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帝都の狩人  作者: キロール
因襲の獣
11/13

第1話 奇祭の始まり

 岸井太郎きしいたろうは、祖父があんなに辛そうな顔をしたのは初めて見た。今年は父岸井荘介(きしいそうすけ)の仕事の都合で、盆休みには父方の実家である蒲根村かばねむらに戻れなかった。その穴埋めとばかりに九月の今時分に里帰りをしたのだ。その際の祖父岸井弥太郎(きしいやたろう)が、太郎を見るなりまるで痛みに耐えかねたかのように顔を顰めて、それでも、会えた嬉しさからか笑みを浮かべてよく来たなと頭を撫でてくれたのだ。


 その情景は、父の実家に里帰りを果たして三日経った今も、胸の中に残っている。何処か具合が悪いのだろうか? そう問いかけても、大丈夫だと答えるのみの祖父。初めて見た祖父の応対は、何を意味しているのか、太郎には分らなかった。


 だが、その理由を先日太郎は耳にしてしまった。日中の暑さは和らいだとはいえ、まだ残暑が厳しい。そこで太郎が一人で納屋の梁に上り、そこに座って自身を団扇で仰ぎ涼んでいた時の事だった。納屋は日陰にあり、涼むには最適なのだ。


 そこに太郎がいるとも知らずに、納屋の前にやってきた祖父と父は何やら深刻そうに話を初めて、最後には口論となった。その言葉の端々が太郎の耳にも届いた。


「何故、今年この時期に戻った? 今年は三十年に一度の祭りが催される年だ。お前も忘れた訳でもないだろう!」

「親父、この村もそろそろ馬鹿げた因習を止めなきゃならない。そうでなけりゃ、耕ちゃんが浮かばれない……。」

「止めさせられるのであれば三十年前にやめさせたわい! お前もあの獣を見た筈だ……あれは止められる代物じゃぁない……。」

「見た。だから俺は、頼ん……。」


 そこまで語った時に、遠くで声がした。郵便屋さんが書留を持ってきたのか、祖父の名を呼ばわりながら近づいてくるのが聞こえた。それで、この会話はお開きになってしまった。太郎はその間、納屋の梁の上でまんじりとせずに、息すら止めて話を聞いていた。何故か、心臓がバクバクと激しく高鳴っていた。聞いてはいけない事を聞いてしまったような、妙な罪悪感を感じたのだ。


 太郎があの時の事を思い出すと、妙に胸がざわめく。居間のテーブルの前に座り、担任に与えられた宿題をしていたが、それ所ではなくなってしまった。一体この村の祭りとはどんなものだろう? 世田谷八幡宮の秋季大祭では郊外相撲を取っていたし、浪切不動尊では火渡りをやっていた。明正神宮のお祭りは毎年行っているが、ここ蒲根村にも祭りがあるとは知らなかった。父も祖父も祭りの話なんて全くした事が無かったからだ。


 奇妙な違和感を感じながら、太郎は先年、中学進学の祝いに買ってもらったスマートフォンを取り出した。幸い、祖父は畑仕事に出ており、父は車で誰かを迎えに行っていない。心許ないが一応は電波は届く。何かを調べるのならば今の内だ。検索欄に『蒲根村 祭り』と入力してみた。


 結果は全く関係ない祭りの情報が出て来るだけだった。『何でもネットに聞いてみた所で、肝心なことは教えてくれんぞ。』そうスマートフォン講習会で先生は言っていたが、こんな時に実感するとは思わなかった。太郎は開いたノートを閉じて、大きく伸びをした。


 スマートフォンを片手にごろりと横になった太郎は思う。村人にしか伝わらない祭りがある。そうであれば、一度は見てみたい。……けれども、何か嫌な予感も感じる。それは祭りが近いと言うのに、村は何処も浮かれたような様子がなかったからだ。


「三十年に一度って事……だよねぇ。もっと盛大にやると思うんだけど。」



 太郎の呟きは、急に吹いた風に掻き消される。風が山間から吹けば、開け放たれた居間の窓から涼しい風が吹き込んできて心地良い。筈だが、妙な薄ら寒さを覚えるのは何故だろう? いつもならば、このまま昼寝でもしようかと思う筈だが、今はそんな気になれない。テーブルの上に置かれた教材を見て、太郎は今の心地を宿題の所為だと思った。そして、職員室のやり取りを思い出した。


 夏休み明けの職員室、一週間の里帰りを二学期が始まって早々にする事を、担任は渋い顔をしながらも認めてくれた。


「認めよう。祖霊を敬うは当然だからな。だが、勉学の遅れはまかり成らん。」


 との有難いお言葉と、大量の宿題のおまけ付きで。その宿題故に太郎は田舎暮らしでもあまり暇を持て余すことは無かった。


「騎西先生は、良い先生だけど硬いんだよなぁ……。」


 ボヤくように呟くが、教師の騎西を太郎は嫌いではない。厳しい男ではあるが、自他にも厳しいのが良く分かる。それに、話せば存外に優しい一面もあるのだ。喧嘩も強いらしいとは、先輩が話していた噂だが、実際に強いだろうと太郎は考えていた。登校時の服装チェック中に、女生徒の長すぎるスカートを切ろうとした体育教師の砂田を一喝して諫めていたのを見たからだ。あの時の砂田の顔は見物だった……。



 その様に担任の顔を思い浮かべると、宿題を投げ出して置く訳にも行かず、渋々太郎は起き上がり、テーブルに向き合ったその時だった。遠くの、多分山間で凄まじい音が響き渡った。まるで雷霆らいていだ。びっくりして身を硬くしたままじっとしていると、祖父が畑から走ってやって来た。


「……太郎、太郎よぅ……。」


 そして、身を硬くしている太郎を、老いていながらも野良仕事のおかげで厳つい腕で抱きしめて、その名を呼ばわり。


「宗助は……お前の父ちゃんはな……。」


 急に何事かと我に返った太郎が、祖父を見上げる。語る祖父の目には、涙が溜まっているのが見えた。それで、太郎は父の身に何かが起きた事を悟った。


「宗助は……お前の父ちゃんはな……。」


 急に何事かと我に返った太郎が、祖父を見上げる。語る祖父の目には、涙が溜まっているのが見えた。それで、太郎は父の身に何かが起きた事を悟った。

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