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私がわたしを描く世界   作者: 宇槻 叶
6章
47/70

(始まりの小休止)

 木々の葉が擦れる音と優しい歌声が耳を優しくなでる。どこかで聞いた音。懐かしい音。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 暖かい春の陽気の中で、大きな桜の木がきれいに咲き誇っている。桜のほんのり甘い香りが鼻をくすぐる。髪が腰の高さまである女の子が目の前で楽しそうに何かを口ずさむ。薄桃色の世界が2人を他の世界から分断しているように、2人だけの世界で隠れるようにして歌を歌う。


「私たちの秘密の歌だね! 絶対誰にも内緒だよ?」と悪巧みをしているように彼女は言った。

「うん! 絶対、約束」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「この曲……どこかで……」


 薄目を開けると優しい木漏れ日が流れ込んできた。一瞬白い光で覆われた目がだんだんと形と色を取り戻していく。視線の先にぼんやりと人の形が作られて行き、その形は夢の中の少女と重なった。


「あなた……」


 そう呟くと、彼女は歌を止めてこちらを向いて答えた。


「あ、姫様。起こしてしまいましたか? もうお体は大丈夫ですか?」


 声を聞いて、ぼんやりとしていた視界が知っている世界へと変わっていった。目の前にいたのは、ルーキだった。美しい髪が風でなびいてキラキラと光っている。


「あ、はい……」とまだぼんやりする頭で答える。先ほど見たのはまた夢だったのかと思いながら、体を起こす。身体中がひどく痛む。関節を曲げるのもやっとなくらいだった。時間を掛けながら、上半身を起こすと、頭がひどく重く感じて手で支えるようにして覆った。それを見ていたルーキは慌てふためき、「大丈夫ですか? 頭、怪我していましたか? 姫様!?」と大声を上げた。木々に周りを覆われているだけの空間にルーキの声が響き渡った。


ルーキの後ろからぬっと手が伸びたかと思うと、その手がルーキの頭を軽くはたいた。


「馬鹿。声がでかい。追手がいるかもしれないのだぞ?」とシャルがルーキの後ろで窘めながら、左右を確認している。


「とは言いながら、さっきまでルーキの歌声ですやすや眠ってたくせに」とランレイが起き上がりながら突っかかる。


「それとこれとは別だろ!」


 シャルの顔が一瞬にして朝焼けと同じほどに染まり、慌てふためき声を大きくした。


「図星突かれて慌ててやんのー」


「な!」とより一層シャルが声を荒げる。その二人のやり取りでやっと目が覚めたのか、欠伸をしながらメルローが眠そうに起き上がった。


「何、2人とももう仲良くなったの?」


「なってない!」とシャルは声を荒げる。


「恥ずかしがっちゃってー。いいのにもう」とランレイは隣に座るシャルを小突く真似をした。

「何を!」

 シャルがより一層頬を染めて声を荒げると、それを待ち望んでいたかのようにランレイが「しっ! 静かにしないと追手が!」と指を立ててシャルを窘めた。


「この……」


 苦虫を噛み潰したようにシャルは顔をゆがませた。


「っぷ……」

 2人のやり取りと見ていて、思わず笑いが込み上げてきてしまった。止めようと思っても、全く収まる気配がない。そんな私をぽかんとした顔で2人が見ている。


「ごめん……なさい……こんな時に……。でも、2人のやり取りを聞いていたら、気が抜けちゃって」


 目の端に涙が流れた気がして、ふき取るように指を動かした。


「確かに。アシュラの奴らに追われてるなんて嘘みたいだ。こんなきれいな場所だしな」とメルローが続いた。


 メルローに言われて初めて周りを見た。木々の先に背の高さほどある稲穂のようなものが朝日を浴びて様々な色に輝いている。見えない先までその色は連なっていて、まるで光の道みたいに見えた。現実の世界では絶対に目にすることができない光景だった。全員が同じ方向に視線を向けて、声を発するのを忘れるほどに見つめていた。


「確かにきれいなのはわかるけどさ、これからどうするんだ?」とランレイがみんなを現実に引き戻した。


「予定通りいくなら、このままリュウやゲンダツバとか他の街に向かうんだよな? ばあちゃん……じゃないや、長老との約束もあるし」


「はい。その予定ですね」


 メルローの言葉に私が答えると、ランレイが顔をしかめ声を上げた。


「ちょっと待って! もしかして全部の街を本当に回るつもり!? 追われているのに?」


「ええ。……それが旅の目的なので」


「奴らに追いつかれたらどうするの? アシュラ自体は馬鹿でも、あっちにはテンもいるんだよ?」


ランレイが不安そうに言う。確かにランレイの言っている意味はよく分かる。彼らがこの旅の目的に気づいて先回りすることは容易に想像できる。


「たしかに、それは困ってしまいますね……ただ、行くしかないと思います」


 自信も何もないのに、言葉が勝手に出てきた。自分ではない何かに言わされているような感覚だった。


「テン……にも行くの……?」


「そう……なると思います。けど、それがどうかしましたか?」


 そう聞くと、彼女は俯いた。表情が見えないが、体が震えている。大丈夫かと声を掛けようかと口を開こうとしたとき、彼女は体の側面につけていた拳をぐっと握り、顔を上げた。


