(16. 黒きものの告白)
皆の声に後押しされるように、力を振り絞って起き上がった。
汗ばんで、砂を吸着させた衣服が体にまとわりついて、気持ち悪さと埃っぽさがあった。
顔をしかめつつも、皆の顔が見えると不思議なほどに顔が緩んだ。
「皆さん、ご無事で良かったです。」
何も考えずに出てきた言葉だった。自分でも驚いた。
今までだって、このような言葉を使ってきた。
しかし、それは上辺の言葉だった。
イッテホシインダロウナ
イッタホウガイイクウキダナ
そんな事ばかり考えていた。
そんな自分の口から本心でこんな言葉が出るとは。
「はい! 姫様がいなければ、私たちは死んでいました。本当にありがとうございます。」
シャルが地面に座り込んだままの私の横に跪いて、地面に額がつく程に頭を下げた。
周りの皆もそれに倣った。
しかし、1人だけ、立ち尽くしたままの姿があった。
その者の綺麗な目からは、大粒の涙がこぼれ落ちていた。
朝焼けの陽の光を浴びて、涙は虹色に光を放った。
その涙の主は、シャルの母、ナナミだった。
「姫様、もう…申し訳…ありません…。」
少女のようにボロボロと涙を流し、泣きじゃくりながら、ナナミは謝罪を口にした。
驚き、先に反応したのはナナミのすぐ前に跪いていた、シャルだった。
「は、母上? 一体どうしたというのです? 全てはもう終わったのですよ?」
狼狽えながら、立ち上がり、母の肩に手を回した。
母親は、その優しい息子の手を振り払った。
皆驚き、目を丸くしたが、一番驚いたいるのはシャルだった。
「私に…」
ナナミは、言葉を切り、涙を肩の衣で拭った。
「私に優しくしてはなりません。私は、姫様に謀反を犯した犯罪者なのですから…。」
涙声ではあったが、はっきりとした口調だった。
朝焼けの澄んだ空気によく通った。
風が抜け、辺りに生える草木がザワザワと揺れた。
「い、一体…どういうこと…ですか?」
やっとのことで口を開くことができた。
皆言葉に戸惑い、何も言えずにいた。
ナナミは顔を緩ませ、私を見た。
家で笑顔を見せた時とは異なり、目から溢れ出す優しさを感じた。
「言葉の通りです。私は、あなたを裏切り、皆をここまで傷つけた張本人なのです。」
「そんな! ナナミ様がそんなことするはずない!」
「そうだよ! 誰よりも優しいのに…」
ルーキとヨハネが驚き、否定した。
ナナミは、2人に目を向けて、首を横に振った。
「違います。私がいなければこんなこと起きていないのです。」
そう口にすると、事の全てを語り始めた。
始まりは、2年前、1人の女がこの街を訪ねたことからだった。
女は、全身を黒い衣に包み、杖をつきながらフラフラとこの街にやってきた。
話し言葉からして、まだ若いことはよく分かったが、まともに食事を取っていなかったのか、痩せ細り、今にも倒れてしまいそうだった。
そんな女が街にやってきたと門番から聞きつけたナナミは、女を連れてくるように門番に命じた。
正直、その前の年から天候がおかしくなり始め、作物があまり取れていなかったが、迷い込んできた旅人をそのままにしておけなかった。
食事を取らせ、ゆっくり休むように告げて、何日か泊まらせる事にした。
女は衣を脱ぐことはせずに、見えるのは布の間から見える、切れ長の目くらいだったが、風習と信じ、ナナミは何も言わなかった。
2日経つと女は生気を取り戻しできた。心なしか、笑顔に活力が溢れているように感じた。
そして、その晩、女はナナミにどうしてこんなにボロボロだったのかを話し始めた。
『姫の元から逃げてきた。』
第一声がそこから始まった。
姫は、城の中で横暴を働き、国民を苦しめている。そして、自分の利益しか考えていないと。
だから、この街にも一切来ないのだと。
『この街にもおかしなことは起きていないか?』
