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私がわたしを描く世界   作者: 宇槻 叶
序章
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はじまりのものがたり と のーと

当時、どんな物語を描いていたかは、あまり記憶にはない。


サクラ姫の話は、たしか、サクラ姫が町の1つ1つに出向いて、国を救う物語だったような…


だが、なぜか、ノートには次のページを見ても、何も書かれておらず、他のページも最後の1枚まで白紙だった。


他のノートに描いていたのかも…


20年近く前のことだ。

そう思って、また、カバンの中に戻そうとした。


しかし、なぜか身体が言うことを聞かない。

硬直したように、誰かに身体が乗っ取られたように動かない。

ノートを握り締めている手が、自己と何かと戦うように震える。

そんな中で、先ほどの心霊現象の少女の声が耳に響く。木霊する少女の声、動かない身体、頭がついていかない。


「なんなの…これ…ストレスでこんなことまで起きる? 普通…。」


消え入りそうな自分の声が漏れた。

ノートを持つ手に力が入り、ノートを胸元に引き寄せた。

年季の入った黄緑色の背表紙にぐしゃぐしゃと皺が走る。


目の全体が熱くなって、奥の方が痛くなって、ジンワリと世界が歪んだ。

そう思った頃には、自分の目から流れる大粒の涙がノートの隙間に染み込んでいった。


アニメや映画であれば、ここで光に包まれて、別の世界に行くはず。

ただ、現実はそんなに甘くはなかった。


何も起きず…いや、少女の声が耳から消え、身体が楽になった。ただ、変わらず、車のエンジン音が響く車中にいた。


小さな頃は無我夢中で、楽しむために描いていた小説。今、なぜかそれが私の心を痛めつけていた。


…違う。


好きなことから逃げていたから、こんな風に訳が分からないことが起こるんだ。きっとそう。


小学生の時を境に、小説は書かなくなった。

それを埋めるかの如く、中学、高校は部活に励んだ。大学は、勉強と研究とバイトに励んだ。

社会人になってからは仕事以外何もしてこなかった。


ゴルフを始めたのだって、休日に飲みに行くのだって、仕事のため。

自分が好きでらやりたいことではなかった。


小さい頃に母親から、小説なんて仕事にはできないと言われ、幼心にも捨てるべき夢と思って、封印してきた思いがあったのかもしれない。


これ以上、自分にストレスをかけないためにも、このアポが入っていない時間で少しだけ、このサクラ姫の続きを書き進めてみよう。


そうやって自分の中で意気込んだ。首に掛かっている、社員証のネックホルダーからお気に入りのボールペンを抜き取り、ノートに文字を走らせる。


幼いバランスが悪い字の横に、大人の小さくて、少し縦長な文字が並んだ。


『サクラ姫は、国の中で数々の問題が起きていることを知ることになったのです。その報せは、悪い魔法使いによって、もたらされました。』


自分でも子どもっぽいなと鼻で笑いながら、ボールペンをノックした。ペン先がボールペン内部へ入り込んだ、その時だった。


開いて膝の上に載せていたノートの真ん中から強い光が放たれた。見えている景色が全て白色に覆われた。


どうにか状況を掴もうと、眩しくて瞑った目をこじ開ける。直視できないほどの強い光でどうにも、目を開けていられない。まるで、昼間の太陽の光を直視した時のようだった。どうにもできず、再度目を閉じた。


右手を目の先におき、入ってくる光の量を少しでも少なくしようとする。先程よりは状況が好転した。薄眼を開き、もう一度、膝の上のノートに向けた。


すると、ノートの真ん中から白く細い手が急に天を突き刺す勢いで、飛び出してきた。

そして、光を防ぐために出していた右手が強い力で掴まれた。


そう思った時には、ノートから伸びた手によって、ノートの中に引き込まれていた。

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