(強い花を咲かす少女)
昼間の喧騒が嘘のように、静かな穏やかな空気が外の世界には流れていた。昼間いた大勢の住人たちが忽然と姿を消したように、この場所にまるで二人しかいないような気さえした。体に吹き付ける風が肌寒く感じる。深い青の海に赤、黄、青、白と様々な光を放つ宝石がが散りばめられているように、夜空を飾る星々が地平線の彼方まで広がっている。月明かりに照らされて、朝顔のような植物がぐんぐんと蔓を伸ばし、白い花を次々と咲かせている。赤く何もなかったはずの砂漠の街が、一気に表情を変えていた。
「昼間と違って、きれいでしょ。さ、行こ」とランレイさんに手を引かれて、階段を降り、美しく咲く花々の間を進んだ。ランタンのような柔らかい光を放つ大きな木の下で彼女の歩みは止まった。
「この目の前にね、昔は大きな湖があったんだよ。周りに花がたくさん咲いていて、星の光を湖面が映して、すごいきれいだったんだ」
彼女が指さした方に目を向けると何もない黒い砂で覆いつくされている大きな穴がぽっかりと空いていた。不思議に思い彼女に視線を戻すと、笑顔なのにどこか寂しそうに感じた。
急にどうしたんだろう。ここに私を連れてきたかっただけなのだろうか?
疑問を口に出そうとしたところだったが、彼女の言葉によってそれは止められた。
「ふう。落ち着くなあ。私、夜が好きなんだ。うるさい奴らもいないし、変に気を使わなくてもいいし、強くいる必要もない、唯一の場所」
木の下にゴロンと寝ころんだ。
「そうなんですね。本当に素敵な場所です」
「なんか、ハイネには見せたくてさ」
「私に……ですか?」
「そう。なんか、会った時から勝手に親近感わいちゃっててさ」と言いつつ、体を起こしてこちらに顔を向けた。その顔には年齢相応のかわいらしい笑顔があった。
-----------------
「じゃあ、私とあなたは親友ね! 誰にもこれは覆せないよ」
嬉しそうな屈託のない笑顔を見せて、オレンジ色の光が柔らかく注ぐ教室で彼女は言った。驚いて、何も言えない私に彼女は言った。
「私とじゃ嫌?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
また、自分の中に眠っている記憶が頭にふいに流れ込んだ。どんな顔をしていたかわからないが、彼女からすると、困っているように見えたのだろう。彼女は笑った。
「あはは。そりゃ気づくよ。ほかの人たちはどうか知らないけど、同じ混血なんだもん」
「混血?」
「そう。私はアシュラの母親とテンの父親から生まれたんだ。ハイネ見てたらわかるよ。ほかのキンナラみたいに耳が長くないし、目の色もキンナラの色じゃない。キンナラって寒色系の瞳しか持たないはずなのに、ハイネは黒だもん」
「そうだったんですか……」
「だから、ハイネも気にしなくていいよ。私はさ、自分以外に混血がいるって知ったの今日が初めてで、いろいろお話したいなって思ってたんだよね」
「混血ってそんなに珍しいものなんですか?」
「まあ、そうだと思う。私はアシュラから出たことないからあんまり知らないけど、テンの奴らも驚いていたし。……キンナラだとそんなに混血って珍しくないの? 嫌な思いとかしなかった?」
「あ……私……記憶がない……んです」彼女の嬉しそうな表情をこんな言葉で壊してしまうことが嫌で、途切れ途切れにしか言葉が出てこなかった。
「なんだ、そっか」と少し寂しそうな顔しながらも、「でも、今日のみんなの様子見てたら、混血も変わらないんだろうなって思ったよ? だって、みんなハイネのこと信頼してるみたいだったし。いいなって思った」と続けた後、彼女は自分の過去を話し始めた。
ランレイさんが生まれる前のことーーーー
