第二十二話 絆
「すまない……」
アイリたち異邦人が去った後、フランさんは開口一番に俺に謝った。
一体何に対して謝っているのか俺には全く分からなかった、別にフランさんに不満もないしどうしたのだろうか。
フランさんは俺がなぜ謝るのかを聞こうとする前に自分から語り始めた。
「今の戦いに手を貸せなくてすまなかった……」
「……あぁ、そんなことですか。俺は何も気にしてませんし、むしろフランさんに怪我がなくてよかったですよ」
「アスカは、どんどん強くなっていくな。初めて会った時は別人だ」
「なんですか、急に? もしかして、さっきあいつが言ってたこと気にしてるんですか? あんなの、あいつが勝手に判断したことです、フランさんはお強いですよ」
そう、あいつが言ったことは間違っている。
フランさんが弱いなんてことは決してない、この人が居なければ俺は今頃一人で虚しき生きていっていただろう。
この人は、この世界での俺の光なのだ。
「フラン先輩! 無事ですかー!?」
「……エレイン」
分断された土壁の向こうからアダムとエレインさんがやって来た俺とフランさんの安否を確認した。
二人の様子を見るとあっちもやはり逃げられたみたいだ、それでもまぁ、無事で何よりだ。
俺たちは一度冒険者ギルドに戻って事の次第を伝えるとすぐさま調査隊が被災地へと向かっていった。
「とりあえず一段落ですわね」
「みたいだな。アスカ君、腕の方は大丈夫なのかい?」
「これくらいなら大丈夫」
「………」
「どうしたんですかフランさん、まだ気にしてるんですか?」
その言葉が軽率だったのだろうか、フランさんはガタッと立ち上がって何も言わないままやや強引に依頼書を掲示板から何枚か持ってきて一人で行ってしまった。
俺は呼び止めたがフランさんはまるで聞く耳を持たずあっという間に姿が見えなくなってしまった。
「ノーネーム」を使って高いところから虱潰しに探していけばすぐに見つかるだろう、でも俺はそうしなかった。
そうしない方が、良い気がした。
理由は俺にも分らない。
結局、俺は一人でフランさんの家に帰り、フランさんが返ってくるのは夜になってからだった。
△▼△▼△▼△◆△▼△▼△▼△
コンコン……!
「誰だろ、フランさんかな……」
夜、二十二時近かっただろうか。
玄関がノックされる音が聞こえ、俺はリビングからそちらへと向かった。
鍵を開けて戸を開けるとそこにはクルツさんがいた。
「こんばんは」
「クルツさん、どうしたんですか?」
「ちょーっとね。送り届けに来たわ」
クルツさんの背中にはフランさんがおぶさっていた。
フランさんは酔い潰れたみたいに「う~………う~……」と呻きながら目を瞑っていた。
どこで何をしていたのかは知らないが、ひとまず知り合いに運ばれてきたのは幸いだった。
「どうぞ入ってください。今お茶出しますんで」
「あら、ありがとう。お邪魔するわ」
クルツさんはソファーにフランさんを横にして近くにあった毛布を掛けた。
俺はクルツさんに温かいお茶を、フランさんに水を出した。
フランさんは相変わらず呻いていたが、その一方でクルツさんはあまり変わらなかった。
「すみません、フランさん送っていただいて」
「いいのよ、友人を蔑ろには出来ないから。それに貴方の彼女、さっきまでずぅーっと依頼を請けていたのよ? 魔力が空になって倒れるまでずっと。おかげでランクアップしたみたいだけど」
「ずっとって……フランさんが依頼を請けに行ったのもう何時間前だと………!」
「その何時間前からずっとやみくもに受けていたんじゃないの? 私が来た時にはもうヘロヘロだったわ」
クルツさんはお茶を飲みながら淡々と自分の見たことを話してくれた。
異邦人たちと戦って帰ってきたのだって、まだ日の明るいうちだった、それからずっとってことはもう八時間以上戦いっぱなしじゃないか!
一体どうして。
俺はひとまずクルツさんに再度お礼を言った。
クルツさんはフランさんの方を一瞥すると、やや重々しい感じで話し始めた。
「あなたたちって、本当に似た者同士よね」
「……なんですかいきなり」
「途中からフラン一人で戦わせるのは危険だから私も参戦したんだけどね? フランに聞いたのよ、どうしてこんなことしているのかって。どう答えたと思う?」
「……………どう、答えたんですか?」
「『アスカの足手まといになりたくないから………』ですって」
俺は驚きを隠せなかった。
やっぱり、フランさんはあの時アイリに言われていたことを気に病んでいるみたいだ。
クルツさんは話を続けた。
「ここに来る途中にあなたのお友達に会ったわ。名前は確か……エレインって言ってたかしら」
「エレインさんが……」
「あの子、フランの事慕っているのね、凄い心配していたわ。私が経緯を話したらエレインちゃんは『まるでアスカみたいですわ』って言っていたわ」
「俺みたい?」
「ちょっと立ち話してあなたのことを色々聞かせてもらったわ。この世界とは別なところから来て、元の世界では自殺未遂して結局殺されて、驚くほど自分に自信が持てなくてフランの足枷だと思い込んでいる……ってね」
エレインさんめ……結構話したな?
