(8 キンナラに蔓延る悪の気配)
キンナラの街は、ひどく静かだった。
辺りに木造りの家が立ち並んでいるものの、息を切らす自分の音が響き渡るほどに音がなかった。
暗くて、あまり状況が見えない。
城には昼夜、光が灯っていたが、キンナラには夜の暗闇というのに、どの家にも灯りがついていなかった。それがまた不気味だった。
「これは一体…どうしたんだろう、シャル。」
ルーキが今までに出したことのない、不安そうな声を出した。それほどまでに、この空間は2人の知るキンナラとはかけ離れていることがわかった。ルーキの方をむくと、俯いて、目には涙が溜まっており、すぐにも涙が溢れ出そうだった。
…なんで、ルーキのことは見えるの? まるで身体が光っているみたいに、身体の細部が見える。
そう、ふと思った瞬間だった。ルーキの後ろから、光がものすごい勢いで近づいてくる。
「ルーキ! 後ろ!」
慌てすぎて、敬称も敬語もつけられなかった。
しかし、言葉が届いてからルーキが身体を動かすよりも、光の方が早かった。ルーキの目の前まで光の玉は来ていた。そして、光の玉はドスンという鈍い音を立たせて、ルーキを転ばせた。ルーキの上には、金色のなにかが乗っかっている。
「ルーキ! 大丈夫!?」
シャルが慌てて、腰に光る剣を抜きながら駆け寄っていく。ルーキは、瞬間的に身を硬らせるも、すぐにそれは収まった。そう思ったとき、金色の何かが声を上げた。
「ルーキ! おかえりなさい! 久しぶりね! シャルも。」
ルーキの上にいたのは、長い金髪の女の子だった。ルーキよりも小柄だが、顔立ちは幼ながらにも大人っぽさもあり、ルーキよりも色気があった。
「よ、ヨハネ…。どうして…ここに?」
ルーキは思いがけない訪問者だったようで、口をパクパクさせているだけだった。そのかわりに、シャルが声を上げた。
「えへへ。誰かが走ってくる音がして、思わず家から飛び出してきちゃったの」
ヨハネは可愛らしい笑顔を作りながら、頭を左手でかいた。右手でもつランタンの火が揺れた。
「ちょっとー。ヨハネ! いつまで乗ってるのー。重いよお。」
ルーキがヨハネの下敷きになったままだった。ヨハネは、「ごめん、ごめん。すっかり居心地よくて…」
と言いながら、体をどかした。
どうも、このヨハネという子はルーキ以上におてんばで、人懐っこいようだ。そして、ヨハネは、こちらに気がついたのか、急に髪の毛を左の手でといて、服についた埃を叩いた。そして、身なりを整えると、こちらに近づいてきた。
「はじめまして。わたしはヨハネです。姫様。」
私から、5mくらい離れたところで止まると、白い衣の裾をもって、ドレスでお辞儀をするかのように美しく頭を下げた。ここが森の中の街でなければ、お姫様に見えたほどに綺麗だった。頭を上げると、綺麗な金髪がキラキラと月夜に光り、印象的な緑色の目に目が釘付けになった。
「あ、こ、ちらこそ、よろしくです。はじめまして。サクラです。」
心ここにあらずだったため、言葉が詰まってしまった。
「ちょ、ちょっとまってよ! ヨハネ! なんでわかったの?」
ルーキはまだ立ち上がっておらず、触ったまま顔だけこちらに向けて驚いていた。
「姫様だってこと? 馬鹿ねえ。金色のウィッグを被っていたって、キンナラの人ではないなら、誰だってわかるでしょう。あなたたち2人は、お城で姫様の護衛の仕事があるのに、サボっているはずがないし。ましてや、よくも分からない種族の人を連れて、こんなところに来るはずがないしね。」
ルーキの方に近づきながら、自分の推理を語った。自信たっぷりで、とても可愛い声だった。
「違う?」
いたずらっぽく笑いながら、転んだままのルーキに手を差し出した。不意を突かれて、一瞬は焦ったようだったが、ルーキもいつも通りクシャッと笑って、ヨハネの手を掴んで立ち上がった。
「ヨハネは、本当に頭いいよね。流石すぎるよ。ただいま。」
一連の騒動中、呆気にとられて何も口出し出来ていなかったシャルがコホンと咳払いした。
「ヨハネ、なぜ、街中に灯りが灯っていないのだ?」
ヨハネがいたずらっぽい顔から、大人びた真面目な顔に変わった。右手に持つランタンを地面に向けた。
「地面をよく見てみて。」
光で灯された場所を見てみると、大きな何かの足跡があった。よくよく周囲を見てみると、それ以外にもルーキやシャルの周りにも無数にあった。
ちょっとまって…なんで私は、暗いのに見えるの…?
「みんな、見た? じゃあ早くこっちに。」
ヨハネは、颯爽と元来た方へと体の向きを変えて、足早に歩き出した。
「一体どうしたの? ヨハネ?」
不思議に思ったルーキが、足を止めたまま質問した。その時、私たちが走ってきた入口の門があった方から、何か大きな音がした。
メキメキメキーーードシン
木が倒れたのだろうか、地面が大きく揺れた。
「早く! みんな! 走って!!」
ヨハネが金切り声を上げた。何も分からなかったが、只事でないのはわかった。足を動かして、ヨハネを必死に追いかけた。数100m走った先の家に飛び込んだ。ヨハネはランタンを消して、息を潜めた。何も分からなかったが、同じように息を潜めた。
ドシン----ドシン----
地響きが近づいてくる。ただ、音は止まり、別の方向へと音が消えていった。
息を大きく吐いて、ヨハネがやっと声をだした。
「やっと…いってくれた…」
体育座りをしたまま、ヨハネの身体は小刻みに震えている。
「ちょっと、ヨハネ! さっきのは何!?」
ルーキが思わず声を荒げた。
「あれは、キンナラ…様…。」
自信たっぷりのヨハネはおらず、力なく答えた。




