第六話 落ちこぼれ
俺とフランさんの同居生活があれから一週間続き、段々と互いの仲も深まってきた頃。
どうしてか最近ギルドに足を運ぶと、時折視線を感じることがある。
そりゃあ人が多いから仕方のないことだし、もしかしたらフランさんのことを好きな人が一緒にいる俺を恨んでいる可能性だってある。
「ななアスカ、これどう?」
「良いと思います」
それはギルド内だけにとどまらず、たまに外でもあるのだ。
今俺はフランさんの買い物に付き合っている最中であり、フランさんは洋服を選んでは楽しそうな顔で試着しては俺に見せてを繰り返していた。
「……?」
「アスカーこれなんか……どした?」
「いや、なんか最近誰かに見られているような気がして……」
「そうか? 思い過ごしじゃないのか?」
どうやらフランさんは特にそういうのは感じていないようだった。
俺はそういうものかと自分で自分を納得させてフランさんの買い物の続きをした。
そして謎の視線の理由が判明するのはそれからさらに数日が経ったある日の事であった。
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ある日、俺とフランさんがギルドで依頼終わりの魔石鑑定を待っている間にそれは起こった。
フランさんが用を足しに離席して俺は一人テーブルで待っていた。
すると後ろから肩をトントンと叩かれて振り返るとそこには一人の女性がいた。
「ねぇあなた、ちょっといいかしら」
「はぁ……どちら様でしょうか?」
「あなたと同じ冒険者よ。聞きたいことがあるんだけど」
「なんですか?」
「あなたって、本当にランクEなの?」
「えぇそうですけど……」
俺はそう答えて首のドッグタグをその女性に見せた。
女性は怪訝そうな顔をして納得したのか納得していないのかどっちつかずの相槌を打った。
俺はどうしてそんなことを聞いたのか女性に尋ねると女性はこう答えた。
「あなたの相棒、いるじゃない? フラン・キャメロット」
「知り合いなんですか?」
「直接的な知り合いじゃないけど、みんな知ってるわ」
「……つまり?」
「あの人、この街じゃかなりの有名人なの。この街どころか大都市にも名が通っ
てるわ」
そんなに凄い人だったのかフランさん。
確かに家も立派だし何か良い家柄なのかと思っていたが、もしかしたら本当にそうなのだろうか。
しかも大都市って………あぁなるほど、そう考えたら完全に俺は異端だな。
何でか?
他の都市にも名が通るような有名人とでは釣り合わない新米も新米の最底辺ランク冒険者が日々行動を共にしているのだ、確かに不思議がっても仕方ない。
「それに聞いたわ、あなたゴーレムを素手で倒したんだってね」
「なんでそれを……」
「あなたも結構話題になってるってことよ」
「俺が?」
「えぇ、期待のルーキー現るってね。あなたとパーティーを組んでみたい人だっ
て結構いるのよ?」
「……そんなまさか」
俺がそんなことはないと謙遜していると突如女性が俺の手をギュッと握って上へ持ってきた。
俺はそれに驚き「うわっ」と声を上げた。
「そんなあなたがあいつと一緒にいるのは勿体ないわ」
「……はぁ?」
あいつ、とはフランさんの事だろう。
つまるところフランさんと一緒にいるのは勿体ない………どういうことだ?
俺は目の前の女性が言っている意味が全然分からなかった。
「あなたもしかして知らないの? フラン・キャメロットのこと」
「フランさんのこと……?」
「教えてあげる。キャメロット家ってね、昔からかなりの力を持っている名家な
の、生まれ持つ魔力や戦闘センスも他の家柄なんて比にならないくらいにね」
「それで? 俺があの人と一緒にいると勿体ないっていう意味は?」
「分からないの? あいつ、その名家の落ちこぼれってやつなの。魔力なんて平
均程度だし戦闘センスなんて一般人レベルだったの」
「……それでも、あの人は強いですよ」
「確かにランクはあなたより上だけど決して高いわけじゃないわ、私の方が高い
しね」
どんどん距離を詰めてくるその女性に正直俺は嫌気がさしていた。
フランさんが名家の落ちこぼれ?
だからどうした。
私の方がランクは高い?
