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私がわたしを描く世界   作者: 宇槻 叶
5章
36/70

(強き者の街 アシュラ)

 茶色く濁った沼を横目にして、ぬかるむ道に足を取られながらもゆっくりと歩を進めていく。足元も白いキンナラの服もすべて泥だらけになっていった。それに、生き物の死んだ匂いなのだろうか。通る道に漂っているアンモニアのような臭いが鼻をずっと離れず、胃がむかむかとしてきた。だんだんと私やシャル、ルーキの歩みが遅くなっていく。メルローが先導する、マゴラガからアシュラへ向かうための近道は想像したものよりもかなり険しいものだった。


「おーい。みんな大丈夫かー? ただ、その速さだと夜までにアシュラに到着する以前の問題だよー。この辺りで野宿になるぞー」


数十メートル先を悠々と歩いているメルローが元気いっぱいに声をかける。こんなところで野宿なんて無理だと言わんばかりに私たちはペースをできる限り早めた。一番疲れ切っているのは、ルーキだった。


「うう……気持ち……悪い……」


顔色が悪く、白い肌が余計に白く見えた。「大丈夫ですか?」と声をかけると、シャルが応えた。


「キンナラの者は、他の種族以上に耳だけでなく、鼻が利くのです。だから、このような臭いが漂うところはなんとも……」


そうやって答えられるまでは全く気が付かなかったが、シャルもどうやら辛いようだ。


「おいおい、みんな大丈夫かよ……。ハイネが一番元気そうじゃん。姫様なのにやるなあ」


みんなの進みの遅さに待ちきれなかったのか、メルローが信じられない速さで戻ってきて、初めての生物を見るように不思議そうな顔で声をかけてきた。「私はキンナラではないから」という言葉をグッと飲み込んで、力なく笑った。


「なかなかこういう道はキンナラにないのと、シャルとルーキは私を探してくれていたのもあったから……」


「そうかあ。俺は慣れすぎてて気が付かなかったけど……みんなには、ここは辛いんだな」


戸惑いながらも、こちらの状況を把握して納得しているようだった。後で気が付いたが、彼はマゴラガでリクターや他の蛇としか過ごしたことがないからこそ、不思議だったのだろう。今までの自分の当たり前が崩されたんだと思う。


 それからは、メルローもゆっくりと進みながら声をかけてくれた。「そこの砂利の上は歩かずに、こっちの赤い土を歩いた方が歩きやすいよ」とか「あ、あの木の実飲めるんだよ。取ってくるね」と気遣ってくれるようになった。その度に私の頭には顔が思い出せないけれど『ごうくん』との思い出が蘇った。

不思議な記憶を辿りながら休み休み歩いて、ようやく泥のぬかるみ道に別れを告げるマゴラガの出口についた。目の前には真っ白な砂の道が続いている。漂っていたアンモニア臭も薄れていき、息がしやすくなるとどっと疲れが襲い掛かった。


「やっと出たー」

「疲れましたね」


自然と私たちの口から言葉が漏れだした。私とルーキは疲れ切っていたのか、その場に倒れ込むようにして座った。真夏の夜に吹く風のように、少しひんやりとした強い風が私たちの体を包み込み、やわらかく乾いた砂がじんわりと足に熱を伝えた。不意に上を見上げると、真上に大きな月と一面の星空が広がっていた。疲れた心が癒えていくような気がした。


「ここで夜になっちゃったかあ……」

メルローがぼそっと呟いた。


「ここからアシュラまではどれくらいなんだ?」

シャルはまだメルローに敵対心を持っているのか、仏頂面に怒りを滲ませながら問いかけた。


「ええっと……いつもの感じだと、夜のうちにつくけど……」そう答えながらこちらを見まわすように目をやって、右斜め上を向いて答えた。


「このペースだと、少し寝てから出発しても明日の夕方くらい……かな」


「え、そんなに遠いの? もうマゴラガを出たんじゃないの?」


「うーん。確かにすでにアシュラの領土ではあるんだけど。みんな知らないの? この街が一番大きいんだよ」


「それは分かっていたが、てっきり人が住んでいるところはこの辺りにもあるものだと……」

シャルも驚いて声を上げた。


「昔はそうだったらしいけど……人口が減って、国王が変わって、敵の攻撃を防ぐために砦を作ってからは、人はみんなその砦の中で済むようになったんだ」


「え? それなら、逆に攻め込まれそうな気がしますが……」


「ハイネ、知らないの? アシュラは超攻撃的な集団だよ? どんなに強い武器を持っていたって、奴らが束になったら、勝ち目はないよ。それにこの辺りも警備はしてるみたいだしね」


