ。湖に足を入れると、表面は少し温かいのに、深くなるほどに冷たさを増していく。足先がひりひりとしている気がした。ごつごつとした岩肌を素足で探りながら歩いていく。小さな波しかないはずなのに、波が私に向かってくるたびに、足が波にさらわれそうになる。
波と格闘しながら無心で進んでいくと、誰かが声を漏らしたのが聞こえた。下にあった視線を上げると、目の前に赤い大きな建物があることに気が付いた。赤が基調とされた中国のお寺のような建物で、ところどころ装飾で青色や緑色、黄色が施されている。
その建物に心を奪われながら歩いていると、波に足をすくわれてその場に座り込むようにしてこけた。体中に冷たい水がかかり、布が身体に張り付いた。立ち上げろうとすると、水を吸い込んだ服の重みで再びこけそうになったところをシャルに助けてもらった。
温かい太陽の光を浴びながら、水遊びをしているようだった。いつぶりだろう、こんな穏やかな気持ち……そう心から思えた。




