(岩壁のその先に)
「で、なんでアシュラに来たわけ?」
シャルに突き付けられた槍の刃先に彼の汗が顎から伝い落ちる。ここに来てからというもの、パワハラ上司や怖い雰囲気の営業先のことがかわいく思えてくる。先ほどまで出ていた暑さを感じて吹き出す汗とは少し異なる、べたついた汗が服と体の間を張り付けていく。
張り詰めた空気の中、絞り出すように声を上げた。
「あ……私たち、ゲンダツバに向かっていて……道に迷って……」
自分で思っている以上に小さく、か細い声が出てしまった。少女の厳しい目がこちらを捉える。
暗がりから急に明るくなって視界がぼやけていたが、ピントが合っていく。少女の目元には赤い模様が入っており、目を囲むように描かれている。褐色の肌で目鼻立ちがはっきりとしている印象だ。男性たちには上半身に雷や炎のような絵が描かれている。
「へえ。ゲンダツバに。キンナラとマゴラガの坊ちゃんでねえ。マゴラガの坊ちゃんは、道が分からなくなってしまったんですかねえ?」
馬鹿にするような猫なで声を出した。どうやら相手はある程度情報を集めているようだ。
「お前らとは違って、俺はちゃんとわかってるさ!」
メルローがその挑発に乗ってしまう。
「へえ? じゃあ、なんでアシュラに来たいと?」
「それは、姫様の命令で……」
怒りながら答えるメルローが徐々に自分の発言に気づき、声を落としていった。槍の先を向けられたままのシャルが小さく「馬鹿が」と漏らした。
「へえ。姫様。姫様ってもしかして……お城に住んでいるお姫様のことですか?」
情報がつながったと言わんばかりに、笑みを浮かべた。ただ、この子からは不思議と悪意は感じられない。しかも、二人の屈強な男たちは話に入ってこないどころか、何も表情を変えていない。
無言の空気が流れ、それぞれの顔を見回しながら彼女は口を開いた。
「そう。正解ってことね。お城のお姫様が各地にあなたたちに向かわせて一体何の用なのかしらねえ」
すべてを伝えるのが正しいのか、嘘で誤魔化す方がいいのかまだ判断がついていない。緊迫した状況の中で、どうにか思考を巡らせる。
彼女はまた様子を見ようとしている。私に顔を向けたとき、顔を止めて私に向かって話始めた。
「安心して。この後ろの奴らは何も理解していないわ。私の言うことだけに従う馬鹿な奴らなのよ」
ちらりと後ろに視線を送る。そして、「アウアエ」と彼女が口にすると、槍を向けていた男が攻撃の姿勢をやめ、後ろに下がった。
「この方がゆっくり話せるでしょ? 私はこのアシュラの国の奴らとは違う。利益があれば協力する。話し次第で動く」
「何を馬鹿なことを言っている。ここは国ではなく、街だろ?」
シャルがやっと口を開いた。
「はあ、何も知らないのね。お城の姫様のお守りの人たちは」
「何!?」と怒りを口にするシャルを余所目にこちらに目を戻して、話始めた。
「このアシュラという場所は特殊なのよ。八季の国の中で唯一、国王がいる街なの。この場所では強さこそすべて。強いものが王になる。そんな単純な場所。言葉なんて必要ない、純粋に強さだけを磨く場所なの。だから、誰も言葉を話せない。最低限伝わればいいと思っている」
「そう……なんですか……」
話せば協力してもらえる、そうどこかで思ってしまっていた自分の頭を殴られたようだった。キンナラとマゴラガの二つの街の人々や営業での経験が自分にそういう考えを知らぬ間に定着させていたようだ。
「だからこそ、あなたたちがこんなところに来て、入ろうとするなんて狂気の沙汰に思えて仕方がなかったってわけ。いろんな噂が流れているけど、あなたたちは何をして回っているわけ?」
「お前らに話をする必要はない」
シャルがまた口を挟んだ。少女は目を向けることもなく、「仏頂面のおっさんには聞いてないわ」と言い放った。
「貴様、失礼にもほどがあるぞ。話ができるからとこの場所の番を命令されているだけだろう。もっと上のものを呼んでこい。でなければ、こちらは答えない」
シャルの言葉に少女は反応し、振り返って答え始めた。控えていた男たちが槍を持ち直そうとすると、彼女は視線を動かさないで手で制止した。
「へえ。あなたは、位が上位の人と話せれば本当のことを話すの?」
「ああ、少なくともお前のような下っ端よりはな」
「ふうん」といって、少女は上半身にまとっていたポンチョのような薄汚れた布を脱いだ。すると、褐色の引き締まった身体に灰色のチューブトップのようなものだけを纏っている姿になった。おへそを囲むように太陽のような絵が描かれている。それが露になると、後ろに控えていた2人は跪いて、頭を下げた。
「何をしている! 女性がそんなに肌を見せるなんて……」
シャルが目をそらしながら、弱弱しく声を発する。
「あのねえ。アシュラじゃこの姿は普通なの。あと、見てほしいのはこのマーク。これは、ここで崇められている太陽の神を表すもの。権力の強い3番目までの人にしか描かれないマークなの。力を示す者のみが、このマークを得られる」
そう言いながら、ポンチョを再度纏った。
「私は、国王直属の首席補佐官兼調査官のランレイ。つまり、私はこの場所で上位ってこと。私より偉いとなったら国王とかになるわけだけど、そんな簡単に合わせられないに決まっているでしょ」