「そうなんですか……」

そう答えながらも心の中では、「爆弾」なら強い人も関係ないのではないかと思ってしまっている自分がいた。この中にはそれがないから、まだ平和なのかもしれない。


「まあ、このまま進んで警備のやつらと鉢合わせるよりかは、ここらへんで休んで進んだ方が良いと思うし、今日はここで休もうか」


メルローの言葉に全員一致で賛成した。そして、メルローが持ってきてくれた大きな葉で寝床を作り始めた。少し厚みのある葉で、二枚ほどつなげると体がしっかり入るほどの大きさがあった。砂の上に敷くと、ふかふかの布団とまではいかないがそれでも寝心地のいい状態に仕上がった。疲れもあってなのか、横たわったと思った時には眠りの世界に誘われていた。


 眩しい光があたり一面から目を攻撃してくる。目を開くと、辺り一面が白い世界に様変わりしていた。白い砂の一粒一粒に太陽の光が反射しているらしい。眩しくて目を細めていると、「早く出ないとこりゃまずいかもな」というメルローの声が右側から聞こえてきた。


「どういうことですか?」


「いや、俺は昼間って通ったことないんだけど、このあたりは灼熱地獄って言われていて、死ぬほど暑いらしいんだよね。だから俺はいつも夕方のうちに出掛けて、明け方までにはマゴラガに帰るようにしていたんだけど……」


そういわれて、改めて辺りを見回してみると草木が生えている様子がなく、ただただ真っ白な砂漠が続いているだけだった。夜の間は肌寒いと思っていたくらいだったが、照り付ける太陽が上に向かっていくほどに、気温が急上昇していく。


「早く……でましょう」


眠るために敷いた葉はそのままにアシュラの街があるという方向を進む。昨日の今日ということもあり、足が棒のようになって言うことを聞かない。それに、太陽が服を身に着けていない肌に容赦なく

照り付け、視界をゆがませ、頭をぼーっとさせた。汗が湧き水のようにあふれ出て、頬を伝い顎に溜まり、顎からぽたぽたと涙のように流れていく。この暑さはメルローにも堪えたようで、蛇のように長い舌をだらんと出しながら歩いている。太陽が真上に上っても、アシュラの砦は影すらも見えない。方向感覚すらもわからなくなってきた、その時だった。


小さな振動が足に伝わり始めたかと思うと、その振動はどんどん強さを増していき、振動は地響きへと変わっていった。正面から褐色の人らしき影とその人が乗る馬のような生き物が見えてきた。そして私たちの目の前でその影は止まった。見上げるほどの大きさの生き物から、2mは優に超えるであろう大きな褐色の男性が降りて近づいてきた。


「アウアエアウ」

何かを言いながら、紙を渡してきた。その紙には、『道に迷ったのか? アシュラに行きたいなら乗れ』と記載があった。暑さで朦朧とした頭だったから、危険を考える前に生き物が引いている馬車のような屋根付きの建物の中に入り込んだ。建物の中は、小さな小窓があるだけで、薄暗い。ただ、太陽を遮っているだけで非常に涼しかった。全員が乗ったことを確認すると、男性は扉を閉めて生き物を操り始めた。ビュンビュンと風を切る高い音が、建物の隙間から聞こえてくる。少し時間が経って、頭が冷静さを取り戻していく。


「ねえ、ぼーっとしちゃって乗り込んじゃったけど、大丈夫かな? 殺されたりしないよね?」

ルーキがまだ滴る汗を手首で拭いながら、不安を口にした。


「確かに。少々心配すべき事態かもしれない。助かったとはいえ、あまりに偶然が過ぎる……」


「そうかも……」とメルローは同調しようと言葉を発したが、すぐにそれをやめた。メルローの正面に見える小窓の景色がそうさせたのだった。


「いや、大丈夫だよ! ちゃんとアシュラに向かってる! もうすぐそこだよ!」

小窓の外を指さす。メルローの指の先には、大きな門と10階建てのビルくらいあるのではないかと思う岩壁がそびえたっていた。


スピードがだんだん緩やかになり、止まった。ガチャりと大きな音を立てて開いた扉から強い日差しが差し込む。両開きの扉の正面には先ほどの大きな屈強な男性とその半分くらいの身長の少女が仁王立ちしていた。


「何の用だか分からないけれど、アシュラの国にようこそ」

かわいらしい声なのに圧力を感じる物言いだった。挨拶をしようと立ち上がろうとすると、男が持っていた槍を私の喉元に突き付けた。


「動かない方が良いわよ。そのままで。こちらからの質問だけに応えてちょうだい」


「な!」

怒りでピクリと動いたシャルに槍が方向を飛ぶように向けられた。


「言ったでしょ。動いたら死ぬわよ。死にたいなら別だけど」


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