のーと と いへん (褐色の肌)
サクラ姫が入ったままの本は、宙を舞っていた。
深い霧を超えて、鋭く風を切って進んでいる。
それを運んでいるのは、カルラ族の黒い羽を持つ男だった。浅黒い体が澄んだ青空をまっすぐに通り抜ける。
カルラ族の男は、だんだんと地上へと近づいていく。降りたとうと目指す地では木々が枯れ、腐り果てた生き物たちが力なく寝そべっている。それを横目に男は臭気を放つ方角へと進んでいく。
視界が開けた土地に出る。枯れた木々が周りを囲んでいる沼に出た。そこに銀髪の1人の男が待っていた。
「旦那、お待たせしました。これが例の物でさあ」
カルラ族の男は宙に浮いたまま、銀髪の男に向かって話しかける。
「うむ。頂こう」
男は手を伸ばし、飛行中のカルラ族から受け取り、その対価に金のネックレスを渡した。
「じゃあ、あっしはこれで」
カルラ族の男は本を受け渡すと、地に触れることなく、引き返して帰っていった。
男は受け取ると、自分の足元にある焚火に目を向けた。
「これを燃やせば……」
呟きながら、ぐっと本の表紙を握った。
古い本の表紙が指の形に歪む。
そして、焚火の中へと本を投げ入れた。本はパチパチという音を立てながら、端の方から光をあげて燃えていく。
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章の続きはまだない。
ただ、これは恐らく今の自分と関連していることに間違いない。
本の内容と同様に自分の身体も燃えていく。
ふざけた話だ……
心ではそう思っても、現実は変わることがなかった。
再びノートを叩いてみたり、自分の体を叩いてみたりするが、何の変化もない。
車のポケットにあるペットボトルの水に手をかけた瞬間、また少女の甘ったるい声がする。
『いくら叩いても、水をかけてもこの火は消え』
「わかってる……向こうに行くしかないってことでしょ……」
少女の声が言い切る前に、声を被せた。
『あら、わかっているじゃない』
声の直後、澄み切った柔らかい風が頬を撫でた。
車の窓が開いているわけではないのに風が通り、まるで優しく手で撫でるように、安心するように触れられた気がした。
不思議なことは、もうお腹いっぱいだった。
何が起きてももはや受け入れよう。
ボールペンを首元のホルダーから取り出す。
ペンを持つ手が白く光り、親指、人差し指が消えかかっている。左手の平でなんとかペンの頭頂部をノックした。
うまく持てず、ペンがフラフラと動く。
ガタガタの文字で線をはみ出したながらも、話の続きを書いた。
『サクラ姫は、燃えている本の中から現れて、燃え盛る炎を消したのだった。』
ボールペンの背を再び、左手の平でノックしようにも消えてしまい、不可能だった。
自分のお腹に向かって、ペンの頭頂部を方向転換し、お腹に刺すようにする。
カチッ
軽い音をたてて、ボールペンのペン先は引っ込んだ。
いつものようにノートから光が溢れ出して、自分を包み込む。
白い光は、だんだんと色を変え、視界がオレンジ色へと変わる。
熱も加わり、体中から汗が吹き出し始めた。
パチパチという火の粉が弾ける音とともに、排水溝から上がってくるカビのような臭いが鼻に届く。
オレンジ色のベールの先に人影と枯れた木々が目に入った。
「な……」
低い声が一瞬聞こえた。
手には硬い感触があり目を向けると、手にはハイネから渡された本があった。しかもその下には薪と轟々と燃え盛る炎があった。
蹲っている身体を起こして、飛ぶようにして炎から外に出た。
汗は尋常ではなく吹き出しているものの、身につけている衣服と本に目を向けるも、何の異常もなかった。
むしろ衣服に関しては、新品同様の姿でそこにあった。
本についた木のすすを手で払い、中の状態を確認しようと手をかけた。
「だ……誰……だ……?」
しゃがれた低い声が耳に入り、動きは静止させられた。
声の方角に顔を向けると、褐色の肌に綺麗な銀色の長い髪を持った男が、目を丸くして佇んでいた。




