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天使の隠れ家



 私の名前はサラ。この大きなお(うち)にリナと二人で住んでいる。


 リナはいつも優しくて、温かくて、いいにおいがする。大好きな私の家族だ。


 いつもならこの時間、リナは私に本を読んでくれるんだけど、今日はもうすぐお客様がくるから、調理場でいろいろと準備をしている。


 二階の私の部屋の窓からは、いつもの緑色の草原が見えている。遠くに見えるのは、多分森だと思うけど、この家から出たことのない私にはわからない。



 小さい頃、私はリナから、決してこの家から出てはいけませんよと言い含められていた。


 一度こっそり抜け出してみようとした事があったんだけど、玄関の扉を出たところで、体中が焼けるように熱くなり、びっくりして声を上げながら家の中へ引き返すことになった。


 すぐに熱さは引いたものの、肌が気持ち悪い感じに赤黒くなって、色んなところからぐちゅぐちゅした何かが垂れてきた。


 怖くなってリナに見せると、黒くなったところを優しくなでてくれた。リナに触られたところから、全身が温かくなって気持ちが良い。そしていつの間にか私の肌は元に戻っていた。


 すごく安心したけど、リナの言いつけを破ってしまったことに気付いて、ごめんなさいと謝ったら、リナは全然怒ってなくて、私が無事で良かったと言ってくれた。


 リナが言うには、私は七歳になったら、この家を出られるようになるらしい。


 私とリナは、「天使」という種族で、天使は七歳になると、「人間」の世界で一人前になるまで修行をすることになっている。私も、もう少し大きくなったらリナと一緒に外の世界へ行くことになる。だからそれまではこのお家から出られないんですよ、とリナは言っていた。


 なんだ、もう少し待てばお外に出られるんだ! だったら、今無理に出ようとしなくてもいいかな。


 そんな風に思って、それ以来外に出ようとはしなかった。



 私が七歳になるまで、もう少し。外にはどんな世界が広がっているんだろう。楽しみだなあ。


 そんな事を考えていたら、今日のお客様が、いつの間にか家の近くまで来ていて、こちらに手を振っているのが見えた。私は嬉しくなって、彼らに大きく手を振り返した。


「そうだ、みんなが来たことをリナにも知らせてあげなきゃ!」


 もう一度窓の外に手を振り返してから、私は急いで一階の調理場へ向かった。



 今日のお客様は三人。ゴブリン族のゲルド、オーク族のバッカスと、その奥さんのクレア。みんな優しくて大好きな私のお友達だ。


 ゲルドとバッカスが話してくれる冒険の話は、私をわくわくさせてくれるし、クレアはいつもおいしいお菓子をもってきてくれる。クレアとはこの前一緒にお菓子作りに挑戦した。またやりたいなあ。


 今日はこの三人だったけれど、ほかにも、エルフのセシルとか、ドワーフのジルとか、沢山のお友達が訪ねてきてくれる。


 みんなと過ごす時間は楽しくて、いつの間にか夕方になってしまうから、お別れする時は少し寂しい。でも、リナがずっとそばにいてくれるから、安心できる。


 リナだけは、私にお別れを言わないでね。




*****




 窓の外が暗くなってくると、もうベッドで休む時間になる。


 リナにおやすみを言ってベッドに入り、しばらく寝たふりをする。


 リナが階段を下りる音が終わったら、ベッドからこっそりと抜け出す。これから、私の秘密の時間が始まるのだ。


 そっと部屋の扉を開けて外をのぞくと、二階は真っ暗で、一階の明かりが少し届いているくらいだ。そのまま部屋を出て、二階の廊下をそろりと歩いていく。だんだんと光が届かなくなり、足元が見えなくなってきたところで、「魔法」で指先に小さな明かりを灯す。



 真っ暗闇の中、指先の光だけを頼りに、長い長い廊下をどんどん進んでいく。そのうちに、長い廊下には両側にいくつものドアがあることに気が付く。一、二、三、……二十を超えたところで、私は数えるのを諦めた。私はそれらのドアの先にどんな部屋が続いているのかを知っているかも知れないし、知らないかもしれない。同じ廊下に、等間隔で、同じ扉が続く。同じ速さで歩いていると、自分がぐるぐる、ぐるぐると同じところを周っているような気がしてきて、しまいには自分が本当に前へ進んでいるのかもわからなくなる。目の前の暗闇へ向かってどんどん進むと、そのうちに自分がふわりと浮かんでいるような感じがしてくる。黒い穴に落ちていくような不思議な感覚に、ウキウキとして自然と笑みがこぼれる。




 ……どのくらいの時間が経っただろうか。いつの間にか目の前に、「精霊の部屋」と書かれたドアがある。


 ああ、そうだ。()()()()()


 私は精霊さん達に会いに来たんだった。


 そっと扉を開けて、暗闇の中へ問いかける。


「みんな、いる?」


 私の言葉が暗闇に吸い込まれた瞬間、急に部屋中の明かりが灯り、豪華な内装や家具が目に入る。


「サラ!」


「サラが来た!」


「いらっしゃい、サラ!」


 部屋のあちこちから、私を呼ぶ声がする。部屋の中央へ歩みを進めると、物語に出てくる妖精さんのような見た目の子どもたちが、家具の間から私に手を振ったり、手招きしたりしていた。


 この子たちは、私たちが住んでいるお家の精霊さんだ。精霊さん達は私の腰くらいの背丈しかなく、みんなフリルの沢山ついたワンピースを着ている。服の色は二種類あって、男の子と女の子がいるのかなと思ったけれど、服の色には特に意味はないし、精霊には性別がないんだって。私たち天使と同じだね。


