第十八話 ご指名
「……だろうね」
「冷静だね、もっと驚くと思ってたよ」
「まぁ、ね」
別に驚かなかったわけじゃない、納得できただけだ。
俺だってこの戦い方が良いものだとは到底思っていない、自分で言うのもなんだが腕はもうボロボロだ。
拳を振り上げるたびに、自分の腕が錆びた機械みたいに「ギギギ……」と音を立てるのが分かる。
能力を発動させている間は治癒力が上がるため傷の治りが早いが、その速度にも限界がある。
「分かっているなら、尚のこと戦い方を変えなきゃだめだと思うけどね」
「そう言われても、魔法も使えないしね」
「エレインから聞いたよ。それについては何とも言えないけど……もし何かあればほら、そのパートナー組んでいる冒険者の人だって心配するんじゃないのか」
「その時は俺から、切り捨ててくれって頼むよ。重荷を背負わせるわけにはいかないから」
「だとしても……!」
「あら、お二人でお話しですの?」
アダムが何かを言いかけたところでエレインさんがグラス片手にやって来た。
アダムは僅かな沈黙の後に「まぁそんなところ」と切り替えて話していた。
俺とアダムはエレインさんを交えてしばし談笑していると、今度はパーティーがお開きの時間になったようで、結局アダムの話は最後まで聞けなかった。
アダムは帰り際、後日改めて話の場を設けたいと言ってきたため俺は段取りはそちらで決めてくれて構わないと残し、フランさんの家に帰った。
「今何時だろ……フランさん寝たかな?」
俺はそんなことを考えながら夜のウルズ街を走り抜け、あっという間にフランさんの家に到着した。
玄関に手をかけて静かに開けようとした時、庭の方から何やら風を斬るような「ヒュン……!」という音が聞こえた。
気になってそちらを覗くと、そこには素振りをしてトレーニングをしているフランさんがいた。
「フランさん」
「……おお、アスカか。おかえり」
「こんな時間にトレーニングですか? 通報されますよ」
「されねーよ。別に大した理由じゃないから、気にすんな」
「そう言われると余計に気になりますが………」
「わりぃわりぃ。んで、トーナメントの方はどうだったんだ?」
「準優勝でした。あ、さっきまで打ち上げ見たいのやってて……」
「分かってる分かってる。あたし卒業生だぞ? お疲れ、色々と聞きたいけど疲れてるだろうから明日聞かせてもらうわ」
フランさんはそう言ってタオルで汗を拭いながら、シャワーを浴びに家の中へと戻っていった。
俺は特に気にすることなく、おやすみなさいと一言言って自室に戻り、就寝した。
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朝起きると、体が重かった。
腕を上げると痛み、とうとう腕がイカれたのかと思ったが痛みの感覚的にただの筋肉痛のようだ。
俺は全身筋肉痛の体をのそのそと起こして一回へと降り立った。
「おはようございます」
「おはよアスカ。なぁ今日って予定あるか?」
「いえ、特にありませんが……アカデミーも休みですし」
「じゃさ、デートしようぜ! ショッピングだ!」
「いいですよ」
俺たちは朝食を食べながら約束を交わし、後片付けをして着替えて、街へ出た。
外に出ると何やら視線を感じた、最初はフランさんに向けられたものを俺が過剰に反応してしまっていただけだと思っていたが、フランさんと入った洋服店の人に昨日のアカデミーのトーナメント戦のことをいきなり尋ねられた。
店員さんは結果まで知っていたようで、なぜそんなことを知っているのかと俺が聞くともう町中の人が知っているらしい。
無敵のアダムを打倒した「傷だらけの転校生」がいるという話がトーナメントバトルが終わってすぐに流れたというのだ。
フランさんに事実かどうか聞くと、本当のことらしかった。
昨晩フランさんはいつぞや俺を勧誘してきたあのクルツという人と酒場で飲んでいたようで、その時に知ったのだと言う。
「情報早くないですかね……」
「アカデミーの一大イベントだからなー、しかもアカデミー生徒の強さはその地域が将来どれくらいの戦力を持つかの目途になるから、結構王族たちはそういう話題が好きらしいぞ」
「それはなんというか、将来性のある話ですね」
「実際、アカデミーの功績が認められていい仕事につく奴はそれなりにいるからな。アスカもその内、どっかからスカウトされるかもしれないぞ」
「だとしても、冒険者やめるつもりはありませんけど」
正直なところをいうと、冒険者というのはかなりいい仕事なのだ。
確かに危険性は伴っているが、誰にも縛られることなく悠々自適に暮らせるのはかなり良いものだ。
ちょっと現代風に言うのならフリーランスという言い方がある種当てはまるだろうか。
俺とフランさんはショッピングを続けながら色々な店を周り色々と買い込んだ。
主に洋服や雑貨、その他戦闘に役立つポーションなどを予定していたよりも多く買ってしまったが、腐るものでもないのでこれはこれでいいだろう。
俺とフランさんは帰宅して、温かい飲み物を飲みながらまったりと過ごしていると家の戸を叩く音が聞こえた。
フランさんは飲み物をテーブルに置いて玄関の方に行った。
と思ったら俺を呼んでこっちに来るように手招きした。
そこには――――
「こんにちは、アスカ君」
「……確か、クルツさんでしたっけ?」
「あら覚えててくれたのね、嬉しいわ。ほんと、いいパートナーを持ったものねぇフラン?」
「何の用だよ。またこいつのこと勧誘しに来たのか? やらんぞ、アスカはあたしのだ」
「フランさんその言い方は語弊が……」
「………ふ~ん? あらあらあら、まだ進展はなしと」
「余計なこと言うなっつーの! で、本当に何の用だよ?」
なんだろこのフランさんの慌てよう、何かあったのかな?
クルツさんはクルツさんでくすくすしてるし。
俺がフランさんの横でそんなことを考えているとクルツさんはようやく本題に入った。
「そうそう、二人には今抱えてる案件を手伝ってほしくて来たのよ」
「案件? なんだ、変な依頼でも引き受けちまったのか?」
「まぁちょっとね。情報が色々と違ってて厄介なことになっててさ、報酬はちゃんと支払うから手伝ってもらえない?」
「別にあたしはいいけど……アスカどうだ?」
「俺も構いません。手伝います」
「ありがと、頼りにしてるわ二人とも。じゃあ明日八時、ギルドに集合ね」
クルツさんは手をひらひらと振って、帰っていった。
そして翌日、俺とフランさんは朝から冒険者ギルドへと出向いていた。