第二十六話 王族
開いた口が塞がらないとはまさにこの事だ。
いや………え?
現役の王女様って言った……?
現………役………王女………様……………HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!
「もーまったくフランさんったらご冗談を……………え、本当ですか?」
「…………うん」
なぜそこで顔を赤らめるんだあんたは!?
なんだ? 自分の恥ずかしい過去を暴露しました的なテンションで言いやがって、そんな軽い感じのカミングアウトではありませんがなにか!?
よし、まずは落ち着け俺、落ち着くんだ相手はあのフランさんだ。
とにもかくにもまずは事情を聞かなければ話は進展するまいて。
「話を整理させてください……つまりどういうことですか?」
「まぁ、簡単に言うとな? 私は王族のキャメロット家の長女として生まれて王女に即位したんだ。上には兄がいて見りゃ分かったと思うけど王子だ」
「それで?」
「そんでキャメロット家の人間ってのは代々魔力とか戦闘センスとかが良いんだけど、クルツから前に聞いてたと思うがあたしはそういうのに全然恵まれなくてな。それが嫌で家出してきて冒険者になったんだけど王女の位だけは妹もいないしそのままになってるって訳なんだよ」
ということはいつでも王女に戻れるということなのか?
話を聞く限り勘当されたわけでもなさそうだし、やってることは冒険者だけど家柄自体はそのまんまだから………ややこしいな。
「話が長くなるから後でゆっくり話すよ。それよりこの後の事だ」
「外堀から埋めに来られたわねフラン? どうする? 行くの?」
「行かなきゃならなくなっちまった、が正解だ。お前らも来るんだぞ……つっても、アイリはちと厳しいな」
『……その心配ならいらない』
アイリはそう言って一度家の中に戻り、たった数秒でまた出てきた。
だがその時の姿はまるで別人、というよりどうみてもアイリではなかった。
褐色だった肌は雪のように白く、眼は緋色、髪の色こそ銀髪で変わりなかったが俺たちは我が目を疑った。
「……誰?」
『私だ。なにをそんなに驚いている』
「だって………別人すぎるだろ」
『当たり前だ、変装したのだから』
「変……装……?」
『私は傭兵業を主としているが暗殺の依頼も過去に幾つか引き受けたことがあってな、その時に身に付けた』
やっぱ異世界頭おかしいわ。
数秒で変装完了するとか、もうそんなの早着替えマジックじゃないか、面白いな。
ともかくまぁ、これで全員パーティーに怪しまれずに出席できるというわけか。
あの時、フランさんのお兄さんはアイリがいたにもかかわらず平然としていたから顔とかもあまり見ていないのだろう。
「幸いパーティーまで時間はある、それまで適当に過ごそうや」
「そうですね」
「ならドレスでも買ってこようかしらね、あなたも来ない?」
『……そうだな、行こう』
「だったらアスカも連れて行ってやってくれ。あたしは…………城で待ってる」
フランさんはそう言ってヒラヒラと手を振ってそそくさと歩いていってしまった。
俺はクルツさんとアイリの後に次いで服屋へと向かい、そこでタキシードを買った。
そして――――――
△▼△▼△▼△◆△▼△▼△▼△
カチャァン…………!
「あら――――家の! ご無沙汰ですわね、しばらく見ていなかったものですから没落したのかと!」
「そちらは―――――家の奥様ではありませんか! 旦那様の稼ぎを貪り潰してよく生きていられますわね、恥という概念がないのかしら?」
「あ?」
「あぁ?」
俺の知ってるパーティーと違う、貴族の関係がギスギスしすぎてる。
えっなに、たまにファンタジーものの作品とか読んでると貴族階級の人たちの仲悪いっていうのよくあるけどこんなにダークな感じなのか!?
大変なんだなー、身分階級って……。
「おいなに突っ立ってんだよ」
「あ、すみませ…………って、えっと、フラン……さん?」
「あんだよー、なんか文句あんのかー?」
「いや……文句っていうか…………凄い変わりましたね」
生まれて初めてのこんな豪華なパーティーで呆然と立ち尽くしているところへフランさんが背後から声をかけてきた。
フランさんだとは分かったのだが、髪型も下ろしてウェーブがかかっているしドレスも赤を基調としたハイスリットだし化粧とかアクセサリーも付けてるからパッと見で誰だか分からなかった。
なんか………これはこれでいいな、いつもと違うフランさん、良い。
「似合ってますよフランさん」
「あたしとしてはさっさと脱いで化粧も落としたいんだがな……こういうのは柄じゃねぇんだ昔から」
「そんな感じします」
そこへクルツさんとアイリも合流し、アイリは皿に料理を盛って黙々と食べていた。
初めて会った時はクールで冷静沈着なカリスマ的な奴だと思っていたが、思いのほかポンコツチックなところがあるらしい。
それにしても化粧や身なりで女性の人は化けると昔に聞いたことがあるが………あまり馬鹿には出来ないものだな。
パーティー開始から小一時間ほど経っただろうか、突然会場の明かりが消え、ステージだけがスポットライトによって照らされた。
そこに立っていたのはフランさんの兄のシャルルさんだった。
「皆さま、今宵はこのパーティーにお集まりいただき誠に感謝します。どうぞ最後までお楽しみください。そして………なんとこの度は私の可愛い妹、フラン・キャメロットが数年ぶりにこのキャメロット家に戻って参りました!」
