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私がわたしを描く世界   作者: 宇槻 叶
3章
22/70

(14 暗闇を照らす光)

行きは地獄のようだった道も、集落へと下る時には日もなく、暑さも和らぎ、心地よい風に後を押されて、楽に下ることができた。ほんの2時間程度で集落の中心部へとついた。


中心部に着くと、キンナラ様の住む森側にリル、コルダ、ヨルの3人が両端と真ん中に分かれて立ち、反対側にナナミ、ヨハネ、ルーキが並んだ。


シャルと私はナナミ達の隊列の少し後ろに待機していた。正直、守られるだけというのも気がひけるが、何もできない今、下手に何かをして、足手まといになるのも嫌だった。


そのため、なるべく邪魔にならないところで待機していた。


ナナミの合図で、まずはナナミ達が音を奏で始めた。2つの低めと高めのオカリナと木琴のような打楽器が、楽しげな音を奏でた。2つの音が遊んでいるのを木琴の優しい音色が、まとめている。


踊りだそうと思っていなくても、体が動いてしまいそうな音色が織り成されている。


音が空虚な家々の壁に反響する。反響した音は、さらに壁に当たって、また次の壁へと運ばれていく。


まるで、この集落全体が音を奏でているように思えた。


心地よい音と振動が耳を撫でる。風が強くなり、森がざわめき始めた。


そう思った矢先、耳をつんざくような太い雄叫びが森の奥から聞こえてきた。遠く離れているはずなのに、ビリビリと肌に振動を感じ、鳥肌がたった。


雄叫びが止まると、次は地響きがだんだんと近づいてきた。音のリズムに合わせるように、地響きは動いている。


森の方に金色に輝くものが見えた。ものすごい速さでそれは近づいてくる。


「来た…!」


あの金色のものこそ、キンナラ様なのだと分かり、声を漏らした。

自分の右手で左の二の腕を握りしめ、『痛み』を感じたとき、自分が恐怖を感じているのだと気がつかされた。


「え?」


シャルは、まだ見えていないのか、目を細めた。首を左右に振っては、首を傾げた。

月もまだでていないため、光がないからか、まだ見えていないらしい。


なぜ、私は見えるのだろう…


ただ、見えていることには変わらず、現に地響きもどんどん大きくなっている。到着するのも時間の問題だ。


横にいるシャルに大きな声をあげた。


「とにかく、来てるんです! この目で見ました! ものすごい速さで降りてきています。だから、早く!」


シャルは、地響きも聞こえていないのか不安そうにしながらも、合図の三味線のようなものを鳴らした。


三味線の音は、思いがけない音がした。弦楽器のはずで、金属を使っていないはずなのに、トランペットのような音を紡ぎ出した。優しくて、温かい音だった。三音に重なるように加えられていった。