ため息交じりに口にする少女を見て、自分の心が決まった。これが罠だとしても、この子の協力なくては恐らくここではうまくいかない。それに、この子なら話が通じる可能性が高い。
「先ほどから、大変失礼をしました。本当の理由をあなたにだけは伝えます」
「ハイネ様!?」
シャルが驚きの声を漏らす中、少女は「やっぱりあなたがリーダーだったのね」と言いながら、満足そうにこちらを向いた。
「私たちが姫様の命で来ているのは本当です。この八季の国の各街で大きな問題が発生しているという噂が流れてきたからなのです。ただ、大事にすることを心配した姫は、信頼する側近に各地の様子を確認して、問題を解決するように命を出しました」
「へえ。それで、このアシュラに」
「ええ。そうです。だから、ここに入国して、確認したいのです」
横に聳え立つ岩壁を見上げるように言った。
「噂だとは思っていたけど、本当だったとはねえ。……ただ、私の耳には問題は上がってきていないけれど、それでもこの野蛮な国に入りたいなら私の言うことをしっかりと守ってね」
そういうと、にっこりとほほ笑んだ。初めて幼い雰囲気を感じた。
「分かりました」
「ハイネ、こいつらの言うことをそんなすんなり聞いて平気かよ? 怪しすぎないか?」
メルローが心配そうに横から話しかけてくる。
「心外ですが、私もその者と同意見です」
「メルローさん、シャルさん、そう言わずに……言うとおりにしましょうよ」
こんなことで躓いて、彼女の考えを変えられたら困ると必死に笑みを浮かべながら二人をなだめる。
「そうだよ! 姫……ハイネ様にも考えがあるんだろうし、このランレイって子も悪い子じゃなさそうだしさ!」
ルーキもこちらの味方をしてくれた。
「まあ、話し合ってくれても結構だけど、早くしてよね」
ため息をつきながら、後ろの二人に指示を出して何かを取りに行かせた。二人は戻ってくると、布とロープをどさりと私たちの前に置いた。
「入るにはまずこれを目に巻いて、そのあと、このロープを持ちながら徒歩で移動ね」とランレイが説明をする。その説明でメルローとシャルに疑惑の火が付いたが、ルーキとなんとか押し切った。
「話し合いは終わった? じゃあ、目隠しするから、みんな後ろ向いてちょうだい」
「貴様がするのか?」
「そうよ。あなたたちが緩く結んで途中で取れても困るし」
そういうとランレイは、こちらに一人で近寄ってきた。まずはシャルからだった。屈強な男たちと比べて小さく、細いランレイならばと思ったのか、彼女が布で目を隠そうとしたとき、反撃しようと手を刀にかけた。
気づいた時には、反撃しようとしていたシャルはランレイの手に押さえつけられるように頭を床に突っ伏して倒れていた。
「ばかねえ。弱そうに見えるだろうけど、アシュラの民よ? あなたたちより弱いわけないでしょう?」
そして、突っ伏したままのシャルに手早く目隠しをした。メルロー、ルーキにも同様につけ、最後が私だった。
「あなたには別につけなくてもいいかなとは思うんだけど……一応ね」
と意味深な発言をしながら私の後ろに回ると、ふんわりと布で目を覆い、頭の後ろできつく結んだ。
思った以上に真っ暗で光さえも入ってこない。
「じゃあ、ここからは歩きだから、みんなロープを掴んで」
自分の体が宙へ浮かんだと思ったのも束の間、ふんわりとした砂に着地し、横から何かが手のあたりに当たっている。掴んでみるとロープだった。おそらく、あの二人に馬車から降ろされたといったところだろう。順番なのか、ルーキやシャル達の驚きの声が漏れ聞こえた。
ふんわりとした砂に足を取られながら、ロープに引かれて歩を進める。少し歩くと、硬い石の上を歩く感覚に変わった。全員の足音が反響していろんな方向から聞こえてくる。洞窟なようなところを通っているようだ。血の匂いが漂っている。
昨日からずっと歩き続けていて、視界が奪われている疲れから、だいぶ歩いたように感じる。まだ反響音が続く。
「もう少しよ」
前の方からランレイの声が聞こえた。その言葉の後、反響音が消え始めて、すべてが消えると代わりに金属と金属がぶつかる音や叫び声などが辺りを包んだ。整備された道を歩いているようで、非常に歩きやすくなった。
「段差があるから」という注意を受けて、段差を登っていく。この感覚……どこかで……
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「はーい、次のペアの方」その言葉で私たちは前に進んだ。
「はい。じゃあ、目の不自由な人の役の子はこれを目につけてね」
渡された黒いアイマスクを私が受け取り、隣で誰かが「私がちゃんと誘導するね」とほほ笑みかけた。
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キィという金属の軋む音でハッと我に戻った。暑い天候を遮るようなところにいるらしく、先ほどの馬車よりもひんやりと感じる。そのあとで、鎖の音と鍵をする音が聞こえた。その音を間近で聞いた私は腕を後ろから引かれて、金属のような壁に頭を打ち付けた。そして、一気に目を覆っていた布が顔から滑り落ちた。
目の前の状況に呆然とした。石で作られた牢屋のようなところにいたのだ。




