第五話 仲間として、家族として
「鑑定お願いしまーす」
俺とフランさんはギルドに戻ってゴーレムから入手した魔石を鑑定にかけてもらった。
帰りももちろん、俺がフランさんを背中に背負って忍者の如く颯爽と帰ってきたのだ。
行き帰りと戦闘をやったのだが、体はそこまで疲れていないようだった。
もしかしたら、俺は魔力的なのが多い人種なのだろうか、天使さんも一応魔法って言ってたし……。
「どしたー、アスカ?」
「あぁいえ、ちょっと考え事をしてただけです」
「そうか。鑑定終わったらお前に街の事とか案内しようと思ってるんだけど、いいか?」
「ぜひお願いします」
まぁ考えていても俺の頭では結論は出ないだろう。
きっと魔法の有無を測定する魔法だってあるんじゃないだろうか、異世界だし。
……どうやら俺の異世界像っていうのは結構でたらめだったりファンタジーすぎるのかも知れないな。
なんてことを考えながら、俺は目の前でナイフの手入れをしているフランさんをじっと見た。
「ん?」
「可愛い」
「んん!?」
「あ、いえ、なんでもない、です、よ?」
やってしまった、ついつい言葉が漏れ出た。
だって仕方ないじゃん、少しだけ笑いながら「ん?」って優しい声でこっち見られたらそう思っちゃうじゃん!
やっぱり俺に人付き合いは向かないらしいな、仕方ない。
その後鑑定が終わり、俺はその報酬を全額フランさんに渡した。
フランさんは俺にもいくつか渡そうとしていたが、俺は衣服代をフランさんに出させてしまったためその返済だと言って断った。
自分のお金は、自分で稼がなくてはこの人に迷惑がかかってしまう。
俺は今のところただの穀潰しなのだから。
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ギルドから出て、俺はフランさんに案内されて予定通り街の散策をすることにした。
この街の名前はウルズ街というらしく、いわゆる始まりの地。
初心者や中堅の冒険者が多く、また、ここより大きな都市とも密接に関わっているらしい。
街を歩いていて分かったことだが、フランさんは結構顔が広いらしい。
行く先々の店で店主の人たちと仲良く接していて、おまけまでしてもらっていた。
何度か俺はフランさんの彼氏や恋人と間違われたが二人してそれを否定した、俺がこの人となんて釣り合うはずがないから。
「さーて、次は何処に連れてっかな」
「あの、フランさん」
「ん? どうした?」
「あの建物って何ですか」
俺はある建物が気になって、指をさしてフランさんに尋ねた。
その建物は一般的な建物よりは大きいが、その向こうに見える明らかに「お城です!」と主張している建物よりは小さい。
それにその建物だけ、他の建築物よりデザインが近未来的だった。
「ああ、あそこはアカデミーだな」
「アカデミー?」
「グリモワールアカデミー、魔法の基礎とか戦術の基本とか応用とかを習う学校だ」
「グリモワールって、魔術書とかって意味でしたっけ」
「そこは知ってんのか」
そりゃこの世界にも学校はあるか、と俺は思った。
魔物なんて化物たちと戦うんだもん、初めてがいきなり実戦っていうのは酷な話だ。
「学校、か………」
「そう言えばお前年いくつだっけ?」
「十八です」
「なんだ年下か、あたし二十歳」
「若いんですね」
「お前の方が若いだろ」
「でもなんでそんなことを聞いたんですか?」
「いや、学校行きたいのかなーって思って」
その時、俺の足は急に止まった。
学校に行きたい………か、全く思わないな。
あんな、人付き合いとはまた別種の付き合い方をしなければいけない息苦しい空間になぜわざわざ異世界に来てまで行かなければならないのだろうか。
環境が変われば、もしかしたらこちらの世界の学校は楽しいのかもしれない、でも――――
「おい、アスカ?」
「………」
「アスカー?」
「えっ、あ、すみません。少し考え事を……」
「なんか、悲しそうな顔してたぞ、お前」
「……そうですか」
「やっぱり昔が懐かしいのか」
「そんなこと――――」
ありません、と続くはずだったのだが俺はそこで言葉に詰まってしまった。
過去を全て無かったことには、出来ないから。
フランさんは言い淀んだ俺を怪訝そうな顔で見て心配してくれた、俺は「なんでもありません」と哂って答えた。
「そう、か?」
「はい。大丈夫です、行きましょ」
「あぁ……」
どこか訝しげな顔で俺を見るフランさんだがそれ以上何も聞かれることなく俺は再びフランさんにこのウルズ街の色んな所を周った。
そしてすっかり夕方になった頃、フランさんが「最後にとっておきの場所に案内してやるよ」と自信満々に俺をある場所へ連れて行った。
