リードル伯爵家②
俺はヒース。リードル家の執事見習いだ。
今日の執務を終えたところで、俺はリナの自室近くの廊下で彼女を待っている。
リナは俺と同期でここに勤め始めた同僚だが、俺よりも二歳年下だったから今年で十四歳になるはずだ。今日五年ぶりに会ったが、なかなか可愛らしく成長していて、「組合」の用事でなくとも会いに行きたいと思わせるほどには魅力を感じた。
扉が開閉する音が響き、小さな足音が聞こえてくる。顔を向けて確認すると、やはりそれはリナだった。俺は手を挙げて彼女の注意を引きながら笑顔で話しかける。
「よお、リナ。待ってたぜ」
「何か御用でしょうか?」
リナは何の感情も見せず、淡々と返してきた。俺の事を覚えていないのか、それか緊張しているのかもしれないな。そう考えながら、俺は周囲を警戒するような動作で自然にリナを壁際へ誘導し、顔を近づけて耳元でささやく。
「少し二人きりで話さないか?」
リナは表情こそ変えないものの、特に嫌がる様子も見せない。
「良いですよ。では、こちらへどうぞ」
その言葉を聞いた瞬間、俺は顔がニヤケるのを抑えきれなかった。
思ったとおり、楽勝だったな。
*****
俺は部屋のベッドに腰掛けた後、椅子に座ろうとするリナを止めて、俺の隣に座るよう誘った。リナは何も言わずに従う。
俺はあえて何も言わず、じっとリナの瞳を見つめてやる。しかしリナは他の同年代のメイド達とは異なり、顔を赤らめたり、居心地の悪そうな顔をすることは無く、全くの無表情だった。
何か反応が欲しくなり、いっそこのまま押し倒してやろうかと考えていると、急にリナの瞳から目が離せなくなる。リナの瞳の中の俺が、俺をじっと見つめている。その瞳の中の俺も、やはりその瞳に俺を映していて、俺はその瞳の中の俺の瞳の中の俺がやはり俺を見つめていることに気がつき……
ああ、そうだ。思い出した。
俺はリナに俺たちの計画について話すためにここへ来たんだった。
*****
「だからさ、この機に乗じて貴族たちを皆殺しにしてやろうって思ってるんだよ」
「そんでさ、みんなで貴族たちの財宝を分け合えば、もう俺たちが食べていくのに心配はなくなるだろ?」
「だから、リナも仲間に加えてさ、サラお嬢様ならまだ子供だし、騙しやすいだろ? 情報を聞き出して欲しいんだよね」
「リナだって、何年も病気の子供の面倒を無理やり押し付けられて迷惑だったろ? 貴族を殺してしまえば、そんなこともなくなるんだぜ?」
「ていうかリナってあのボロくて小さな別宅に何年もこもりっぱなしだったらしいじゃん? 世間知らずでチョロそうだよな」
「自分で言うのもなんだけど、俺ってイケメンだろ? ちょっと優しくすればなびいて仲間になってくれるだろうし」
「リナって顔は可愛いからさ。部屋に入れてくれたら、ついでにリナを頂いちゃおうかなと思ってたんだよ」
俺の話は止まらない。止まれば倒れるとばかりに、俺の口は回り続ける。まるで独楽になってしまったかのようだ。
その後もしばらく話し続け、さすがに疲れてきたところで、リナはそっと手を挙げて俺を制止した。
「ありがとうございます。よく分かりました」
その言葉に、俺は安堵の息を吐いた。どうやらリナは俺の話を理解してくれたようだ。俺は達成感と高揚感に心がふわふわとするのを感じていた。
リナはしばらく考えに浸っていたようだったが、急に俺を見つめて、質問をしてきた。
「ところで、私を『頂いちゃう』というのは、具体的にはどのような行為をさすのでしょうか」
「いやーそれは何というか、口では説明しずらいというか……」
リナの質問に、俺は何故か柄にもなく照れてしまった。リナはそんな俺の様子には何の反応も示さず、一瞬部屋の入口に視線をやると、すぐにこちらへ向き直った。
「では、ドアの外で聞き耳を立てていらっしゃる方と二人で実践してみせて下さいますか?」
「え?」
リナが入口に向かって「お入りなさい」と命じると、ドアが開き、男が一人入ってきた。あれ、俺さっき鍵を閉めなかったっけ? そんなことを考えていると、入室してきた男が俺に話しかけてきた。
「よお、ヒース」
「ダン! 何でこんなところに?」
「いやあ、あわよくば俺も混ぜてもらおうと思って、こっそり様子をうかがってたんだよ」
この男は俺と同じ執事見習いで、「組合」の仲間でもある。今夜のことは俺に任されたはずなのに、何でお前がでしゃばってくるんだよ。そんな思いが頭を過ったが、続けて発せられたリナの言葉に何もかもが吹っ飛んでしまった。
「では、お二人とも、彼の言う『頂く』という行為を実践して下さいませ」
俺は一瞬その意味を図りかねたが、目の前で服を脱ぎだすダンを見て、自分が何をすべきかを思い出した。というかダンの奴、こんなに綺麗な肌をしてたんだな……。
「ではごゆっくり」
そう言い残して部屋を去るリナのことは直ぐに頭から消え去り、俺は目の前の美しい男と肌を重ねるべく、急かされるようにシャツのボタンを外した。
*****
なるほど。少年らしい蒙昧さですね。
部屋から出た私は、ドアの内側から聞こえてくる男たちの声を思考の外へ追いやり、廊下を歩き始めました。
計画は杜撰で、思考は享楽的で楽観的。
こんな連中でも、数が揃えば脅威となり得るというのが、本当に恐ろしいところです。彼らは正義を振りかざし、罪の意識もなく、むしろ英雄気取りで残虐な行為を行うつもりなのでしょう。
まあ、私には関係がありません。私はただ私の天使を愛でるだけですから。
私はそのまま廊下の先の暗闇に向かって歩き続けました。