ほざけ、人間性はあんたよりずっと上だ。
俺は女性の手を振り払って吐き捨てるように言った。
「生憎と、俺はあの人から見限られない限り自分から見放す気はねぇんだよアバ
ズレ」
「……あら残念」
「それと、後ろにも気を配った方が良いんじゃないんですか?」
俺がそういうとその女性は後ろを振り返った。
そこには腕を組んで立っているフランさんがいた。
だが女性は焦る様子もなく今度はフランさんに声をかけた。
「その辺でうちのアスカから離れてもらえないか」
「噂をすれば、ね。元気そうねフラン」
「お前も相変わらずだなクルツ、悪かったなぁ落ちこぼれで」
「あら怖い、じゃあ私はお暇するわ」
女性はフランさんの横を通ってヒラヒラと俺に手を振って去っていった。
去り際、俺に「いつでもいらっしゃい」と言い残して。
フランさんは女性の後姿が消えるまで視線をずらさず、消えると同時にため息を吐いて俺の方を見た。
名前を知っていることから考えると、知り合いだろうか。
「悪いな、あいつアカデミーでの同級生でな」
「そう、なんですか」
「………がっかりしたろ」
「そんなこと――――」
「正直に言っていいんだ、もう隠しても無駄だしな」
「――――だからそんなことないって言ってるじゃないですか」
「お前の実力はあたしよりずっと高いよ、きっとすぐあたしより強くなる」
「話を――――」
「だからもし、お前が他のとこに行くんだったらあたしは止めないよ、きっと、
その方がお前にとっても有意義に――――」
「――――――話を聞けって言っているだろフラン・キャメロット!!」
思わず、俺は怒鳴ってしまった。
いきなり大声を出してしまったため他の冒険者たちが俺たちのところを見る。
そして目の前のフランさんも驚いていたが、俺はそんなことお構いなしに一方的に喋った。
「なんですかいきなり弱々しくなって、らしくないですよフランさん」
「だって――――」
「だってもあるか!! いいかよく聞けフラン・キャメロット! 俺はあんたか
ら見放されない限りあんたを見放すようなことはしない! この世界で一番の恩
人をそう易々と切り捨てるような男に俺が見えますか? あぁ?」
「い、いや……」
「それともあんたは俺のことを切り捨てますか?」
「そんなことするはずがないだろ!」
「だったら俺もそうだ。名家の落ちこぼれだぁ? 魔力もセンスも平凡だぁ?
んなこと最初っからこっちは知ったことないんですよ!」
正直に言うと自分でもどうしてこんなに怒っているのか分からない。
それどころかこんなに怒ったこと自体初めてだ。
いつもどこか余裕のあるフランさんがたじたじになるくらいには俺は今目の前の仲間を叱っている。
「宣言しますフランさん!」
「お、おう……」
「俺はあなたを見捨てないしどこにも行かない、あなたに見捨てられるまで俺は
あなたの側にいます!!」
「アスカ……」
もうギャラリーがどうだとかそんなことはどうでもよかった。
ただ俺は、この世界で右も左も分からなかった俺を今も導いてくれている太陽のような存在のこの人の笑顔が沈みそうになるのがどうにも我慢ならなかった。
「約束しますフランさん。あなたの笑顔が消えそうになったら、いつだって俺が
取り戻して見せます。だから、だからそんなこと言わないでください。どこにも、
行きませんよ」
なんだか物凄い恥ずかしいことを言っている気がする。
でも今はそんなことどうでもよかった。
だがもう一度冷静に考えるとこの大勢の前であんなことを叫んだのを再認識するとやっぱりここにいられなくなった。
俺は顔を赤くしながらフランさんの手を引っ張って強引に外に出た。
「鑑定終わりましたよー!?」
「ありがとうございまーす!!」
と、そこで呼び止められ袋を二人分貰うとすぐさまフラン宅に帰った。
勿論全速力でだ。
そして家に帰ると俺はフランさんに土下座した。
「すいませんでした!!」
「なんで謝るんだよ」
「いやその……あんな公然の目の前で俺なんかがあんなこと言っちゃっ
て………」
「何言ってんだよ。むしろ嬉しかったよ、あたしは」
ありがとな、とフランさんは俺の顔を上げた。
すると、俺の前髪をかきあげてそっと口づけをした。
俺がそれに呆気にとられ、何をされたのか認識してあわあわしているのをフランさんはさぞ嬉しそうに笑った。
「約束、破るなよ? 相棒」
「……はい、勿論です」
やっぱりフランさんは笑っている方が断然可愛い。
声には出さなかったが、俺はそう、心の中で思った。