第二十九話 天使さん
この異世界では結婚を許される年齢は十六歳から。
それ故にアカデミーの高学年などではすでに結婚指輪を嵌めている人物が男子女子問わずある程度の人数見られた。
加えて、この世界ではある種結婚に関することが元の世界よりは甘くなっており本人たち双方の合意があれば結婚をしても何ら問題はないのだ。
両親が介入することも確かにあるがそれは決して常ではないのだ。
そして俺は今、複数のクラスメイトたちに囲まれている。
その理由は俺にも分かる。
俺の左手の薬指にきらりと光る指輪があったからだ。
それに最初に気付いたのはレーゼ、挨拶をしてきてすぐに立ち止まってフリーズした。
あまりに動かなかったためもしかしたら時間でも止まったんじゃないかと錯覚するほどだった。
それからエレインさんもやってきて同じようにフリーズした、もしかしたらそこに何か特殊な結界でもあったのだろうか。
その後他のクラスメイトたちも気づき俺はあっという間に囲まれた。
「アスカ、お前……お前ぇ!」
「レーゼ近い近い! あとエレインさん目ぇ怖っ!」
「フラン先輩とですか!? そうに決まってますわ!」
「おち、落ち着いて」
興奮状態のエレインさんは机を叩いてずいっと顔を俺に近づけてきた。
「今日、家お邪魔してもいいですか!? いいですわね!?」
「は、はい……どうぞ」
「熱心だなエレインは」
「レーゼ、あなたもですわよ!」
「え、なんで?」
「いいから行きますわよ!」
それから先生も入ってきて同じように俺をみてフリーズしたと思ったらハッと我に返って「おめでとう」と言ってくれた。
そして今日一日、俺は時の人となった。
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「ただいま帰りましたー」
「お! おかえりアスカ」
「フランせんぱーい!!」
「おわっ! エレインか、どうしたどうした、遊びに来たか?」
「結婚したって……結婚したって聞いてぇ!!」
「え、あ、あはは……まぁ、な?」
「おめでとうございます、幸せに!!」
エレインさんは泣きながらフランさんに抱き着いて祝っていた。
一体彼女の情緒は今どうなっているんだろうか。
レーゼも若干引いている。
「そっちの子はこの前のか」
「あ、はい。お久しぶりです。ご結婚おめでとうございます」
「ありがとよ」
『む? 客人か?』
その時、ひょっこりとアイリが顔を覗かせた。
それを見たエレインさんは「あー!!」と大きな声を出して驚きアイリを指差した。
アイリは少々訝しげな表情をして「あぁ、あの時の」とあっけらかんとしていた。
エレイさんがフランさんの前に立って戦闘態勢に入るとアイリは笑った。
何故笑うのかとエレインさんが問うとフランさんはエレインさんをなだめて事の全てを話した。
それを聞き終わるとエレインさんはぽけーっとして分かったような分かっていないような顔をしていた、恐らく分かっていないはずだ。
「つまりなんやかんやあって害はないから住んでも大丈夫、っていうことでいいのアスカ」
「噛み砕くと、そう言うことかな」
一方で思いのほか飲みこみの良いレーゼは自己解釈で容易に受け入れていた。
立ち話もなんなので二人を連れてリビングへと案内した。
二人とも普通にくつろいでくれておりリラックスしている様子だった。
そうこうしているとコンコンと玄関から人の声が聞こえた、どうやら誰か尋ねてきたようだ。
アイリがそれに出るとすぐさま戻ってきて俺に『ご指名が入ってるぞ』と短く告げた。
誰だろう、この世界での知り合いなんて忘れるほどで来ていないはずなんだが。
「はい、どちら様で―――――」
「あぁどうも、お久しぶりです。元気でしたか水瀬さん?」
「――――す、か………って、あああああああああああああああああ!!!!」
「うわっびっくりした! 急に大声出さないでくださいよ」
むしろ大声を出すなと言う方が難しい。
そして驚きもするだろう普通は。
なんてったって、今俺の目の前にいるのは俺をこの異世界に突き落としたというか蹴り飛ばした張本人。
天使さん本人だったのだから。
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『粗茶だが』
「いえお構いなく、どうも」
ズズズとお茶を啜る天使さんはほっこりとした表情をしてほぅと息を吐いた。
エレインさんとレーゼの二人は勿論面識はないため若干気まずそうにしているが俺がこの人のことを説明したら「あぁ……そういう……」と何とも言えないリアクションをしてくれた。
「にしても……まさかまた会えるとは思ってませんでしたよ」
「私も基本的にはあそこから他の世界へと出向くことはないんですがね、結婚祝いに来ました」
「え、なんでそれを」
「私にはこの世界に転送させた人たちを監視……もとい観察する権利がありますので。昨晩の営みも覗かせてもらいました、初めてにしてはお二人とも中々に激しかったようで……」
「おうこら変なこと口走んじゃねぇよ!!?」
「失礼」
いきなりなんっつーことを言いだすんだこの人は、後ろから殺気が来てるじゃないか。
てか結婚祝いに来たって……そんな簡単に来れるようなもんなのか。
まぁこっちに来た時もある意味扉一枚隔ててただけだったからな。
「あぁそうだ、一つお伝えしておこうと思っていたんでした」
「ん? なんですか?」
「近々超大型の魔物が現れることでしょう、くれぐれも死なないように」
「え、あ、はい………それだけ?」
「それだけです。今日は本当にお祝いに来ただけですから」
最後に天使さんはこの世界には似つかわしくないご祝儀袋を渡して帰っていった。
俺は少し動揺しながらありがとうございますと言って、最後にどうしても気になったことを質問した。
「あの、最後に」
「なんですか?」
「名前……なんていうんですか? 勝手に天使さんって呼んでるんですけどそれじゃあれかなって……」
天使さんは「んー……」と立ち止まって少し考えた後、「天使さんでいいですよ」と言って去っていった。
祝儀袋の中には金貨が十枚と中々に太っ腹な額が入っていた。
それからして夕方ごろまでエレインさんとレーゼは居て、なんだかんだでアイリと打ち解けてくれていたようで安心した。
と言っても、レーゼの方は最初から仲良さそうにしていたが。
それから数日後、フランさんとアイリと三人で冒険者ギルドに向かった時のことである。
突如としてギルド内に緊急警報が流れ、場は騒然とした。
どうしてこうなったのか、理由は単純明白。
天使さんの言葉がその通りになったのだ。




