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私がわたしを描く世界   作者: 宇槻 叶
2章
14/70

のーと と すこしかわったげんじつ

大きな道路から左折し、細い道を抜け、すれ違う車の数が少なくなっていく。

飲食店がひしめき合っていた先ほどの景色は、民家が多く建ち並び、少し薄暗い道へと表情を変えていった。

ただ、ポツポツと温かい光が灯り始めている。


すれ違う人々も手に思い思いのビニール袋をぶら下げて、車の進む向きとは反対の方向へと歩いていく。


スマートフォンを見ながら笑みをうかべる少女、片手にビニール袋、もう片方に子どもの手を持って歩くOLや仲睦まじく歩くスーツ姿の男女がいる。


この早い時間の外の景色は、幸せで溢れている。


と、妬んでいた。


ただ、その気持ちが今日はなかった。

おそらく、あっちの世界に行ったことが原因だろう。


会社から離れて、仕事もせずに、一度も会社からも、取引先からも連絡のない休養を取ったのは、入社して初めてだった。


いつも土日もパソコンでの事務作業をして、お客様と遊びに行って、電話に応えて、休みという概念を失いかけていた。

そんな中で、あっちの世界に行って、現実離れした会話をしていた時間がとても幸せだった。


人々が行き交う道を右折し、さらに細い道へと入る。まだ暗い世界の中に、大きな建物の2階から光が溢れている。

その建物に向かって、車を進ませる。

3階建ての建物の1階の一部が駐車スペースとなっており、社用車を使っている近場の人間はその駐車スペースに置くことになっている。


私もいつも通り、定位置の駐車スペースに止める。


他の社員はすでに戻ってきており、車が綺麗に並んでいる。

ぽっかり空いたスペースを灰色の大きな体で埋める。自分の放つ光を消して、エンジンを切る。

静けさと真っ暗闇が現れた。

ただ、おりた時信じられないほどに、身体が軽かった。


社員証をかざし、重々しい扉を開ける。

営業部しか残っていないため、1階の電気は消えていた。

スマートフォンを懐中電灯代わりに取り出し、暗い道を進む。

煌々と照っている階段を登ると、2階の営業部スペースにいる人々が忙しなく動いているのが見て取れた。大きく息を吸い込み、大きく吐いて、扉を開けた。


「お疲れ様です!」


いつもの朝と変わらぬように部屋へ入っていった。

中にいる営業は、扉の方向に目もくれず、パソコン業務を行いながら、反射のように「お疲れ様でーす」と口にした。


今までは何も思わなかった…


いや、思わないようにしていたが、顔から疲れが溢れ、今にも倒れてもおかしくないように見える人々しかいなかった。

自分の席へと歩みを進めると、自分の斜め後ろの席に1つだけ顔が上がった。


「お疲れさん、遅かったな〜。渋滞?」


上田さんがいつもの調子で、話しかけてくる。

高田がいないことを確認し、答える。

この時間に部長や課長が残っていたことはない。


「いえ、ちょっと、高田部長に電話でつかまって、ふて寝してました。」


笑い混じりで返す。


「そうか…それは災難だったな…。いつも何もできなくて悪いな…。」


上田さんが綺麗な顔を歪ませながら、困ったような笑顔を作る。


36歳という年齢が信じられないほど、本当に若く見える。

ツーブロックにした髪、幼顔で可愛いけど、右目下にある涙黒子がセクシーさももたらしてくる顔、190cm近い高身長。

改めて、高身長イケメンというやつだと感じ直した。


そんなイケメンの困った顔を見ると、普段ならまた悲しい気持ちを引き出してくるが、今日は大丈夫だった。


「いつも言ってますけど、上田さんのせいではないっすよー。私のせいですから。」


「ありがとな。今日は早くあがって、早く帰ろうな!」


優しい言葉をかけてくれるが、助けてくれるわけではない。

みんな自分のことで精一杯で、人に嫌われないための言葉でしかないとそう感じた。

いつもは、自分を見てくれている人がいると思うだけで嬉しかったけども、違うとわかった。


机にある書類とそこにある、『明日までにまとめておけ』という付箋と向き合い、パソコンを鞄から取り出して、仕事を開始した。


1人、また1人が


「お先に失礼します。お疲れ様です。」


という言葉を残して消えていく。


その言葉耳にして、いつものように反射的に「お疲れ様です」を繰り返す。

23時を時計が指す頃にやっと仕事を終えた。

このスペースにいるのはいつのまにか最後に戻ってきた自分だけになっていた。


ただ、家に帰ったら、あっちの世界に戻れると思えば、心も足も軽く、2駅離れた自分の家にすぐについた。

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