 精霊さん達と出会ったのがいつの事だったか良く覚えていない。でも出会ってからすぐにお友達になれたのは覚えている。精霊さん達はすごく物知りで、私に色々なことを教えてくれた。ここに来るまでに使った明かりを灯す魔法も彼らに教わったものだ。


 精霊さん達が言うには、このお家には数えきれないほどのお部屋があって、夜になると家の精霊たちがそれぞれの部屋で遊んだり、お茶会をしたりしているという。昼間は何をしているの? と聞くと、昼間はみんな寝ているんだよ、って言ってた。


 知り合ってから毎晩のように、私はこうして精霊さんのお部屋にきて、お話をしたり、お茶を飲んだり、時には精霊さんのお仕事を手伝ったりして過ごしていた。


 ここに集まっている人数は日によって違うけれど、今日は二十人くらい集まっているみたい。このお家に全部で何人の精霊さんがいるのかは、本人達にもわからないらしい。



 今夜も色々なお話をして、そろそろお開きになるところで、私はふと気になったことを精霊さん達に尋ねた。


「みんな、あのね、私もうすぐ七歳になるんだけど、七歳になったらこのお家を出て人間の世界に行くの。ねえ、みんなも一緒に行くでしょう?」


 精霊さん達はお互いに顔を見合わせていたが、私の隣に座っていた精霊さんが答えてくれた。


「ボクたちはこの家の精霊だから、この家からは離れられないんだよ」


「ええ!? じゃあ一緒に行けないの?」


「うん。でもまたすぐに会えると思うよ!」


「でも……そんな……」


 そんなの寂しいよ。そう言い返そうとしたところで、急に眠たくなってきて、目を開けていられなくなる。意識がぐるぐると回るように落ちていくのを感じる


 ああ、()()()()()()がきた。もうお別れの時間だ。




*****




 朝、リナに着替えさせてもらいながら、私は訳もなくモヤモヤとした気分になっていた。何か原因があったような気がするが、思い出せない。


 昨日は午後からクレア達がきて、楽しく過ごして、夜になったらすぐに寝てしまった。別に何か嫌なことがあったわけじゃなかったはずなのに、何故か気分が晴れない。


「来月にはサラ様は七歳になられますね。」


「そうね」


 リナの言葉に、私はさらに暗い気持ちになった。何でだろう、いつもならそんなことはないのに。そのせいか、ちょっと素っ気ない返事をしてしまった気がする。


「おや、今朝はあまりお元気ではございませんね。どうかなさいましたか?」


 案の定リナは私の様子に気付いたようだ。心配そうな表情で、そっと私の顔を覗き込んでくる。


 私はどうしてしまったんだろう。そう思いながらリナの顔を見た。


 リナの瞳の中の私が、じっと私を見つめてくる。すると私の中の漠然とした不安感が、急にはっきりとした感情として形作られるのを感じた。それは言語という器を与えられ、そのまま私の口から流れ出ようとする。


「あのね、天使は七歳になったら、人間の世界へ行かなくちゃならないんでしょう?」


「……もしかして、お嫌ですか?」


「ううん、別に嫌じゃないんだけど、でもそうしたらこのお家とか、クレア達とか……みんなとお別れしなくちゃいけないのがちょっと悲しくて」


 そうだ。七歳の誕生日が近づくにつれ、私はそのことをとても不安に感じていたのだった。


「ああ、そのことですか」


 そんな私に対して、リナはにっこりと微笑んだ。


「大丈夫ですよ。このお家も、クレアさん達も、皆、サラ様と一緒に人間の世界へ参りますので」


「ええ!? 一緒に行けるの?」


「はい。私がこの魔法のカバンに詰めてお持ちします」


 リナがいつの間にか両手に抱えていたカバンは、とっても大きな旅行カバンだった。リナが言うには、このカバンにはリナの魔法が掛かっていて、このお家をまるごと運んでいけるんだって。お家の中に居る人もいっしょに運べるから、お友達もみんな一緒に連れて行けるって。


「サラ、こんな大きなお家を持っていけるなんてすごいね!」


「はい。私、力持ちですので」


 リナは力こぶをつくるようにして腕を曲げた。全然こぶはできてなかったけど。


 私はうれしくてうれしくて、リナに思いきり抱きついた。リナはやっぱり優しくて、温かくて、いいにおいがした。




*****




 モヤモヤとしていた気持ちがすっきりと晴れ渡り、私は踊りだしたいような気分のまま朝食をとった。


 そして食後のお茶を飲みながら、これからのことについてリナと色々お話しした。


「ねえ、人間ってどんな生き物なの?」


「そうですね、見た目は私たちと似ていますが、ゴブリンやオークの方々と同じように、男と女の二種類が存在します。少数ですが、魔法を使う者もいるようです。また、人間は争いを好む種族です。他の種族とよく戦争を起こしていますし、人間同士でも争いが絶えません」


「へー、そうなんだ」


「ですが、ご心配には及びません。人間は、知力ではゴブリンに劣り、腕力ではオークに劣り、技巧ではドワーフに劣り、魔力ではエルフに劣ります」


「ゲルドってすごく頭がいいもんね。バッカスもすごく力持ちだし、セシルもすごい魔法を使うし」


「そうですね。でも天使は全ての点で他の種族に勝っているのですよ」


「じゃあ、私もゲルドみたいに頭が良くなれるの?」


「もちろんです。それにバッカスさんよりも強くなれますし、セシルさんよりも高等な魔法が使えるようになりますよ。」


「わあ、すごい! 私頑張るよ!」


 私が元気に答えると、リナも嬉しそうに笑ってくれた。





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