第十九話 異邦人
朝の冒険者ギルドはほとんど人がおらず物凄く静かなところだった。
受付の人も通常は五人以上いるのに二~三人程度しかおらず、ギルドの雰囲気がいつもと真逆だった。
しかし辺りを見渡しても俺とフランさんに依頼したクルツさんの姿が見当たらない。
「……いませんね。まだ来ていないんでしょうか」
「いや、あいつはああ見えて律儀な奴だからあたしらよりも早く来るはずなんだが……」
とりあえずテーブルにでも座って待っていようか、と決めて俺とフランさんは席に着いた。
そこへ受付の人が一人やって来た。
「すみません、アスカ様とフランさまで宜しかったですか?」
「はいそうですが」
「ではこちらへご案内します」
「あ、そうか。そういうことか」
「え? え?」
何やら案内されるということでフランさんは何かを察したらしいが俺には分からない。
俺はただただ受付嬢さんとフランさんの後ろをついて行った。
そして二階にある扉の付いた部屋へ案内されるとそこにはクルツさんと数人の男女がいた。
「あは、おはよー二人とも」
「回りくどいことしやがって、この時間帯なら下でもよかったじゃん」
「雰囲気づくりよ雰囲気づくり、適当に座って」
「あの……ここは?」
「そっか、アスカは初めてか。ここは複数のパーティーで依頼をする時の作戦会議室……みたいなとこだ」
部屋の中には円卓状のテーブルに椅子がある簡易なつくりだった。
俺とフランさんが席に着くとクルツさんは話を始めた。
「今日二人に手伝って欲しいのはこの依頼よ」
「なになにー…………この位の依頼だったらお前らだけでも十分じゃないのか?」
「それがそうもいかないの。ちょっとばかしおかしな噂が出回ってるのよ」
「おかしな噂?」
「そ。なんでも最近、よく分からない連中がその辺りをほっつき歩いてるらしくて今まで色んな冒険者たちが酷い目に会ってるのよ」
つまり不審者が出るということか。
フランさんは「なんとかなるんじゃねーの?」と比較的楽観的だった。
確かにそのよく分からない連中の情報がほとんどないのなら心配していても結局はどうなるか分からない。
ならある程度楽観的な方が良いのかもしれない。
クルツさんは「それもそうかもね」と立ちあがって、俺たちは早速依頼書の現場へと向かった。
場所自体は変な気配がするわけでもなく、依頼の内容もいたって普通の魔物討伐。
到着するや否や討伐対象ではない魔物たちがわらわらと群がってきた。
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「こちらは片付きました」
「こっちもよ」
目的の魔物の討伐を終えて俺たちは残敵の確認をしてホッと一息ついた。
「やっぱり噂は噂だったのかしらね、何もなかったわ」
「いいじゃないか、それで。お前の杞憂だったってことだよクルツ」
「そうね………でも少し物足りないわ~」
クルツさんは伸びをして退屈そうにそう言っていた。
しかしその背後からきらりと光る何かがクルツさん目がけて飛んでいくのを俺は確かにこの目で見た。
そしてそれと同時にクルツさんの方へと加速していた。
「っ!」
「きゃっ!」
女性らしい驚きの声を上げて俺に抱きかかえられるクルツさん。
俺は「え? え?」と混乱するクルツさんを抱えたまま先ほどまでクルツさんが立っていた場所を見た。
そこには細長い銀色の矢が地面に突き刺さっていた。
『ありゃりゃ~? ハズれちゃったかな~!?』
『だからもっと狙えって言ったんだ』
『へへへ、ごめんごめん』
森の奥から、長身の女性と小柄な女性の二人組がそんなことを言いながら現れた。
女性は二人とも褐色肌で髪は銀色、それでいて弓矢と剣を携えていた。
クルツさんのパーティーメンバーの人たちやフランさんはその二人を見るなり武器を構えた。
「……異邦人ね」
「エトランゼ?」
『んっふふ~? やっぱ私たちって有名人?』
『馬鹿なことを言っているんじゃない。構えろ、戦だ』
状況と会話から察すると、この二人の小柄な方がクルツさんを狙って矢を放った奴だろうと思う。
だがそれだけでここまで殺気立つだろうか。
仲間が殺されそうになったため激昂した、理由としては何一つ不思議ではないのだがこの人たちの殺意の雰囲気はそれとは違うものも入っている気がする。
俺はクルツさんを下ろしてガントレットに力を込めた。
全員いつでも戦える状態、だが誰も動かない。
そうこうしている内に長身の方の女性が考える仕草をして一言『撤退するぞ』と小柄な女性の方に言った。
小柄な女性の方は不満そうだったが『仕方ないかー!』とあっけらかんとしていた。
二人は自分たちの後ろに大きな黒い靄のようなものを作りだすとゆっくりと後退して靄の中に吸い込まれて消えていった。
フランさんたちはようやく戦闘態勢を解除して「ふぅ……」とため息を吐いた。
俺は迷わずフランさんに今の人たちの事について聞いた。
「フランさん、今の人たちは……?」
「……アスカは見るの初めてか、そうだよな、初めてだよな」
「………何ですか、そのらしくない答えは」
俺はフランさんの煮え切らない答えに半ば疑問を抱いていた。
いつもなら「あいつらは――――」みたいに普通に教えてくれるのだが、今回ばかりは何かわけが違う様子だった。
フランさんは少しの時間を空けてからようやく答えを教えてくれた。
「あいつらは通称、異邦人。この世界の敵だ」




