(新たなる旅立ち)
色々考えたら、すべて消し去る前にこれはこれで完結することにしました。
「お……落ち着いた……か?」
メルローが呟くように小さく問いかけた。ルーキもまだシャルを抑えきれているかわからず、目から不安がこぼれている。
「姫様をどうした?」
獣のように声を荒げることはなく、冷静な口調でシャルが問いかけ直した。
「ちゃんと話すから、落ち着いて聞いてくれ。俺たちも姫様の行き先を知りたい」
メルローは不安を滲ませながらも、敵対する気持ちはないことを示して落ち着いた口調で言葉を紡いだ。シャルの目には怒りが再度映った。
「知りたい……だと? お前らがさらったのにか?」
「なんか勘違いしてない? 俺たちは知らないって」
メルローは慌てて言い訳のように口にする。不安な様子で見守っているルーキがハッと何かに気づいたかのような顔をし、メルローに声をかける。
「ねえ、本は? カルラ族に運んでもらった本はどうしたの?」
「本? あ、本は一度焼いた。ただ、」
「焼いただと!?」
「シャル落ち着いて!」
シャルが吠える。その彼のお腹付近をルーキはしっかりと抑えながら、メルローの声に耳を傾ける。
押し寄せる圧力からかメルローの額には玉のような汗が溜まっている。
「炎の中から、ハイネが現れたんだ。あんたらの探している人ってハイネなのか?」
その言葉を聞いたシャルは切れ長の目が丸くなるまで目を開き、後ろにいるルーキと顔を見合わせた。ルーキはこくりと頷いて言葉を続けた。
「そう! ハイネ様! キンナラのお姫様なの! どこにいるの?」
「ああ、そういうことだったのか。……あんたらがてっきり姫様の乳母だと思っていたから、この国の姫様と一緒にいるんだと思ってた。そういう噂だったしさ」
ルーキの言葉で緊張が解けて、メルローの顔から笑みがこぼれた。
「いいから、ハイネ様はどこにいるんだ」
「俺たちの長老のところだよ?」
「ねえ、案内してくれない?」
「最初から俺はそのつもりだったんだよ……」
とメルローは小さくこぼした。こんなことならやっぱりハイネと来た方がよかったじゃんと文句を言いながら、シャルとルーキを先導する。ぬかるんで足を取られる地面と爆発の気配を察知しながら、もと来た道を辿っていく。すると、洞窟に入る前に見慣れた姿が現れた。リクターとハイネ……つまりサクラ姫の姿だった。
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なぜだか分からないけれど、不安が背中にのしかかっているように体が重く感じた。手足が凍るように冷たくなり、嫌な想像ばかりしてしまう。せっかく仲良くなったメルローにシャルが襲い掛かっていくイメージが頭の中を何度もよぎる。
やっぱり、私も一緒に行った方がよかったんじゃ……そんな思いが込み上げてくる。
「そう不安がらなくても。ただ迎えに行っただけなんだから」
リクターが心配そうにしている私を余所にあっけらかんとした態度で言う。
「そう……なんですけど。なんだか胸騒ぎがして……」
「胸騒ぎ……ねえ……。一応、途中まで迎えにいきましょうか?」
何かを一瞬考えてから、何を思ったのかリクターの目つきが変わった。無言になったリクターとともに洞窟の出口に向かって歩を進めた。
薄暗い洞窟の先から生臭い匂いが鼻に入り込み、曇り空から漏れる光に包まれる。曇り空ながらも、洞窟から出たばかりの目には眩しく思え、目を細める。じんわりと目が慣れて、当たりの景色が広がっていく。前を進んでいたリクターが大きな体をこちらに向けて、待っていた。
「ねえ、姫様。……お願いがあります」
改まった落ち着いた口調でリクターが口を開いた。その雰囲気にのまれて、なんとなく私も姿勢を正す。
「あの子を……メルローを姫様たちの旅に入れてもらえないでしょうか?」
「私たちの旅に……ですか?」
「そう。あの子は私たちマゴラガの最後の希望なんです」
リクターの目が熱を持ち、こちらに向く。
「だったら、尚更……」
「違うんです。だからこそ……なんです。あの子は、仲間というものを知らないといけない」
「仲間……」
「そう。メルローは物心ついた時から、話し相手は私だけでした。もちろん他の蛇たちと共に過ごしてはいるけれど、心を通わせているわけではないのです。だからあの子は、いつまでも子どもっぽいまま……他の人たちと交流しないとずっとそのままだわ……私の後を継いでほしいのに」
「でも……私たちの旅は安全ではないですよ?」
「わかっています。むしろ、だからこそなのです。今の状況を変えるにはそれしかないの」
決意をリクターの全身から感じた。もう、決まっているんだとなぜか理解できた。そして、メルローが私たちと旅に出ることは、不思議と必然に思えた。
「分かりました」
知らずうちに、言葉が口から零れていた。リクターはほっとした表情を見せる。私は慌てて「ただ、」と続けた。