そう聞かれると、ナナミの頭には、キンナラ様の様子がおかしいことや、天候のこと、作物が育たなくなったことなど、多くのことが浮かんだ。
その様子を見て、黒い女はこう言った。
『姫は、国民のことを奴隷としか見ていない』
そうとは思えない、思いたくないという言葉とは裏腹に頭に刻み込まれていったらしい。
そして、今回、姫が来たときに、昔のことを覚えていない、私たちのことを考えたこともない、そう聞いて、憎悪しか心に浮かばなかった。
実の子もろとも、皆殺しにしてしまえと思ってしまった。
ここまで語る頃には、再びナナミの目からはすっと涙が流れ始めていた。
「ごめんなさい、本当に皆様ごめんなさい…。ごめんなさい。」
彼女は謝り続けた。
他の者は立ち尽くし、それを眺めることしかできなかった。
私もその1人だった。
ただ1人だけは違った。
ナナミの上に大粒の雨が落ちてきた。
土豪のような鳴き声があたりにこだました。
それは、キンナラ様だった。
オイラモダマサレタ
ゴメンナサイ
その言葉を繰り返した。
「…っぷ」
別に何が面白かった訳ではない、現象に思わず笑ってしまった。
なんたって、キンナラ様の涙でナナミの頭の上に虹がかかっていたのだから。
笑いが我慢できずに、口から溢れ出した。
つられて、空気が壊れるように皆に伝染した。
立ち上がる気力が湧いた。ぐっと足と手に力を入れる。背中の辺りが強く痛んだ。
必死に堪えて、笑顔を作った。
「ナナミさん、ナナミさんが悪い訳じゃないです。私がしっかりしていなかったから。それに、周りに認められていなかった結果です。」
本心からそう思った。
「ただ、今回のことを少しでも悪いと思うなら…」
そう言って、ナナミの元に歩を進めた。そして、彼女の手を握った。
「笑ってください。」
たぶん、これまで会社にいた時の自分では考えられないほど、健やかな笑顔だったと思う。
不意を突かれたのか、その言葉通りにしているのか分からないが、ナナミは泣きながら笑った。
辺りは、笑顔に包まれた。陽の光がそれを祝福しているかのように温かい光をより強く放った。
「これから、姫様方はどうするのですか?」
その空気を現実に引き戻したのは、ヨルだった。
「今後は、別の街に行くつもりだ。」
シャルは色んな想いを堪えつつ、平然を装ったため、変な表情になっていた。
「そうだ、母上かヨル、ヨハネに頼みたいことがあります。ハイネが今、城で姫の代わりをしています。しかし、人数が少なくなっていることが、他の者に知られぬようにしなくてはなりません。」
「なるほど。嘆きの道から城にいって、ハイネの代わりをしろってことね。」
さすがハイネの妹と言うべきか、ヨルは全てを理解していた。
「わかった、私がやる。ナナミ様がこの地から出るわけに行かないし、実の子は掟として、いけないし。」
ヨルは、冷静な表情を崩さずにいった。
「ヨル!?」
ヨハネは、目を見開いた。
ヨルはヨハネの元に向かって、ぎゅっと抱き寄せながら何かを伝えた。
ヨハネもコクリと頷いた。
2人には何か強い絆のようなものを感じた。
「じゃあ、そうと決まったら、少し休んで出発だね!」
ルーキは元の元気を取り戻したように大きな声を出した。
「そうだな…。姫様、もしよろしければ本の中で少し休まれてはいかがですか? 何かあってはなりませんし。この地を出るまでの間だけでも。」
シャルが私を向いて、本を差し出し、そう口にした。皆疲れ切っていて、私を守っていられないということもありそうだ。仕方ないが本の中で休んだ方が良さそうだ。
「わかりました。それでは、出発の際、また戻ってきます。」
そういいながら、本を受け取り、本を開いた。
身体は、本の中へと優しい力で吸い取られていった。




