第二十八話 未来の価値
「………アスカ」
「こんばんは。フランさん、さっきぶりです」
パーティー会場にいた貴族たちはすでに散り散りになっていた。
去った後には無造作に置かれたシャンパングラスや取り残された食事などが虚しさを醸し出していた。
フランさんはウェディングドレス姿でへたりと座り込み俺をどこか驚きながら見ていた。
そんなフランさんの姿を見て、俺はそれっきり何も言えなかった。
「何黙ってんだよ、元気ないな」
「……………」
「おいアスカって、聞いてんのか?」
「………………」
その時、奥でへたり込んでいたシャルルさんがゆらゆらと立ち上がった。
その顔は絶望に満ち溢れ、俺を見つけると今度は怒りや恨みなどの負の感情で一杯になっていた。
まぁ、それが道理だろう、それほどのことをしたのだ俺は。
シャルルさんは腰に携えていた両刃剣を構えて俺に向かって叫びながら殺気を纏って突進してきた。
「死ね死ね死ね死ね死ねぇぇぇぇ!!!!!!!!」
「兄貴、やめろ!」
「………」
俺は右手でクイクイとシャルルさんを挑発した。
するとシャルルさんはそれに面白いくらいに反応して剣を大きく振り回した。
だが怒りと力任せでは当たるものも当たらない。
俺は簡単にその全てを躱すと腹部目がけて正拳突きをかました。
シャルルさんは今まで何度見ただろうか、一直線に壁まで飛んでいき激突してすっかりのびてしまった。
俺は服の汚れを払うと再びフランさんに向き直った。
「………外に、行きましょうか」
「あぁ……」
俺はフランさんの手を取って城の外へと飛び出した。
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「ここまで来れば誰にも聞かれないでしょう」
俺はウルズ街が一望できる展望台にやって来ていた。
最近見つけて人も少なかったためこれは良い場所だと思って覚えておいた場所なのだ。
フランさんはドレスを引きずらないようにしながら鉄柵から身を乗り出して街を眺めていた。
「はぁ~……綺麗なもんだなーこの街も。こんな場所あるなんて知らなかったぞ!」
「そう、ですか」
「………さっきから暗いな。気にすんなよ、あたしはむしろあんなのと結婚しなくてよくて感謝してるんだ」
そう思ってくれているのなら良かった、でも、うん、決めた。
俺は深呼吸をしてフランさんの名を呼んだ。
「フランさん!」
「な、なんだよ……おっきい声出して」
「今日で、パーティーを解散しましょう」
「………………え?」
うん、そりゃ驚くよな。
フランさんは鳩が豆鉄砲を食ったような表情をして俺を見た。
そして俺の肩を掴んで力いっぱいに揺らし始めた。
「ど、どういうことだよ!!? なんで、急に!?」
「………俺はねフランさん、あんなことをしたんですよ」
「だからそんなの気にしてないって―――――」
「そういう問題じゃないんです。あんな大掛かりなことをしたんです、俺は間違いなく国中から目を付けられて貴族や王族の人たちからも危険人物視されるでしょう。そんなやつと王族であるフランさん………あなたが俺と一緒にいるのは、あなたの評価にも繋がります。あなたにも………迷惑がかかるんですよ」
正直言って俺は泣きそうだった。
こんなこと言いたくはない、もっとフランさんと一緒にいたい。
でも――――
俺はフランさんに、この街から出てどこか違うところで暮らすと伝えるとフランさんは「だったら、あたしもお前と行くから!!」と言ってくれた。
その一言がどんなに嬉しかったか、とてもじゃないが言葉に表せない。
しかし俺の我儘にフランさんを付き合わせるのは申し訳ないし、フランさんにはフランさんの生活がある、そしてフランさんには幸せを享受する権利と義務がある。
俺は一切の自分の胸の内を明かした。
何一つ隠すことなくその全てを。
俺は全てを話し終えると早々とフランさんの目の前から立ち去ろうとして背を向けた。
しかしその直後、後ろから怒号が聞こえた。
「…………ふざけるなっ!!! 何自分だけ格好つけて消えようとしてんだ!!」
「……」
「あたしの迷惑になるだぁ!? んなもん、お前の勝手な思い込みじゃねぇか!! お前まで………お前まで、昨日の兄貴みてぇに、あたしの未来を決めちまうのかよ!!?」
「………それは」
俺は何も言い返せなかった。
そしてフランさんは畳みかけるように俺に言った。
