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帝都の狩人  作者: キロール
三爪の獣
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第4話 目星

 客間に通された一ノ瀬晃人(いちのせあきひと)と助手のアリシア・ウォンは、勧められたソファに腰かけて、依頼主が現れるのを待った。


 その間にアリシアは、目の前に置かれた冷茶に手を伸ばして、ぐいっと酒でも飲む様に傾ける。晃人は横目でその光景を見ていた。水出しの煎茶の美しい緑色がアリシアの唇を濡らし口内へと消えていく。白い喉が微かに上下する様は、奇妙な艶めかしさを感じて晃人はそっと視線を外す。


 外した視線のその先は、窓。そこで妙な事を発見した。


 開かれたカーテン、その纏められたカーテンの端が、目立たぬようにではあるがぴったりと壁に固定されている。……夜の闇から何かを感じている証か。昼夜問わず、で無い所を見ると、下手人は明確な攻撃を行っていないのだろう。だが、大堂路邸から手を引いたわけでも無い。


「お待たせいたしました、私が大堂路冬子です。」


 思案の間に、客間の扉が開かれた。現れたのベージュのワンピースを纏った冬子である。目の下に浮かぶ隈は、心身に悪影響が及んでいることを如実に表していた。晃人も、アリシアも居住まいを正して、背を伸ばしながら会釈した。そして、互いの自己紹もつつがなく終える。


 助手のアリシアは欧米人の様に見えるが、姓が大陸系である事に冬子は気付く。その様子を敏感に感じ取ってか、香港の出自なのでとアリシアは言い添え、冬子はそれで納得した。


 英国領香港ならば、何らおかしなことは無かったからだ。英国は未だに香港へ総督府を置き、香港を統治している。西の中華民国も、東の中華人民共和国も返還を求めているが、英国はどちらを返還先に選んでも、香港の情勢が悪化するとしてそれを拒絶している状況である。


「夜の闇は、恐ろしいですか?」


 アリシアとの会話が一段落したとみれば、晃人は徐に問いかける。その問いかけの意味、ここ数日の冬子の状況を、この探偵は何処まで、何を知っているのかと言う不安げな表情を、その疲れが滲む美しい顔に浮かべさせた。そんな冬子を見やりアリシアはからりと笑った。


「すいません、うちの所長が不躾で。……夜の闇に紛れて悪意をぶつけてくる相手に、所長は幾つか心当たりがあるようで。」


 その一言に、冬子は表情を引き締め、晃人をじっと見据えながら言った。


「一ノ瀬様、ウォン様の仰ることは本当ですか?」

「……ええ、まだ推測の段階ですが。それが合っているかを確かめるためにも、事件の日に起きた出来事をお教えください。ご尊父そんぷが何気なく口にしていた言葉とか、どんな些細な事でも結構です。」


 晃人は静かに冬子に問いかける。冬子は思い出すようにぽつぽつと語りだした。あの日の父の様子、夜半に響いた絶叫や、室内のあり様。そして、あの名状しがたい恐怖を。


 アリシアは肩掛けカバンを開けて手帳を取り出すと、急ぎページをめくって、ペンで冬子の話を書き込んでいく。そして、一通り語り終えた冬子がそう言えば……と語った蛇の御前と言う言葉にはっとしたように晃人を見た。


彼奴きゃつ絡みとなると……魔術師絡みとみるべきか。或いは殺したのも。」


 晃人は眉根を顰めて、眉間に深いしわを作って呟いた。その呟きは冬子には聞き流す事は出来なかった。


「お待ちください! 一ノ瀬様は、父は魔術師に殺されたと?」

「ええ、大堂路修司氏が語った蛇の御前……ここに大きな問題があります。」


 蛇の御前、その人物と父の死に何か関係が在るらしいとは、冬子にも朧気に分かっていた。だが、魔術師に殺されたなどと言う事は、言葉上は理解できても、感情がそれを拒絶する。


 魔術師、優れた才能を持って生まれ、太古の神と契約し力とする稀有な存在。現在では、この日本国に五十人いるかいないか。その殆どは国防や皇居の防衛に回っている筈だ。魔術師に殺されたなどと言う事は、父が国賊だと言われたような物である。


「勘違いしないで頂きたいのは、魔術師と言えども陰陽庁や神社庁に仕えている者達ばかりではないと言う事です。十五年前のカルト教団『エデンの蛇』の騒動を覚えていらっしゃいますか? 彼の教団にも複数の魔術師が在籍していました……と言うより、あれは魔術師の結社でした。首領、夜刀神源三郎(やとがみげんざぶろう)も然り。」

「あの魔術調査室の戦った相手が……。」


 冬子の呟きに、晃人は微かに視線を伏せて。


「そうです、広島や長崎、それに帝都に大火災を齎そうとしたカルト教団。理由は……本来あるべき歴史の揺り返しを防ぐために必要な措置と内部資料にはあったそうですが。その真意を知るのは教団の首領のみでしょう。」


 奇妙な話である。彼の教団は幾つかの都市で多くの人命を奪わんとする火災を用いたテロを企んでいたと言うのだ。なぜ火災なのか、何故その都市が選ばれたのか、それを知るのはカルト教団の教祖だけだろうと冬子は頷き、何かに気付いたように晃人を見る。


「教祖ではなく首領ですか? それに、随分とお詳しい……。」


 冬子の表情と言葉には警戒するような色が浮かんでいる。当然の事であるので晃人はさほど気にした風も無く。


「最初にお話しした通り、あれは魔術師の教団オーダーです。そのトップが首領と呼ばれるは道理。そして、僕の父は殉職した魔術調査室の魔術師でした。」


 その一言に冬子は、はっとしたように晃人を見た。その顔に浮かぶのは驚愕であり、ある種の得心である。帝国魔術調査室がカルト教団との戦いで失った二人の魔術師。その名は確か、一ノ瀬中尉と篠雨少尉。ならば、一ノ瀬を名乗るこの若者は……!