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「うわぁ……! 綺麗!!」
「へへっ、だろだろ!」
フランさんに連れてこられたのはウルズ街が一望できる小高い丘だった、目立つような場所ではなく、いわゆるフランさんの秘密のお気に入りスポットというわけだ。
夕陽がウルズ街の街を飲み込むように赤く照らし、まるで大きな宝石箱の中に迷い込んだようだった。
そよ風が、俺の体を優しく撫でる。
「ここ、あたしのお気に入りの場所なんだ」
「良い場所ですね」
「だろ。何かに迷ったり落ち込んだりした時はここからこうして夕陽と街を眺めて、気持ちを落ち着かせてるんだ」
「いいんですか? そんな場所を教えてくれたりして」
「……あぁ、お前にちょっと聞きたいことがあったしな」
「なんですか?」
夕陽の綺麗さに心と体の両方が軽くなっている俺を、フランさんは真面目な顔で見つめた。
俺はそれに気付いて、何やらただならぬ雰囲気だと察した。
「アスカさ、元の世界でなんかあったろ」
「………別段何もありませんよ、ごく平凡でした」
「ごく平凡な奴は、学校っつー単語だけであそこまで悲しそうな顔はしねぇ」
「……昔を懐かしんでいただけです」
「じゃあなんであの時あんなに拳を握ってたんだ?」
「えっ?」
全く気付いていなかった、無意識のうちに俺はそんなことをやっていたのか。
フランさんは次いでこんなことを言った。
「良かったら話してくれないか、お前の過去を」
「それは………」
「そりゃ、お前はこの世界に昨日の今日来たばっかであたしとだってほんの二日程度の仲だ。おいそれと自分の過去を話してもらえるほど信用されているとはあたしだって思っていない」
「そんなこと――――」
「でもお前とあたしはパーティーだ、仲間だ! あたしは………あたしは、お前の苦しみを分かってやりたい、あの時、アカデミーを見た時、何でもないと言ったお前の笑顔は張り付けられた弱弱しい笑顔だった。話してくれ、頼ってくれ、共に暮らす家族として!」
「――――っ!」
苦しみを分かってもらいたい………そんな温かい言葉をかけられたのは初めてだ。
赤い夕陽が俺たちを照らして、そよ風が俺の言葉を急くように吹き付けてやまない。
フランさんの赤い髪が風になびき、フランさんがほんの少しだけ、下唇を噛んでいることに気が付いた。
怖いんだ、この人も。
俺がこの人を突き放してしまうかもしれない、ずけずけと本人が語りたくないであろう過去を聞いて俺がこの人を嫌いになってしまうかもしれないのが怖いんだ。
この人も……俺と同じなんだ。
「実はねフランさん………俺一度、自殺未遂したんですよ」
「アスカ……」
「元々人付き合いが苦手でして、いじめられっ子を助けたら、いじめていた奴からも助けた奴からも恨まれるようになって今度は俺が追い詰められました」
「………それで」
「その日々に耐えかねて死のうと思ったけど死にきれなかった、気晴らしに出かけた先で俺は強盗の誤射によって死にました。確実に死んだはずなのに、どういうわけかここにいる」
ただそれだけの、つまらないことですよ。フランさん。
そう言って俺は自分の過去を曝け出した。
全てを曝け出したことで、なんだか少し、胸の奥につっかえていたものが取れて体が軽くなった気がした。
「ありがとう、話してくれて」
「いえ――――」
そんなことありません、俺がそう言おうとした時、フランさんがいきなり抱き着いてきた。
体にいきなり訪れたフランさんの感触が俺の鼓動を速めた、胸も当たってるし、それになにより良い香りがする。女性らしいふわりとした甘い香りが。
「ふ、フランさん!?」
「良かった………良かったぁ………」
「えと………その………」
フランさんは、俺の体に顔を埋めて泣いていた。
きっとそれは安堵の涙だ、直感的に俺はそう思った。
そして、こんな時どうすればいいのか俺には分からなかった。
だから俺は、フランさんを抱きしめた。
多分これが今俺が出来る最適解じゃないだろうか。
俺は人付き合いが苦手だ、だからこれが本当に最適解で正解なのかどうかも分からない。
でも――――
「アスカ……」
「……フランさん」
フランさんが俺を抱きしめる力の強さが上がって、よりぎゅっと抱きしめてくれたということは、きっと正解でいいのだろう。
何度も言うが、俺は人付き合いが苦手だ。首を突っ込めばろくなことにならない。
でも、こういう人付き合いの形ならば少しはいいかなと、そう思った。
あぁ………夕陽が綺麗だな………。
綺麗すぎて、感動が俺の頬を伝ってしまった。
温かい。
これが、誰かを信じるということなのか。
これが、誰かを好きになるということなのか。
俺は、フランさんをぎゅっと抱きしめ、この温もりを忘れないと誓った。