(15. 祈りの歌)
ザザザ…
ラジオから聞こえる砂嵐が頭に流れる。頭頂部がきつく痛み、ふいにシャルの血のついた右手で頭を抱えた。
右目に白黒の映像が流れ込んだ。忘れかけていた夢の映像だった。
腹部を抑えた男…シャルだった。
金色の生き物…キンナラ様
金色の生き物の周りに倒れている人々…残っていたキンナラの民…
そして、叫んだ少女…ヨハネ…
全て夢で見た通りになった。
夢で予想されたことが起こったのか、ただの偶然なのか分からないが、恐怖に駆られた。
この後にどうなるのか、消えた記憶を探ろうとする。
探れば探るほど、頭の痛みが強くなるだけだった。
右目に映る夢の映像が終わりへと来た時、右目が燃えるような熱を帯び、画面が赤くなった。
ポタポタ…
頰を伝う生温い、とろりとした液体が地面へと垂れていく。
地面が吸収して、黒く染まった。
右目を白い衣の右肩部分に擦り付けた。
ヌルっと滑り、うまくふけなかった。
それが何なのか理解した。
血が右目からだけ流れていたのだった。
拭った衣が、ガラスにヒビが入るような音を立てた。
目を向けると、赤黒い石ができていた。
姫の涙だった。
自分には力がある。思い知らされた。
こうやって涙が結晶になり、この石でみんな魔法が使える。
自分は、シャルに手をかざしてイメージするだけで、怪我を治すことができた。
ただ、力があっても…体が言うことを聞かない。
立ち上がって、キンナラ様から攻撃を受けるみんなを助けたい。
けれど、力を使うことも出来ず、声を上げることも出来ず、ただそこに立ち止まる事しかできなかった。
「なんで…こんなに…自分のやりたい事さえ…できないのよ…。」
心の声が途切れながら、口から漏れ出す。
声に合わせて自分の膝を叩いた。何度も、何度も。
状況はそんなことで変わるはずもなく、ボロボロの戦況だった。
ここで、みんな死ぬんだ。
『…イ…コワイ…。スキナリズム…オリタ…テキ…コウゲキ…コワイ…』
聞いたことのない声が聞こえた。
地響きのように低いが、優しい声がした。ひどく怯えている。
「うおおおおおおおお…!!」
シャルが刀を突き出すように構え、全速力でキンナラ様に走り出す。身投げのような一撃がキンナラ様を襲おうとしている。
『マタ…コワイ…タスケテ…!』
その声が聞こえ、キンナラ様はシャルの攻撃避けて、反撃した。
よく見るとキンナラ様の目と耳に黒い雲のようなものが見える。
『ヤダ…モウヤダ…ヨハネ…ドコ…ドコ?』
まるで泣いているかのように、大きな金色の獣は叫び声を上げた。
肌がビリビリと震えるほど、大きな声だったが、最初ほど怖さはなかった。
怖がっているだけなの…?
ヨハネを探している…?
目が見えていないの?
「んな…!」
声を出そうと力を入れようとするも上手く声が出ない。
威圧感のある人に話しをしようとする時ほど、身体に変な力が入っているのが分かった。
大きく息を口から吸い込み、出せる音を吐き出した。
掠れる女にしては低い声で、キンナラ様のような獣みたいな音が生まれた。
「みんな! キンナラ様は、目が見えていない!声が聞こえてない! ヨハネを探してる!」
大きな声を出した後だからか、みんなこっちを見ており、すぐに声が伝わったようだった。
ヨハネに目をやると、小刻みにその場で震えたままだった。
首を横に振り、大粒の涙を流している。
だめなの…か
一粒の希望だった。
せっかくどういうことなのか分かったのに、また絶望に引き戻されたようだった。
『ちいさなもりのなか ひかりをもって すくったもの
やすらかに やすみたまえ 』
柔らかな、優しい声が響き渡った。音に乗る優しい声は細いのに力強く響き渡り、街の中にこだました。
真っ暗な闇の中に一筋の光が差して、柔らかな光に包まれていく。
キンナラ様は、辺りを振り返り、その声の主を探した。
『たみとともに たたかい ないて おとをかなで
このちをやさしくつつみこむ 』
優しい声は音を連ね、それを聞くたびにキンナラ様にまとわりついていた黒い雲が晴れていく。
『きせつはめぐり まいおどる ひかりのきせつまで」
歌が終わったのか、声がやんだ。街に反響音が残った。
キンナラ様の雲は晴れ、その場に大人しく座った。
攻撃しに向かっていた皆は、緊張の糸が切れたのか、バタバタとその場に倒れ込んだ。
キンナラ様もびっくりしたようで、周りの者たちの匂いを嗅ぐ。
私の足も動くようになり、力が入った。
グッと一気に力を入れて立ち上がり、駆け寄った。
みんな瀕死状態だが、息はある。
『姫様!!』
ヨハネとルーキが後ろから駆け寄ってきた。
ルーキは特に汗にまみれて、息が上がっていた。
一体何があったのか聞きたかったが、今はそんな私の感じた疑問よりも、みんなの方が重要で無視した。
「2人とも!これを!」
言いながら、自分の右肩についた姫の涙を力一杯剥ぎ取った。
衣から剥がれず、力一杯だったこともあり、衣ごと引きちぎれた。
2人はコクリと頷き、2人で手を繋いで、瀕死のヨルたちに駆け寄った。
私も目の前に横たわるシャルに目を向けなおす。
先ほどの傷なんて易しいものだった。
腹部はキンナラ様の爪で裂かれたのか、ズタズタに切り裂かれて、臓器もむき出しになっている。
アオーーーン
頭上で犬の遠吠えのような声が聞こえた。
ポタポタと水が垂れてくる。
驚いて見上げると、キンナラ様の顔があった。
大粒の涙の雨が降ってくる。
「ちょ! やめて! こんなところで泣かないで!」
思わず強い口調になると、キンナラ様は悲しそうな顔を向けた。
「キンナラ様! みんなを元気付けてあげて!」
遠くから、ルーキなのかヨハネの声がした。
キンナラ様は先ほどの涙がどこにいったのか分からないほど、明るい表情になった。
ググッと空気を吸い込むと、お腹が大きく膨れる。
お腹を大きな手で叩き始めると、楽しげな音楽が始まった。
なぜか、力が溢れてくる。
シャルに向き直して、手をかざす。
繋がるイメージ…!
白い光が山と山の間から漏れ出し、あたり一面を温かい風が覆った。
光と風が、私の目と身体を刺激した。
重い瞼を開けると、目の前に金色の猿の顔があった。
声にならず、その場に倒れ込んだ。
すると、猿は犬のようにザラザラとした大きな舌で、顔を舐めてきた。
キンナラ様…か…
落ち着いて見直せば分かることだった。
みんなは!?
私寝てた!
手で抵抗しながら、起き上がる。
「姫様」
「サクラ姫」
優しく微笑むみんなの姿がそこにあった。