「お察しの通り、所長は英雄一ノ瀬和仁(いちのせかずひと)の忘れ形見。一ノ瀬なんて苗字は、珍しくはありますが他に無い訳でも無いですからね、皆さん、中々思い至らないのですよ。」


 補足するように語るアリシアは思う。既に十五年の歳月が流れている。十年一昔なんて言われていた時代はすでに過去の物だ。数多の情報が常に流れ込む今の時代では、三年一昔か。そんな状況では思い至る者も少ないのは仕方ない事だろう。


 ……俺は絶対に忘れないけれど。心の片隅で小さく呟きながらアリシアはその思いを誤魔化すような笑みを浮かべていた。


「僕の出自は僕の能力を保証するものではないですが、その手の裏事情に詳しい理由付けにはなりましょう。そして、ここからが本題です。陰陽庁や神社庁に所属しな魔術師がいる。つまり、政府が発表している魔術師数は、本当の数より少ないと言う事です。国はそれを知っていますが発表はしない。超常の力を得た者が裏社会に潜み、我欲を満たそうとする等と分かれば国民は心安らかに生きていけなくなりますからね。」


 一瞬視線を伏せていた晃人だったが、強い意志宿る双眸で冬子を見据えて、はっきりと口にした。


「……話を戻しましょう。蛇の御前と言われた夜刀神源三郎(やとがみげんざぶろう)は当初は国家の為、人の為にその力を振るい、植民地放棄政策に随分と肩入れしていたと言います。彼はテロリストですが、彼の生前の功績は全て無にするべきものでもないとも。」


 確かテレビでもそんな事をやっていた記憶がある。事件当時から二〇年ほど前からその男は変質したとかなんとか。今から三五年前に何が起きたのかは冬子には与り知らない事だが……。父が関与しているのだろうか?


夜刀神(やとがみ)はある意味、日本を守っても居ました。多くの裏家業の異国の魔術師は彼を恐れて本邦に足を踏み入れる事は稀でした。ですが、蛇の御前が死に、恐怖で縛られていた者達が動き出したものと考えられます。」


 晃人の語る言葉には陰りがある。彼の父を殺した相手、それが必要悪でありその存在が亡くなった事により、今回冬子の父が死ぬ羽目になったのだと伝えているのだから当然と言えた。


「ご尊父そんぷを殺した輩は、異国の魔術師。雇われて人を殺す様な連中です。多分、何かの計画について知り得てしまった修司氏を殺害するために派遣されたのでしょう。」


 開け放たれている客間の窓から、初夏の風が流れ込んでくる。その中、暫しの沈黙が流れたのは、無理からぬことである。


 それ故にか、晃人は今回の事件の下手人について冬子に語らなかった部分がある。実の所、晃人には下手人の凡その目星がついていたのである。テレビで盛んに報道していた修司の死に様に、太古からの邪悪な何かが絡んでいると感づいた晃人は、実は独自に調査を始めていたからだ。修司の死体のあり様から、時間すら存在しない太古より襲い来る魔獣の存在に行きついていた。


 が、晃人はそこで疑問を覚えたのだ。その魔獣は時間を旅行する魔術師に襲い来る者だ。到底、魔術とは縁遠い修司に何故と。


 だが、ミスカトニック大学大日本帝国分校の図書館である記述を見かけ、腑に落ちた。ハイパーボリア、超古代に栄えた謎めいた文明があったと言う大陸にまつわる記述に、異空間より来る恐るべき魔獣を捕らえて使役していた豪胆で恐るべき魔術師が居たことを突き止めたのだ。


 荒唐無稽な話であるが、晃人はそれを信じた。何故なら、一五年前に生きていた魔術師が、ハイパーボリアに住まう神を信仰し、力を得ていたからだ。


 この記述を信じて晃人は仮説を立てた。何万年と言う時代を経て、人類の悪意は捕らえた魔獣を改造していったのではないかと。飢えて、やせ細った異様な生命体を何十世代もかけて飼い慣らし、変質させたのではないか。そして、それを道具にしているのではと言う、妄想にも似た結論に半信半疑ながら辿り着いた。


 結論に至れば調べるのはより容易だ。修司と同じような犠牲者が居ないか、瑞西スイス狩人協会に問い合わせれば良い。


 ……結論から言えば、信じ難い事だが晃人の結論は当たっていた。西暦二〇〇三年から、年に数人の割合で修司と似たような有り様で死んでいた。世界中でである。


 如何やら、世界を股に掛ける恐るべき魔術師がこの大日本帝国に滞在しているようだ。そして……この魔術師の性癖か、魔物への贄かは分からないが、犠牲者が出た家に家族があり、それがうら若い娘である場合、犠牲者はさらに増えるのだ。

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