(塗りつぶしていた記憶)
私たちの静かな夜に終わりを告げた大きな爆発音合図にしたかのように、熱せられた強い風と灰が私たち2人の体を飲み込んだ。咄嗟に顔の前へ突き出した腕に砂や石が音を立てて当たる。無数の針で腕を傷つけられているように、腕に痛みが走る。腕の隙間から真っ暗な部屋の中に灯るろうそくのような橙色の火の手が見えた。ぼんやりと見えている火が時間を経過するにしたがって、どんどん大きく荒くなっていく。
爆風が弱まり、隣を振り返るとランレイさんは立ち尽くして、目を丸く見開いたまま燃え盛っていく火の手をじっと見つめているだけだった。
「ランレイさん、大丈夫ですか?」
怪我をしたのかもしれないとしゃがみこんだままの彼女に目線を合わせる。砂によるものだろう細かな傷はあるものの、大きな怪我はないようだ。ほっと息を撫でおろしていると、
「なにが……起きたの……?」とポツリと彼女は呟いた。
「よかった……ランレイさんはお怪我ないですか?」
「う……ん。平気。あんたは?」
「私も何とか。それにしても、何かが爆発したようですね……」
「バク……ハツ……? 」
「はい。ドカンと何かが破裂するような大きな音がしましたし、それにこうして火の手も上がっていますし」
目の前に広がる火の手が、数倍にも高く伸びあがっている。
「それが、バクハツというのね。 火の神がなんでそんなことを……誰かが怒りを買うようなことでもしたというの?」
彼女は不思議そうな顔をして、私に問いかけた。彼女は目の前に急激に上がった火の手を神様が起こしたものだと考えていたようだった。そう、彼女は爆発を知らなかった。無理もない。彼女たちは機械でさえ見るのが珍しかったのだ。爆弾ということ自体、目の前で見たことがなくても不思議ではない。だからこそ、突如のことに何も対応ができていないようだった。
「違う……と思います」
何と説明すればいいかわからない。ただ、そんな迷信じみたことではないことは確かだった。こんなことがこの世界で起きるなんて想像していなかった……だけど、実際に目の前で起きた。
「あれは神様の仕業なんかじゃないです……おそらく何者かの攻撃です……」
「攻撃……!? あんな魔法みたいなことを……」
丸く見開いていた大きな目の目尻を上げて、目の先に見える火の手を睨みつけた。そして、はっと気が付いたように口を開いた。
「みんなが……」
「え?」
「あそこは、さっきまで……私たちがいた場所なんだよ」
ランレイさんの言葉で私も気が付いた。あの爆発が起きた建物は先ほどまで私たちがいた場所だったのだ。この街に入ったときは目隠しをされていたし、夜になって外に出たときにはそんなものに目を向けている暇がなかった。
ランレイさんは立ち上がると、両手で両腿をぱんと叩いた。彼女の足に目を向けると小さく小刻みに震えていた。そんな状況なのに、彼女は両手で次は頬を叩くと「よし」と言って走り出した。
いつも急に流れ込んでくる映像が、音も色もいつもよりも鮮明に入り込んできた。
―――――――――――――――――――
「あれ? 安藤さん、まだいたんだ」
夕日が差し込む窓辺で家庭科の課題のトートバックを縫っていると、彼女が開いたままの教室の扉から顔を出した。
「え? ああ。うん」
話をすること自体はじめての彼女。よくない噂ばかり先に聞いていて、少し怖くてうまく話ができなかった。そんな私を他所に近くの席にドカッと腰を下ろす。
「ねえ、なんで安藤さんが他の奴の分までやってんの?」
積みあがったトートバックの山をぺらりとめくりながら彼女は言う。
「え?ああ。みんな習い事とか部活とか忙しいんだって。……私こういうの好きだから」
「馬鹿じゃないの?」
「え?」
「そんなのあいつらが自分でやるものでしょ。あんたの時間を使う必要ないよ。……あたしが言おうか?」
歯にもの着せぬすっぱりとした言葉がとても気持ちがよかった。こんなふうに言えたら、いいのに。
「いいよ、いいよ。好きでやってるんだし」
そんな彼女を横目に見ながら私はいつも通りの愛想笑いを浮かべながら、目を下に落とし、作業を再開させた。横から手がぬっと視界に入り込む。少し暗くなった教室の光でより暗く見える、褐色の肌。
「え……荻原さん?」
「私も好きでやってんの。だから、気にすんな」
にっと笑う彼女。夕日のオレンジ色の光に照らされて、目にもオレンジ色が映っていた。怖かった彼女が嘘だったように、彼女から目を離せなくなっていた。
「ありがとう、萩原さん」
「あ、間違えた」と言いながら、トートバックに針を通していく彼女に向かって、遅れて出てくる私の言葉。それを聞いて、彼女はまた優しそうな笑顔を浮かべた。
「優里。優里でいいよ、安藤さん」
「……私もサクラ……って呼んで」
褐色の肌に夕日のせいか赤みが増した。
「なんかハズイね。サクラ」
―――――――――――――――――――
遠くに見える彼女の背中を追って、遅れてだが走り出した。歩いてここまで来たときは幻想的な世界に見惚れて気が付かなかったが、恐ろしく険しい山道のようだった。足場のないような岩肌を彼女は何事もなかったかのように走り続けている。大切な仲間のために。




