むかしばなし と のーと
題名が読めたノートだったが、仕事に取り掛かってからは、その存在すら忘れてしまっていた。
ぽっかり記憶を抜き取られたようだった。
そして、高田に言われた嫌味にぶつかるように、今日の訪問予定を午前中から良いペースで進めていく。
3件のアポイントがなんとか終わったのは、午前の11:30。
パソコンで少し内勤業務をしたいのと昼食ををとるべく、コンビニの駐車場へと入った。
昼前とあり、トラックや営業と思われるスーツ姿の男の人が運転席に座る車などで、15箇所ほどある駐車スペースの半分以上が埋まっていた。
駐車場へ着くやいなや、会社用のスマートフォンがけたたましいアラーム音で鳴り響いた。
聞き慣れない音に驚き、慌てて、空いている駐車スペースに車を頭から突っ込んで駐車する。
こんな音に設定した覚えはないが、取引先からか、会社からだろうかと、画面を覗き込んだ。
表示の電話番号は、担当の市外局番でもなく、携帯電話の番号でもない。
「01234567890」
何かのいたずらだとは思った。だから、留守電に入るまで置いておくことにした。だが、一向に留守電にならず、コール音だけが鳴り響く。
怖くなって、着信を拒否した。
「さくら…? やっと出てくれた…ザザ…はやく…ザザ…き…て…」
ブチッという音とともに急に切れ、ツーツーツーという音だけが残った。
微かに聞こえていた声は、どこか懐かしい女の子の声だった。
ただ、そんなこと以上にこの不可思議な体験は、背筋を凍らせた。
心霊体験だったのか、それとも夢でもみていたのか…。
着信拒否をしたにも関わらず、電話に出たことになっていた。
それに、「さくら」と名を呼んだことも不思議だ。
今日はやたら変なことが起きる…。
ノート。
急にまた、思い出した。無くしていたピースがはまり込んで、パズルが完成した感覚だった。
カバンを漁り、ノートを探す。
書類の間からのぞく黄緑色の帯はすぐに見つかった。
『私の描くわたしのせかい』というタイトルが朝よりも気のせいか、より太く、よりはっきりとした文字になっているようだった。
恐る恐る、ページを開く。
そこには、一文しかなかった。
『サクラ姫がおさめる国の周りには、8つの街がありました。』
そして、思い出した。
小学生の頃に自分が描いていた、色々な物語の数々を。