「ねえ、その旅……私も連れてってくれない?」


「え?」


「本当は、ここでジァンとタイランを待つ予定だったんだけど……私、奴らに……テンに一泡吹かせてやりたい……だからお願い」


「ランレイさん?」


「無理を言ってるのは重々承知してるつもり。でもさ、いろんな部族がいた方が、あんたたちにとっても都合がいいと思うのよね」


 だんだんと目線が合わなくなり、彼女の顔が俯いていく。


「ですから……」


「ほかにも、私、こう見えてカルラ族の奴も知り合いいてさ、アシュラ以外の街との交流も任されていたから割と役に立つと思うんだよね」


「ランレイさん!」

思わず声を大きくするとランレイが驚いたのか、こちらにやっと目を向けた。


「もちろんですよ。アシュラから出たときからてっきり一緒に行くものと思ってました」


「え?」


「ランレイさんがいてくれると、心強いです。よろしくお願いします」

 笑顔を彼女に向けると、彼女はその場で項垂れるように座り込んだ。


「なんか、拍子抜けしちゃった……」と笑いながら言うと彼女は全員の顔を見て、「よろしく」と呟くように言った。


「よし! じゃあ、話もついたみたいだし、リュウに向かって早速歩こうぜ!」とメルローが先頭に立った。


「なぜおまえが仕切る」


「え? だって、俺がリュウへの道を唯一知ってるんだろ? だから、俺がリーダーでしょ」と得意気にするメルローをシャルはにらみつけるものの、何も言えずにいた。


「そうだね、メルローリーダーだ!」とルーキは楽しそうに続く。


「メルローリーダーか。いいな……皆呼んでいいぞ?」


「ちょっと待って、この馬鹿そうなやつしか道知らないわけ? あんたたち、よく旅に出ようと思ったわね……」

座り込んでいたランレイが目を丸くしてあきれるように驚いていた。


「それは何も言い返すことができない……急いでいたんだ……」とシャルはバツが悪そうに言った。


「まあまあ、何でもいいじゃん。とりあえず、リュウにしゅっぱーつ!」というメルローの声に続いたのはルーキ一人の「おー!」という声だった。


 リュウへの道をメルローが歩き始めたとき、シャルが心配そうにこちらへ向かってきた。


「ハイネ様、大丈夫ですか? もしお辛ければ本の中でお休みになられても……」


その言葉ではっと思い出した。すべて現実の世界のようにリアルだったから忘れかけていたが、この世界はいわば物語の世界の虚構。この中での時間の分、本当の世界での時間も進んでいる。今までどの程度、この世界にいたのだろうか……そう考えただけでもぞっとした。この世界での時間の進み方にはムラがある。だからこそ、そんなに時間が経っていない可能性もある。ただ、それでも現実の世界にこのタイミングで戻ってしまうのは怖かった。一体どんな現実が待ち受けているのだろうか……。

 そんな想いを彼に吐き出すわけにもいかず、「大丈夫です。先ほどまで休ませていただいたので、少し楽になりました」と強がる他なかった。本当はかなり全身が痛くて、動きたくないほどだった。


「それならいいのですが、あまり無理をなさらず……」


「ありがとうございます。きつくなったら、言いますね」


「あんた、最初から思ってたけど……本当に過保護ね」とその一連を見ていたランレイが立ち上がりながら口を開いた。


「なっ!」


もうすでに歩き出していたメルローとルーキの声がシャルの声をかき消した。


「おいていくぞー!」


「早く早く―!」

 いがみ合う2人の背中を叩き、「行きましょう!」というと、2人は視線を互いから逸らして私の後を追うように歩き出した。


==============================

 彼らの周りの景色とは裏腹に城の周りは黒く厚い雲で覆われていた。オルはそんな天気を姫の部屋の窓枠越しに眺めていた。雷鳴とともに光の線が城の周りの川へと落ちている。


「最近天気悪いなあ……兄ちゃんも姫様もルーキも……大丈夫かなあ」

 呟くように言った声が誰もいない姫の部屋の中にこだました。


「ハイネは奥の部屋に籠りっぱなしで、何してるのか教えてくれないし……でも、俺がしっかりしないと!」


 その声に応じるかのように、雷が城へと落ち、部屋の明かりがふっと消えた。部屋の外から3回ノックする音が聞こえ、オルは小さく声を漏らした。ノックされた扉の向こう側からかわいらしい声が聞こえた。


「オル、今大丈夫?」

 オルが恐る恐る扉を開くと、色白で華奢な体に、艶のある黒髪を束ねたドレス姿のテンの少女が立っていた。


「うん、平気だよ?」とオルは何もない風を装い、カッコつけて見せた。彼女はそれを聞いて安心したのか、強張らせていた頬を緩ませて、にっこりと笑った。


「よかった。これ、さっき作ったんだけど……おいしく作れたから」とナプキンに包んでいたパイを取り出してオルに見せた。


「え! おいしそう」


「ふふ。よかったら、一緒に中庭で食べない? あそこなら、天気も関係ないし……私、休憩時間で」


「でも……俺、姫様……姫様には俺が付いてないと……」

 目の前の欲望に揺れ動きながら、何とか自分の理性にすがろうと声を絞る。


「少しの間なら大丈夫よ。お城の中にいるんだし。ね?」

 彼女の甘い言葉がオルの小さな理性をぽっきり折ってしまった。


「じゃあ……少しだけ……」

 暗い部屋の奥から聞こえる物音に気が付かず、彼は少女に連れられて行ってしまった。


 奥の部屋では鎖の手錠に繋がれた女性が傷だらけになりながら、牢に体当たりをしていた。

「早く、このことを伝えないと!」

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