それを合図に、反対側の3人はいるべき場所から外れない程度に木陰に隠れた。


もう一度、野太い雄叫びが上がった。その瞬間、山の中腹から金色の物体が空高く飛び、夜空に浮かぶ月のように見えた。


ゆったりと、軽やかに地面へと近づいてきて、金色の猿が現れた。


集落に用意していた松明が、猿の降りてきた風によって、吹き消されたようにふっと消えてしまった。


辺り一面が真っ暗になる。


「大丈夫ですか!? 姫様!」


シャルが叫び、音を止めた。金色の猿は、音を感じているようだったが、音が止まった瞬間、シャルの方に顔を向け、走り出した。


「シャル! 演奏を続けて! キンナラ様はもうそこにいる! こっちに向かってくる!」


慌てて、シャルが演奏に入ろうと、バチを持ち直した時、汗ばむ手から滑り落ちた。


キンナラ様は、走り続け、もう目の前に来ていた。シャルはまだ、手探りで暗闇に落ちたバチを探している。


「危ない! 後ろ! 」


こちらの異変に気がついたようで、ナナミ達の音も止まった。すると、キンナラ様の声がシャルに聞こえたようで、居場所に向かって身体を起こし、剣を抜いて構えた。


キンナラ様の鋭い爪がシャルへと向けられたが、なんとか剣で防ぎ、それから逃げおおせた。


金属と金属がぶつかり合う音が響き渡り、軋むような音へと変わっていく。

キンナラ様の力は強く、力なくシャルは後ろに吹き飛んで行った。


身体が大きな木の幹へとぶつかり、枝が折れるような音がした後、その場にシャルは倒れ込んだ。シャルの体が小さく痙攣している。


どうやらなんとか生きているらしい…。


キンナラ様はシャルに留めを刺そうと、警戒しつつも少しずつ倒れ込んだシャルに距離を詰めた。


「みんな、結界を!」


ナナミの凛とした声が響き、6人が演奏を始めた。

演奏が始まるとキンナラ様は、逃げるように集落の中心へと飛び戻った。


先ほどとは異なる、不可思議な音楽が辺りを包む。辺りを白い薄い膜のようなものが包んでいく。


白い膜の中のキンナラ様は、膜の匂いを嗅いだり、反対側の膜にいったり、不安気に様子を見ている。


私は、倒れ込んでいるシャルに向かってかけた。まだ震えて息をしている音が聞こえる。


「シャルさん! 大丈夫…ですか…?」


慌てて、手を触れる。痛みによって、身体が少し震える。背中を強打して、口から血を吐いていた。血が土に染み込んでいる。


手を触れた先が白く光った。


『そのまま意識を集中して。壊れた組織を繋ぐイメージで。』


頭に電話から聞こえた女の子の声がした。


何もやらないよりはマシか…


声に従うのは、不本意だったが、背中に手を当て、修復をイメージした。


すると、シャルの身体が白く光りを放った。歪んでいた顔も少し安らいだような顔に変わった。薄く目を開いた。


「ひめ…様…?」


シャルがかすれた声をあげた。不思議そうに身体をさすった。痛みが本当になくなったらしい。


「ありがとうございます。もう、大丈夫です。」


そう言って、彼は身体を起こし、前線へとかけた。


「私は大丈夫です! キンナラ様を…奴を…倒しましょう!」


全体に聞こえるように、叫んだ。その声に応じるかのように、音に厚みが生まれた。


演奏をしながら、皆少しずつ歩を進めて、閉じ込めていく空間を小さくする。


不協和音が一瞬聞こえた。

また、聞こえる。たまにすれ違いが生じて、音がぶつかる。その度に、キンナラ様の顔が歪み、3度目の不協和音が聞こえた時、雄叫びをあげた。


私がいる方向へとキンナラ様は駆け、結界の壁に体当たりをする。1度、2度とぶつかり、強さが増していくのか結界の壁が大きく揺れる。


私の前には幸い誰もいない。


3度目、キンナラ様は今まで以上の助走をつけた。壁にぶつかり、火花が散る。ガラスが砕けるような音がして、壁が崩壊した。


「姫様ー!!!」


ルーキかヨハネの声が聞こえた。


わかっている。逃げるべきなのは。

しかし、足が動かない。恐ろしくてどうにもできないらしい。

『立ちすくむ』とはよく言ったものだ。


誰かが視界に走りこんできた。あと少しで爪の刃が刺さるところで、身体が右側に押し倒された。地面に強く当たった右側面は痛いものの、それ以外、痛いところはない。


助かった…。


そう思い、立ち上がろうとした時、生温かい液体が手についた。よく見ると赤い液が手に付着し、その先にはお腹を抑えたシャルがいた。


「姫様…よかったです…ご無事で…。」


彼は、小さく笑顔を見せると、キンナラ様に向き直って、血を出しながらも剣を取って、攻撃した。

キンナラ様は、赤子を捻るかのごとく、あしらった。

何度も何度もシャルは倒れた。


リルやコルダ、ヨル、ナナミも駆け、攻撃に加担した。何人に増えても、キンナラ様の強さは変わらなかった。


「もうやめて…。」


か細い少女の声が聞こえた。声の方に顔を向けると、ヨハネが膝をついて、その場に座り込んでいた。


「お願い! キンナラ様! もうやめて!やめてよおおお!」


少女の叫び声が集落の壁に伝わり、夜空にこだました。


状況は何も変わらずに、戦いを挑みに行った大人たちは次々に倒れ込んで行った。


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