(12 神の討伐)
高い高い天井に、シャルの声が木霊した。空気の振動は、天井へと吸い込まれて、徐々に音を消していった。
誰も声を出せずにいた。あの堅固に見えたリルでさえ、目を丸くし、口を半開きにさせている。
ガラっという音を立てて、後ろの引き戸が開いた。そこには、シャルの母、ナナミの姿があった。お盆にいくつも器を乗せ、先程この場所まで案内してくれた時と同様のゆったりとした歩みで運んできた。
皆の元に、何も言わずにお茶を置く。あからさまに静かで、何かあったことは誰が見てもわかることなのに、ナナミは一切口を開かなかった。
言い放って止まってしまっていた、シャルが言葉を取り戻して話し始めた。
「父上、父上はどう思われますか? 私にはこれ以外に解決策が思いつきません。」
シャルの青い瞳がキラリと光る。彼にとってもこの選択は苦渋のものなのだろう。確かに、自分の街の神を倒そうというのだから、真顔で何も考えずに言えることではない。
熱視線を向けられたリルも、やっと口を開いた。
「シャル、確かに解決策はお前のいうように…キンナラ様を…倒す…こと以外にはない…。しかし、」
歯切れの悪い言葉が並んだ。ただ、思わぬ味方が現れた。お茶を配り終え、リルの右隣にちょこんと腰かけたナナミが横から口を開いてきた。
「いいじゃないですか、リル。確かに、この街の神を倒すなんて、正気の沙汰ではありません。」
ナナミの視線はリルとシャルに向かっていた。しかし、その視線と相反して、ナナミは正面に座る私を右手で指し示した。
「ただ、この地には、サクラ姫様もいらっしゃるのです。街の神が1人いなくなったから、なんですか! 国が滅びる訳ではないのですから。」
「ですよねえ、サクラ姫様…。」という言葉とともに、私に視線が注がれた。向けられたナナミの視線は、一瞬、恐怖を感じた。あの時と同じ、目の奥が暗く、感情が見えなかった。
「たしかに、たしかに、そうだ、サクラ姫様がいる…。そうだ…、きっと大丈夫だ…。」
リルはナナミの言葉を信じようと、自分に言い聞かせるように言葉を発した。ブツブツと何度も口にする。
シャルやルーキ、ヨハネの視線が私へと向かう。
こんなことを私が約束できるわけないでしょう?とは思いながらも、その視線を無視することはできなかった。
「や、りましょう! この地の者たちが安心して過ごせるようにするために。」
思わず勢い余って、立ち上がって口を開いてしまった。
「よし、やろう…!キンナラ様を討伐しよう。」
私に続くようにして、リルも立ち上がった。
シャルも立ち上がり、雄叫びをあげた。冷静なシャルには似つかわしくないものだった。
ルーキとヨハネは立ち上がり、2人で笑顔の顔を見合わせた。全員がやる気モードになっていた。
しかし、その気持ちを邪魔するわけではないが、解決しなくてはいけない問題はいくつかあった。それに関して、口を開こうとした時、ナナミが言葉を発した。
「やる気になることはいいことですが、方法はどうするのです? まずは方法を考えつつ、この地にまたま残るルーキの両親にも連絡しないといけないでしょう?」
思ったことを口にしてくれた。この中で一番冷静なようだ。
咳払いをして、取り乱したことを恥じたのか、しゅんとしながらリルがその場に座り直した。
「それもそうだな…。方法はどうする? この人数がいたところで、キンナラ様の力に勝てるかどうか…。」
「それなら、この姫の涙が私の手元に、そしてサクラ姫がこちらにはいらっしゃいます。2つの力があれば、キンナラ様とて、止めることができるはずです!」
シャルも座り直しながら、考えていたのであろう方法を口にした。
赤い石…姫の涙の力は確かにすごい。一瞬で、私の手の怪我を治したほどだ。
ただ、そんなに甘い闘いなのだろうか…。
不安すぎる。
皆も不安を持っているかと思い、見回すも、期待は打ち砕かれた。顔がほころび、問題ないという表情をしている。それほどまでに、サクラ姫の力はすごいのだろうが…。
「では、残るはルーキの両親に関してだが…」
リルの言葉をかき消すように、青い光がリルの右側から溢れ出た。
「すぐに我が家に来てください。2人に話があります。」
リルの右側では、水が張られた銀色のボウルに話しかけているナナミの姿があった。
「…それも解決のようだな。」
リルが苦笑いをした。
どうやら、あの青い光が溢れてきたボウルは、ルーキの両親に通じるものらしい。
ルーキとヨハネがソワソワとしつつも、キンナラ様の討伐に関する話は続いていた。
キンナラ様は月が夜空の真上に登った時、山の麓に降りてくるらしい。しかし、基本的には山に生息している。また、山の中には光がなく、木々が生い茂り、昼間でも暗いようだ。
そのため、討伐は、山から降りてきたところを狙うことになった。
キンナラの街は、円状になっていて、山の正面に存在する。そして、キンナラの街を囲むように山から木々が、溢れている。
周りの森に逃げられては困るため、私がキンナラ様が現れた瞬間に木々の中に入り、結界を張って外に逃がさないようにすることとなった。
そして、結界を少しずつ狭めていき、キンナラ様の動きが取れなくなった時に、姫の涙を使ってシャルがキンナラ様を討つ手筈だ。
簡単にいうが…うまくいくのだろうか。
それに、結界など私に張れるのだろうか。
不安が胸と頭につきまとって、胸と頭にズキズキとした痛みを与えた。
ーーーチリン
かすかに風鈴のような音が聞こえた。
「あら、2人が来たようね。」
ナナミが『よいしょ。』と小さく口にしながら、部屋を出て行った。数分経つと、金髪の男女を連れて戻ってきた。