でもまぁ別に転生してきたこと自体はもうどうでもいいと思っているし過去のことも……気にしていないと言えば嘘になるがだいぶ楽になってきている。
強いて言えば、あれから天使さんが一回も現れないのが残念なくらいだ、もう一度くらい会ってみたい。
それからクルツさんはエレインさんと別れた後にアダムとも会ったと言った。
アダムはあの日、トーナメントバトルが終わった後に話したことの一部を話したらしい。
クルツさんはお茶を飲み干すと「一つだけ言っておくわ」と真面目なトーンで言った。
「あなたたちは二人とも、大きな間違いをしているわ」
「大きな……間違い……?」
クルツさんは一度深呼吸をした。
「あなたたちは二人ともが、お互いにお互いの足を引っ張っていると思っている。あなたはフランに世話になりっぱなしだと思っていて、フランはあなたの力にもうなれないのではないかと思ってしまっている。でもそれは間違い。欠点のない人間なんて絶対にいないわ、たとえ誰かに迷惑をかけているのかもしれないと感じていてもそれは必然のことであって、一時的に自分のことを悔いたり呪ったりすることはあるけど、騒動が終わってから永続的に悲観するようなことなんかじゃないのよ。それに、あなたたちは出会ってその日から一緒に暮らし始めていつも一緒にいるのよ? 初めからあなたたちは出会うべくして出会って、なるべくしてなって、今こうしてパートナーとしてやっていけている。だったらもう、それだけで十分じゃないかしら」
クルツさんは「お茶ご馳走様」と言って帰った。
しばらくリビングは静寂に包まれ、時計の秒針が動く音がやけに五月蠅く響いた。
「アスカぁ………………………いる……………?」
「………! はい、ここにいますよ。どうしましたフランさん」
静寂を切り裂くように、フランさんが弱々しい声で俺の名を呼んだ。
俺はフランさんの近くに行って返事をした。
フランさんは右腕で両目を隠すようにしていた。
「さっきのクルツの話………ほんとか?」
「……フランさんこそ」
「はは………ほんとに似た者同士なのかもなぁ……あたしたち」
「そうですね。クルツさんの言った通りなのかもしれませんね」
その時、なんでかフランさんの頬を水滴が伝った。
フランさんは右手をそのままにして、震えた声で、泣きじゃくる子供のように言った。
「なぁ………………アスカ………ひっく…………あたしたち…………まだまだ、弱いな………」
「なんで泣いてるんですか………………俺まで泣いちゃうじゃないですか………」
気づけば俺の頬にもフランさんと同じように水滴が伝っていた。
「あたしたち、まだまだ、やれるよな?」
「勿論ですよ。これからはもっと………もっともっといいパーティーになれます」
俺は声が上ずりながら確かな声でそういった、フランさんはようやく右手をどけて、涙で赤くなった両目で俺を見て「そっか………!」と柔らかく微笑んだ。
その後の記憶はおぼろげで、いつの間にか朝になっていた。
寝ぼけ眼で確認すると、俺はフランさんと抱き合う形で寝ていたみたいだ。
俺が起きるとフランさんも目覚めた。
「……おはよ」
「……おはようございます」
その日の目覚めはいつもよりスッキリしていた。
まるで重りが外れたみたいな、それほどまでに体が軽く感じられた。
フランさんから離れて、洗面台で顔を洗うと昨晩のクルツさんの言葉を思い出した。
「(今の状態で十分………か)」
顔を洗い終えて再びリビングに戻ると、フランさんはいつもより上機嫌そうだった。
髪を結んで、伸びをすると「よしっ!」と自分を鼓舞した。
「今飯作っから、ちょっと待ってな!」
「ご機嫌ですね、なんか」
「なんかもやもやが晴れた気がしてな。待ってろよ、すぐに追い抜かしてやるから」
フランさんはすたすたと俺の方へ来て右手を差し出した。
「これからも迷惑かけると思うけど、改めてよろしくなアスカ!」
「はい! こちらこそ、まだ未熟ですがよろしくお願いしますフランさん!」
きっと昨日まで俺とフランさんは本当の意味でのパーティーを組めていなかったのだと思う。
でも今なら分かる、理由なんてそんな理屈っぽいことは全然ないけど、確かに俺とフランさんの間に固い信頼関係が結ばれたような気がした。
それはフランさんも感じているはずだ。
「今日はじゃんじゃん依頼行くからな。ついて来いよ!」
「ええ勿論ですとも!」
今日この日、俺とフランさんは今までで一番充実した日になった。
この人と一緒にいることが嬉しくて楽しくて、それだけで全てが満ち足りた。
空は晴れ渡っていた。
次回から戦闘多めにする予定です。
あくまで予定ですが……(;´∀`)




