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リードル伯爵家①



「サラに聖紋が表れたというのは、確かなのだな?」


「はい。サラ様の右手の紋章は、間違いなく聖女の証でございます」


 リードル卿の問いに答えたのは、医師のモラン様です。彼は魔力に関する病状に精通しており、サラお嬢様のご病気についても、良くご存じでいらっしゃいます。


「そうか。サラの病気が完治したことだけでも喜ばしいことだが、我がリードル家から聖女が出るとは誠にめでたい。急ぎ陛下にご報告しよう」


 リードル卿はサラ様のお父上で、お名前はアレク・リードル。サラ様と同じ亜麻色の髪の毛をされた偉丈夫でいらっしゃいます。


「リナ、お前にも苦労を掛けたな。」


「身に余るお言葉を頂き、恐悦至極に存じます」


 アレク様は、平素より一視同仁(いっしどうじん)を指針とされ、このように下級メイドである私にまで(ねぎら)いのお言葉を下さることもしばしばございます。


「いや、リナ、お前が自らを顧みずサラに尽くしてくれたこと、その忠義には相応に報いてやらねばなるまい」


 アレク様は私に面を上げるよう命じられ、私の顔を見ながら、続けておっしゃいました。


「リナよ、何か望みはあるか?」


「この先もサラ様のお側にお仕えできることが、何よりの幸せでございます」


「うむ。サラも懐いているようだし、暫くは専属のままでも良かろう。無論、今後は他の者もつけるがな。だが、それは既に決まっていたことだ。その他にお前自身の望みはないのか?」


「……では、僭越ながらひとつお願いしたいことがございます」


「うむ。申してみよ」


 本来であれば、私のような身分の者が伯爵様に対し要望を出すなどというのは、無礼を通り越して驕慢であるとの(そし)りを免れない行為ではございますが、アレク様のご厚意を無下にすることも憚られ、私は胸に秘めておりました願い事を控えめに申し上げることといたしました。


「こちらをサラ様のお部屋に置かせていただいてもよろしいでしょうか」


 そう言って私は、部屋に持ち込んでおりました特大の旅行鞄から、小型模型(ミニチュア)の家と、数体のぬいぐるみを取り出しました。


「ほう、それは何だ?」


「別邸にて、私が手(すさ)びに作りました玩具でございます。サラ様には大層お気に召して頂きまして、この度の転居に当たり、こちらへお持ちするよう命じられました」


 ぬいぐるみは、サラ様に読み聞かせをさせて頂いておりました童話の挿絵を参考に作りましたもので、エルフやらドワーフやら、かなりの種類がございます。そしてこの木製のミニチュアハウスは、ぬいぐるみ達がすっぽりと入るほどの大きさで、多くの家具も付属しており、自画自賛となってしまいますが、かなりの時間をかけてこしらえました大作でございました。


 サラ様はこのぬいぐるみたちひとつひとつに名前を付けて可愛がって下さり、お昼時になりますと、彼らとのお茶会を楽しまれていました。


 さて、リードル卿はそれらを興味深げに御覧になりながらも、しかしその素朴さがお好みには合わないと見えて、あまり良い顔をなさいませんでした。


「見事な物だな。だがサラの部屋には少々地味ではないか?」


「大変失礼いたしました。リードル卿のおっしゃるとおりでございます。先ほどの件はお忘れください」


 私は即座にお願いを撤回いたしました。高貴なご身分の方に「断らせる」ことなど言語道断でございます。色よいお返事がいただけそうにない場合には、身分の低い側からお願いを撤回するのがこの世界での常識です。


 たしかに、このお屋敷でのサラ様のお部屋は豪奢な調度品に溢れており、素人の手作り玩具を置くには不向きでございました。少し残念ですが、私の部屋にでも置いておきましょう。


 そのように考えておりますと、アレク様の奥様、すなわちサラ様のお母様でいらっしゃるアリシア・リードル様がアレク様にお言葉をかけられました。


「アレク、サラのお気に入りならば、お部屋に置いてあげましょう。それに、地味だなんてとんでもない。とっても可愛らしいお人形ではありませんか」


 アリシア様はぬいぐるみ達を手に取り、それらを愛おしそうに眺めながらおっしゃいます。


「そうか。お前がそう言うのならば、良かろう」


 アリシア様のご様子に、アレク様も態度を軟化させ、許可を出してくださいました。お二人は大変仲睦まじく、まさに鴛鴦(えんおう)の契りといったご関係でございます。


「ご厚情に感謝いたします」


 私はその後も繰り返し丁寧にお礼を申し上げてから退室いたしました。




*****




 夕食の後、新しく専属となったメイドにお世話を受けてご入浴を済まされたサラ様は、ベッドに入られるとすぐに私をお呼びになりました。


「もう夜になっちゃったけど、みんなに会えるかしら?」


「はい。では準備をして参ります。サラ様もお疲れでしょうから、先ずは少しお休み下さいませ」


「わかったわ。少し寝て待ってるから、みんなが来たら起こしてね。絶対よ!」


 私は首肯して、サラ様に寝具をお召しになっていただきます。そして部屋を暗くしますと、いつもの旋律を口ずさみ始めます。


 するとサラ様のお顔から急速に表情が失われ、トロンとした瞳が虚空を見つめるのみとなります。


「サラ様、目を閉じて下さい。これからサラ様の秘密の時間が始まります」



「サラ様は真っ暗な廊下を歩いています。暗闇の中を、一歩一歩。貴女あなたの足音だけが聞こえる。何も見えない」



「手足の感覚は薄れて、暗闇の中に溶けていく。ぐるぐる、ぐるぐる。暗闇の中に溶けていく、感覚。全身の力が抜けていく。体も、心も、暗闇の中に溶けてゆきます……」





「……さあ、貴女の前に、ドアが見えてきましたよ。貴女はドアをゆっくりと開きます。今日はどんなお客様が待っているでしょうか……」






*****




 サラ様のお部屋から退出した私は、割り当てられた自室に向かいます。急拵えの仮の部屋の為、同室の者はおらず、個室のように使用できる部屋でございました。


 廊下を歩いておりますと、同僚の執事見習いの少年と出くわしました。彼は何かニヤニヤとした笑みを浮かべて、こちらに近づいてきます。


「よお、リナ。待ってたぜ」


「何か御用でしょうか?」


 私がそう問うと、彼は勿体ぶった仕草で私との距離を詰めて参りました。


「少し二人で話さないか?」


「良いですよ。では、こちらへどうぞ」


 ささやくように言う彼を、私は自室へと案内することにいたしました。



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