(9 キンナラ様の豹変と黒い影)
スズナの優しい鈴の音が遠くの方から微かに聞こえてくる。
「キン、ナラ…様? キンナラ様があんな風に人を襲ってくるなんて…そんなこと…。」
ルーキが戸惑いの表情を浮かべている。そして、自分の身を守るように自分の身体を抱き寄せた。
「ルーキの言う通りだ。キンナラ様は、そもそもこんな人里に降りてこないだろう? 食事だって、神殿の台に巫女が置きにいって…。そういえば、今の巫女はたしか…。」
シャルの視線がヨハネに移った。状況は全く分かっていない。だけど、言わんとすることはなんとなくわかる。おそらく、キンナラ様はキンナラの街を守る、守り神のような存在で、ヨハネが巫女としてキンナラ様にお食事を提供していたのだろう。
「そうです…私が…巫女としてお世話をしています。」
「それならばなぜ、キンナラ様はあんなふうに変わってしまったのだ? ヨハネが巫女になった頃は問題なかっただろう?」
顎に手を当てて、考えながらシャルが疑問を投げた。それをヨハネに対する疑念と思ったのか、ルーキはヨハネを守ろうとした。シャルに対して、いつもよりも強く当たった。
「ヨハネといる時は、キンナラ様いつもご機嫌だったし、何か別の原因があるんじゃないかな?」
「ルーキ、ありがとう。でも、巫女として私がちゃんとみんなに伝えるべきだった。5年前におかしくなり始めた頃から…。」
そういうと、ヨハネは立ち上がり、家の中にある丸い小さな窓に手をかけた。顔が見えなくなった。そして、月明かりでキラキラと光る金色の髪も、月が陰り、色をなくした。
キンナラ様というのは、猿のような風貌で、金色の毛並みを持っている生物のようだ。
キンナラ様がこの街が出来てからずっと、見守ってきてくれて、自然災害が起きれば民を守り、穀物が枯れそうな時は音楽で雨を降らせ、別の部族が攻撃してくれば、キンナラの民と戦ってくれた。
そんな守り神だったらしい。
その守り神をキンナラの民も崇めていた。
キンナラ様は音楽が好きで、自らも太鼓を叩いて演奏していた。
そして何よりキンナラの歌声が大好きだったらしい。歌声を聞くと、心地よく寝てしまうということもあったようだ。
だから、キンナラの中で歌が上手い家系のものが巫女を務めているらしい。
「5年前、私がキンナラ様にいつものようにお食事をお持ちした時に、黒い何かとキンナラ様が話をしていたところを見ました。誰なのかはわかりませんでしたし、見間違いかとも思いました。ただ…」
ヨハネは初めて言葉を詰まらせた。と思うと、大きく息を吐く声が聞こえた。
「そこから、徐々にキンナラ様が変わってしまいました。初めは体調を崩されて、お休みになることが多くありました。しかし、体の不調は暴動へと変わっていきました。森の中で暴れ始めて、1年前からは今のように夜は街に来て、暴れてから帰っていきます。」
「そうだったのか…。黒い何か…。」
シャルはおそらく城に来た黒い魔法使いが頭に浮かんでいるのだろう。ハイネの教えてくれた歴史と合わせると黒い魔法使いと考えれば辻褄は合う。
「それ、お母さんに報告したの?」
ルーキの言葉で、ヨハネが振り返った。白く細い左手を口に当てながら、話を始めた。
「いいえ、ハイネには…。ヨルには話をしたけど、その時は見間違いだと言われて…。」
「まあ、城にいるからな…。母親に心配を掛けたくない気持ちは分かるが…。この街の存続に関わることなのだから、すぐに行っても良かったな。」
シャルはやれやれとため息混じりに話す。何故かルーキが先に肩を落とした。
「そうだよね…また巫女で頭の切れるハイネに相談した方が良かったよね…」
ヨハネもほんの少し遅れて肩を落とし、視線を下げた。何か違和感があった。ただ、それ以上に気になることがあった。
「あの…こんな状況で聞くのも申し訳ないのですが…ヨハネさんは、ハイネさんの娘さん…なんですか!?」
気になってしまい、言葉か溢れ出た。
急な質問に皆驚いていた。ヨハネは下げていた視線を上げて、私を凝視した。そして、左手で口元を触ってから話を始めた。
「え、ええ。そうですが…姫様はご存知だったのでは?」
不思議が不安を呼んだのだろうか…。
ルーキが慌ててフォローを入れる。
「姫様はね、記憶喪失なの! だから、分からないんだよ!」
「あら、そうだったのですね! では、改めて…。ハイネの娘のヨハネです。ハイネが城で過ごすことになってから、私はルーキの家でヨルとコルダと一緒に暮らしています。」
「そうなの! ハイネとヨルは、姉妹なんですよ! ハイネがお城に行ってから、ヨハネが大きくなるまでの間、妹のヨルが巫女を勤めていたんです。」
「なるほど…そういうことだったんですね」
分からないピースが埋まった気がしたが、何か引っかかる。考えすぎで、知りたがりな性格が邪魔をして、すぐに事実が受け入れられない。私の良くないところだ。そんな自分の反省タイムは一気にシャルによって壊された。
「姫様、ご不安なお与えしてしまい、申し訳ありません。私たちの情報が欠けておりました。何か問題が起きているとは予測がついていたのに…。初めからこんな危険なところにお連れするなんて…。」
シャルがその場で座り直し、姿勢を正した。こちらまで姿勢を正してしまうほどピリッとした空気に変わった。
「ただ、この地に来てしまったからには、このままこの地を離れてしまうことなど…私にはできません…。勝手なお願いとは思っておりますが、私たちに時間を頂けないでしょうか?」
シャルはその場に座ったまま、頭を下げた。まるで土下座のようだ。
「あ…、頭を上げてください! あの、もちろん解決するために動いてください。この国に起きている問題を解決するのが旅の目的でもありますし!」
シャルの頭が上がり、潤んだ青色の目が雲の隙間から出た月明かりでキラキラ輝いた。
「ありがとうございます。それでは、早速明朝に当主の元に訪れ、話をしたいと思います。本日はこれから夜道にでては危険です。ヨハネ…こちらで休ませてもらいたい。いいな?」
「うん、もちろん! ただ、私の家じゃなくて、この街から避難した人の家ですけど!」
その晩は家の1階と2階に分かれて休んだ。ベッドがあるからと2人に連れられ2階に向かった私は、大きなベッドに1人で寝かされた。干し草で作られたベッドらしく、草のいい香りがした。ふかふかの畳の部屋で寝ている気分だった。疲れもあってか、不安や困惑、疑問でいっぱいだった頭もすぐに眠りに引き壊れて、機能低下した。