「いいか! もしお前があたしのことを間違って認識してんならここではっきりと言っておくぞ!! あたしはな、人の視線なんかどうだっていいんだよ、ただお前と一緒にいられるならそれで、それでいいんだよ!! だからさ………だからさぁ………」
そしてフランさんはボロボロと大粒の涙を流しながら弱々しく笑って言った。
「だからさ………そんな悲しいこと言わないでくれよ」
「……っ!!」
その瞬間必死に堪えていたものが決壊した。
フランさんにつられてしまい、俺もボロボロと大粒の涙を流してただただ謝ることしか出来なかった。
もう一体何が正しいのか分からなかった、だからもう考えるのもやめた。
自分の気持ちに素直になればいいのではないかと思ったからだ。
情緒不安定なのは自分でもわかっている、でも仕方ないじゃないか。
フランさんは泣きながら笑い、俺もつられて笑った。
思えばいつだって俺はこの人の後ろをついて行っていただけなのかもしれない、自分の力で奮起したのはもしかしたら今回が初めてだったかもしれない。
この後俺はどうすればいいのだろうか。
夜景を背景にロマンチックなこの状況で告白でもしたらいいのだろうか、別に勢いに身を任せてしまってもいいような気がする。
きっとこの人はそんな突拍子もないことを言ってもきっと受け入れてくれるのだろう、でもその優しさに甘えるのはちょっと違う、この場面は俺が勇気を出さねばならぬ場面だろう。
「いいんですか、こんなのと一緒にいて」
「あたりまえだろ? なんなら、キャメロットの名が邪魔なくらいだ! あたしの家はいつものあの家だけだよ」
「…………」
「なんだまた黙って、何か言いたいことがあるなら言ってみろよ、ほれ」
「じゃあ、キャメロットの名を棄ててください」
「お、おう?」
実際問題、いつ渡そうか悩んでいたんだ。
情報屋さんから情報を色々と貰ったときにお返しに商品を買っていったんだ、まさかあんなものまで売っているとは思わなかったけど。
俺はひざまずいてポケットから小さな箱を取り出した。
紺色で、立方体の箱を。
俺は箱を開き、中にある銀色の指輪をフランさんに見せた。
「これからはフラン・キャメロットではなく、ちょっと語呂は悪いかもですが、フラン・ミナヅキとして生きてください」
「それ、って、まさ、か…………!」
「フランさん、俺と、結婚してください」
その後の事は、まぁ、あまりよろしくないのだが緊張と「もし断られたらどうしよう……」という不安感で一杯で記憶があやふやになってしまっていた。
だがはっきりと覚えているのはフランさんが頬に涙を伝わせて何回も目を擦って赤くして返事をくれたことだ。
「はい!!」というその時の心境で一番言って欲しかった言葉を言ってくれたことだけは鮮明に覚えている。
その後指輪を俺がフランさんの左手の薬指に嵌めて、フランさんがウェディングドレス姿のまま、まるで宝石を見た子供のようにその場でクルクルと回ったり月の光に照らしたりしてとても嬉しそうに喜んでくれていた。
その姿を見ただけで俺はもう朽ち果てても構わないとさえ思った、それほどまでに嬉しかったのだ。
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『……ん、帰ってきた』
「あら、おかえり二人とも……って、何か良いことでもあったの? 二人して嬉しそうに」
『クルツ、フランの左手』
「左手………あぁ、そういうこと。おめでとう二人とも」
『おめでとう。クルツ、今日は泊まらせてもらっても良いか?』
「ええ勿論、折角の新婚初夜を邪魔しちゃいけないものね」
アイリとクルツの二人はアスカとフランが帰ってきて事の次第を察すると早々とフラン宅から去っていった、「お幸せに」という言葉を二人揃って残して。
アスカとフランは緊張と色んな感情で汗をかいてしまい別々にシャワーを浴びた、最初にフランでその後にアスカという順番でだ。
アスカがシャワーを終えて着替えるとフランはアスカを手招きして自分の寝室に連れて行った。
そしてアスカを自分のベッドに寝かせて「今夜は寝かさねぇから覚悟しろよ」と言った。
そこから先は想像にお任せするとしよう、語るべきことではない。
いつのまにか寝てしまった二人、次の朝アスカが起きるとフランがアスカのワイシャツを着て暖かい飲み物を淹れてくれていた。
「へへっ、ちょっと借りてるぜ」
「……フランさん」
アスカは寝ぼけ眼を擦りながら微笑んで言った。
「おはようございます」
「おう、おはよ!」
何気ないいつも通りの日常の始まりの挨拶。
しかしその朝だけは何故だか特別に思えたのだった。