次の瞬間、フランさんの上にだけ明かりがつけられ、それはまるでこの場にはキャメロット兄妹しかいないような演出だった。
フランさんは目立つのが嫌なのかため息を吐き、シャンパングラスの中身を一気に飲み干した。
なおもシャルルさんの話は続いた。
「それともう一つ………皆さまご存知の通り我が妹のフランは現役の王女であります、故に、許嫁なるものは当然ございます………しかしフランはキャメロット家に反発し家出してしまい、婚約も破棄されました………ですがなんと! 今回フランが戻ってきたとの知らせを受け、許嫁でありますクラル王国の王子ブラッド・クラル様が今この場で、婚礼の儀を執り行いたいと仰いました」
その一言で会場はざわつき、フランさんは困惑した表情を見せた。
シャルルを除く会場にいる誰もがこれから起こる胸騒ぎを予感していた。
そして運の悪いことに、それは見事に命中した。
ステージの袖から件のブラッド王子が現れ、パーティー会場はどよめきに包まれた。
なおもシャルルさんは喋りつづけた。
「さぁフラン、壇上へ」
「ふ、ふざけんな!! あたしはそんなこと聞いてねぇぞ!! それに、あたしの婚約はこの家を出た時に破棄されたはずだろうが! 何で今更――――」
「俺が決めた」
「………はぁ? どういうことだよ」
「いい加減、王女としての責務を果たせ。それがお前の役目だそれに………もう十分自由の身になっただろう?」
「っざっけんな!!! 最初っからおかしいと思ってたんだ、何の連絡もよこさねぇくせに今日に限ってはいつもと違うんだから……っておい! なんだお前ら、ちょっ………離せ!」
「フランさん!」
暗闇を利用して気づかれないようにしたのだろう、黒服の男たちがフランさんを拘束し始めた。
俺はすぐさまフランさんに手を伸ばしたが物理的に阻まれてしまいフランさんを連れて黒服の男たちは壇上へと真っすぐに向かっていった。
こうなったら能力を………そう思った矢先、一人の女性が黒服たちの前に立ちはだかった。
「……アイリ?」
「そこをどきたまえ」
『………』
「もう一度言う、そこをどきたまえ。次はないぞ」
『………』
「分かった。お前、この女性をどかせ」
「はい」
黒服の一人が部下に命令してアイリを力づくでどこかへやろうとしたがアイリは軽々と男をねじ伏せて地に叩きつけた。
それにより黒服たちは戦闘態勢に入ったがアイリは冷静さを欠いてはいなかった。
『残念だが、こいつは渡せない』
「……お前」
アイリは変装を止め、本来の姿を曝け出した。
それを見た黒服や貴族たち、そしてシャルルさんやブラッド王子は目を見開いて驚いていた。
「貴様っ、エトランゼか!?」
『それがどうした』
その瞬間、アイリがこちらをちらりと見て頷いた。
俺にはそれが、アイリからのメッセージに思えた。
『逃げろ』
俺にはそう言っているように思えて仕方がなかった。
俺はすぐさまノーネームでフランさんのところへと向かった。
あと一歩、それで指先が触れようとしたが見えない壁によって阻まれてしまった。
「…………っ!!」
「結界魔法……兄貴っ!」
「フランをこちらへ連れ、その無礼者を捕らえよ!」
「ちぃっ!」
俺とフランさんの距離が離れる直前、俺はフランさんと目が合った。
その時、お互いの考えが一致した気がした。
漠然として何の確証もないただの直感だった、だが俺にはそう思え、俺はアイリとクルツさんを連れてパーティー会場の隅に避難した。
「申し訳ないブラッド殿、今すぐに儀を行うことは難しいかと……」
「余は構わぬ。日を改めよう……明日、執り行う」
「構いません。お前たち、早くその無法者共を捕らえぬかっ!」
「アスカっ!!!」
「……………」
俺は二人を抱えて、城の窓から飛び降りた。
そのまま家まで帰り、呼吸を整えながら二人を解放した。
『……なぜ逃げた』
「…………」
『答えろ、なぜ逃げたのかと聞いているのだ!』
「…………」
「……いくらなんでもあの場で無茶をするのはリスクの方が大きいわ。撤退して正解よ」
『お前たちはそうやって仲間を見捨てるつもりか? あの時のあいつの顔、あれはどう見ても望まぬ結婚をすることに覚悟と悲哀を宿していた目だ。確かに私はお前たちと敵対関係にあったし出会ってから日もそれほど経たぬ………だがあそこであっさりと引き下がるほどの軟弱者だとは思わなかったぞ』
「……れよ」
『……何か言ったか?』
「黙れと言ったのが聞こえなかったか、阿呆が!!!」
『っ!』
つい怒鳴ってしまった。
俺だって、フランさんにあんな顔されておいそれと引き下がりたくはなかった。
だがあそこではああするしかなかった。
だが――――――
「―――――俺が何のアイディアもなしに引き下がったと思うか?」
『……どういう意味だ』
「そのまんまだ。俺は今、心の底から怒っている、憎悪に支配されかけている、やれるものなら今すぐにでも戻ってあそこにいた奴らを殺してやりたい………………だが、それだけじゃ足りない」
そう、足りないのだ。
今の俺の怒りは単純な暴力では解決できない、もっと根本的なところまで、表面上を殺すのではなく、信頼関係や築き上げてきた地位や名誉をシュレッダーにかけるような徹底的な暴力で無いと解決できないのだ。
俺は二人に手招きして、笑った。
「二人とも、耳を貸してください。フランさんを奪い返す策があります」