「ただ、私からは誘えないです……安全ではない以上、彼に決めてもらわないと」
「分かったわ」
こくりとリクターは長い首を器用に動かした。そして、そんな話をしていた矢先、彼らがギスギスとした雰囲気でこちらに向かってきた。その雰囲気を断ち切るように最初に声を上げたのはルーキだった。
「ハイネ様~!」
50メートルほどは離れているであろう位置から大きく手を振りながら声をかけてきた。小さく手を振って、それに応えて見せる。だんだんと声が早く近づいてきて、最後には小走りで駆けてきたルーキに抱き締められた。
「ご無事でよかったです!本当に」
耳元で泣きそうな声でルーキが言った。後ろから「ルーキ失礼だぞ!」という聞きなれた生真面目な声がした。シャルだった。
「お二人とも……ご心配をお掛けしました……」
こちらもつられて泣きそうになってしまう。
「よかったな、ハイネ」
そうやって近づいてきたメルローを、シャルは長年の敵と言うようにギロリと睨んだ。メルローは怖がって、私たちの円の外までしか近づいてこなかった。
「さてと。感動の再会のところ悪いんだけど……いいかしら」
リクターが申し訳なさそうに口を挟んだ。シャルはメルローに向けるものと同じ視線を向けた。リクターは涼しい顔で何もなかったかのように言葉を続ける。
「シャルさん、ルーキさん。すみませんでした。私たちはテンに復讐をしたかっただけだったのだけれど、最終的に……ハイネさんを危険に晒してしまいました」
深々と二人に首を下げた。ゆっくりとその首を持ち上げ直した。
「そんな私たちのことを信じてほしいと言って、信じてもらうのは難しいのは分かっています。ただ、私たちとあなたたちの目的は同じです。これから、他の街も回るとハイネさんから聞きました。きっと役に立つから、うちのメルローを連れていってください」
「は?」
寝耳に水だったメルローが驚きの声を上げた。
「私のお使いでメルローにはゲンダツバを向かわせたいのです。ゲンダツバに行く道中にはアシュラとリュウの街があります。そこに向かうには何かと便利だと思います」
「俺がなんでゲンダツバに……カルラ族に任せればいいだろ?」
「ばかだね、あんたは。今回みたいにやつらの馬鹿さ加減で、大事な荷物をどっかに運ばれても困るだろう? だから自分たちでいくんだ」
「だからって……」
「じゃあ、私が代わりに行って、メルローがこの街を守るかい?」
リクターの鋭い目がギロリとメルローを捉えた。
「いや……それは……」
「……失礼ですが」
ぴしゃりと仏頂面のシャルが切り込んできた。
「なぜ、このような者を連れていけというのです? はっきり言って、迷惑極まりない」
「そうでしょうかねえ? あなたたち、キンナラだけで各街を回るっていうのは変な噂がどんどんたっていくんじゃないですか?」
子どもをあやすようにリクターは切り返した。
「なに?」
「現状でも、いろんな噂が飛び交っていますよ。だから我々も本を狙った。それに、この子は小さい時に3つの街は回ったことがあるし、アシュラに至ってはこの街が枯れるまで売りに通っていたから道は分かる」
リクターの言葉にシャルの仏頂面がゆがむ。雰囲気が悪すぎて、声を上げようとしたとき、思いがけない声が上がった。
「俺……ハイネと……旅に出たい」
メルローだった。
「最初は、嫌だったし……今も本当は怖いけど……。俺、他の世界見てみたい。それでいろんな人に会ってみたい」
メルローの顔がニコリと笑みを浮かべたとき、別の記憶と重なった。夕方の大学校舎の廊下で、同じ笑みを浮かべて、こちらに手を伸ばして言った『一緒に行こう』と。
「ごう……くん……?」
気づかないうちに声が漏れていた。自分でもわからない。ただ、懐かしくて、優しくて、温かくて、ぬるい涙が自然に頬を伝っていた。
「ハ、ハイネ? どうした? なんか俺、変なこと言ったか?」
メルローが慌てていった。こちらも慌てて、ぶんぶんと大きく横に首を振った。涙を拭いて、笑顔を作って言葉を発した。
「一緒に、行きましょう!」
「よし、そうと決まれば早い方が良いわ。早くいかないと、アシュラの周りは危険だから」
すべてリクターの予定通りというように、自然と促されてマゴラガを旅立った。途切れ途切れの記憶の謎を置き去るように。
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「アウアアウ、アアア」
褐色の大きな図体の男が一回り以上小さな体の少女に跪いて、何かを報告する。
「なんだか変な動きをしている連中がいるみたいね……へえ。こっちに来るんだ。もの好きな奴らね」
岩に囲まれた関所の上で、部下からの報告を聞いた少女は椅子に腰かけて、かわいらしい声なのにとげとげしい口調で言葉を吐いた。