アシュラとテンが同盟を結び、新たな政策を進めるためにテンからアシュラに人々が派遣された。ランレイさんの父親もその派遣されてきた人々に含まれていた。それまでは何もない土地で野生の動物の如く暮らしていた彼らの生活は一変した。派遣されてきた人々は生活の知恵をアシュラに伝え、ともに住居を作ったり、生活に必要な水路を建設したりとこの街をここまで発展させた。そして、ある程度人々の暮らしが安定したとき、新たな話が持ち上がった。言葉を話せるようにすることだった。テンの派遣されたものが建設などの合間を縫って、言葉を教えていった。簡単な言葉を覚える者もいたが、長期間覚えておくのが苦手なものばかりだった。知能レベルが低く、覚えていられなかったらしい。唯一覚えられたのが、ランレイさんの母親だった。彼女は見る見るうちに言葉を習得していき、父親であるテンの派遣と意思疎通できるようになっていった。ただ、他のものは同じようにいかなかったこともあり、テンの中では『キカイ』を作り、それをアシュラの人々に装備させるということが決定した。それに伴って、派遣されてきた人々はテンへと帰っていった。
父親だけは、この地に残った。彼女を愛してしまったから。そして、周りの反対を押し切って子どもを産むことにした。周りの子どもたちとは見た目が違い、外に出れば殴られた。父親も日に日にけがの数が増えていった。後からテンに聞いた話だけど、テンの裏切り者とされていたため、アシュラから攻撃を受けるようになっていたらしい。母親は涙を流しながら強く抱きしめて「ツヨクナレ」と言われ続けた。父親は少ししてすぐに死んだ。母親も7歳の時に死んだ。強くいれば認めてもらえる街だから、一番強い女の戦士に挑んだらしいけど、そのまま負けて帰ってこなかった。
「で、その母親から最後に言われたのは『強く美しく生きられるように願ったのがランレイの名前』ってだけ。両親もいない混血なんてどこ行っても味方なんていないんだから、一緒に生きててくれた方がよかったんだけどね」と笑っていった。
「でも、その言葉通りランレイさんは今、強くて美しく生きていると思います」というと、彼女は恥ずかしそうな顔で笑った。
「ありがと。まあ、死にたくない一心でここまで上り詰められたんだけどね。これに関しては、母親と父親のおかげかも」
「お二人の……ですか?」
「そう、母さんが死んだあと、いろいろ考えた。どうすれば生きていけるかを。そこで、力にはいくつかの種類があることに気が付いたの。アシュラの奴らは、力があるけど知恵はない。だからテンの奴らが入り込んで、何かしても殺さない。知恵も力なんだってね」
「なるほど。それで、ご両親から教えてもらった言葉を生かしたんですね」
「うん。ただ、アシュラの奴らには役に立たないことが分かってたからたまに来るテンの奴らに交渉したんだ。奴ら、キカイってのを作るうえでアシュラの意思疎通について知りたがってたから、混血の私ならそれができるって言ってさ」
「それで機械ができたんですね」
「うん、初めてのキカイは王様につけられた。王様も話せるようになったんだ。王は今までの側近から私に変えたんだよね。話せない奴は必要ないって言ってさ」
「テンの人たちは機械を王様だけに渡したんですか?」
「うん、キカイっていうのは作るのが大変らしくて、大量にはできなかったらしいよ」
「そう……ですか」というも不安に思ってしまった。この世界には文明というものが発展していないと思い込んでいた。現実世界のような機械が存在するとは……。大量に作るための動力がないとはいえ、それだけの知能があれば、今後できないことはない。
「ねえ、話変わるけどさ」というランレイさんの声で現実に引き戻された。
「今度はハイネたちの旅の話聞かせてよ。ほかの街のこと、ハイネが知っていること知りたい!」と目を輝かせていた。
「私の知っていることでよければ」と言って、城のことには触れない内容だけを彼女に話し始めた。彼女は言葉の1つも聞き漏らすまいというかのように真剣なまなざしを向ける。たまに「へえ」とか「そうなの?」とかいう驚きを口に出しつつ、楽しそうに聞いていた。月の光が彼女の瞳を照らし、美しい光を反射させていく。全身が柔らかい月の光に覆われて、道に咲いていた天に向かって伸びる白い花を彷彿とさせた。
その二人の世界は大きな爆発音によって壊されたのだった。




