第十五話 焦り
俺がアカデミーに入学してから早一カ月が経った。
当初は右も左も分からなかった俺だが今はある程度慣れてきて友人も男女問わず増えてきた。
学校なんて良いものではないと思っていたが、環境が変わるとこんなにも違うものなのか。
「アスカー? なに黄昏てんだー?」
「あ、レーゼ」
「あ、じゃないって。どしたの」
「いや? ちょっと思いにふけっていただけ」
「ふーん」
中でもよく話すようになったのがこのレーゼ・ミドラーシュで、今では軽口を叩けるくらいに話している。
そしてエレインさんだがどうやら「生徒会」に入っているらしく普段から忙しそうにしている。
「そういや次の授業ってなんだったっけか」
「訓練だろ確か」
「訓練か………うん、いいね」
俺には魔法の適性がない、というかそもそも魔法を放つための魔力がないため絶対に使えない。
魔法の訓練をする授業があるのだが、それはいつも欠席・もしくは見学扱いになっている。
しかしその代わりに近接訓練を裏で入れてもらっており、格闘戦の技術だけは向上している。
そして魔法と格闘戦の両方を組み合わせた授業が訓練系の授業では一番多く、その授業で俺は毎回上位の成績を残している。
自慢じゃないが、大抵の相手なら薙ぎ倒せる……と思っている。
勿論魔法を遠距離から放たれたらやりにくいし何より攻撃が当たらない、まぁその場合は無理やりに間合いを詰めて殴るだけの簡単なことなのだが。
「にしてもお前さ、よくそんな体で授業受けられるよな」
「………もっと鍛えた方が良いかな、やっぱ」
「いやいやそうじゃなくて………」
これ、とレーゼは包帯が巻かれた俺の両手を持ち上げた。
包帯は両腕だけじゃなく制服で隠れているが俺は今胴体とふくらはぎ辺りにも包帯を巻いている。
「お前………保険医からドクターストップかけられてんだろ? エレインから聞いた」
「…………まぁ、うん」
「お前がどんなに早く動けても絶対に躱せるわけじゃないんだろ。防御魔法を張れなきゃダメージはそのまんま、アスカがどれだけ鍛えててもどんなに低級の魔法でも生身で受ければそれなりのダメージが――――」
「――――いいんだよ、それでも」
一般に攻撃に使用される魔法は攻撃魔法、防御に使われる魔法は防御魔法、それ以外は用途に応じて呼び名が変わるが大体その二つに分けられている。
そして攻撃魔法は防御魔法で防御せずに生身で受けると、魔法を受けた本人の魔力量に応じてダメージが入るようになっているのだ。
一般の人たちは必ず魔力を体に宿しているが俺の体の場合は魔力の概念そのものがなく、全て等倍フラットのダメージが入っている。
この状態ではどれだけ低級の魔法でも直接ダメージが通る、ちなみに魔法のダメージは基本的に物理攻撃よりも遥かに高い。
そのことに関して、フランさんにも説教された。
それはもうこっぴどく怒られて、心の底から申し訳ないと思っている。
「でもいいんだよ俺はこれで」
「………なーにがそこまで駆り立てるんだか」
「俺の取柄は、このアビリティしかないから。これのおかげで、パーティーだって組めてるんだし」
「………お前」
「……そろそろ授業始まるな、さっさと行こう」
俺はレーゼの話を遮って、訓練が行われる場所へと向かった。
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「それじゃ、解散。また明日な」
今日も、いつも通り授業を最後までちゃんと受けて俺は放課後の時間に突入した。
俺はその足でギルドへと向かい、生活費を稼ぐために依頼をこなした。
あんな広い家にタダで住まわせてもらってるからな……せめて自分の生活する分とか食費とか雑費とかその他色々……それくらいは稼がないと。
そうしてたんまりと換金してもらい、俺はそれからフランさんの家へと帰った。
「ただいま帰りました」
「……おう。おかえり」
「どうしたんですか? 暗いですよ?」
いつもとは違い、どこか暗い雰囲気のフランさんに、俺はそう笑いながら質問した。
フランさんは無言で近づいてくる、俺はその時のフランさんの顔が怒っているのを確かに感じていた。
そしてフランさんは俺の腕を掴んでこう言った。
「……また、ぼろぼろになってんじゃねぇかよ」
「………すみません」
「前にも言ったろ、少し休めって」
「………すみません」
「………何を生き急いでんだよ。お前は」
その問いに、俺は答えることができなかった。
でも、何となく自分でわかっていたんだ。
きっと俺はこの世界に来てから「戦い」というものに惹かれているのかもしれない、この能力だけが自分の取り柄だから、存在意義だから、使える時間があるのならとことんまで使おうと無意識的に思っているのかもしれない。
でも実際のところは俺自身にもわからない。
そんな自問自答を頭の中で繰り返している中、ある日担任の先生から「ちょっといいか?」と呼び出された。
俺は職員室のドアをノックして担任のもとへと向かった。
「あの……」
「おぉミナセ。悪いな急に呼び出して」
「いえ……それで何か?」
「あぁ実はこれを渡そうと思ってな」
そういって担任から渡されたのは「トーナメント戦」と大々的に描かれているプリントだった。
見出しの下に書かれている説明文らしきところを見ると、簡単に言えばトーナメント方式でアカデミー内でナンバーワンの生徒を決めるというものらしい。
「……トーナメント、ですか」
「あぁ。お前の強さは魔法適性がないとは思えないほどのものだからな、一応知らせておこうかと思って」
「エントリー人数五名と書かれていますが」
「そこは最大五名だな、記載ミスだからあとで直しておく。もちろん一人でも参加できるぞ」
「……そうですか」
「でも無理に参加しなくていいぞ」
そういって担任は俺の体の心配をしてくれた。
俺は「大丈夫です」と言い、このプリントをもらって職員室を出た。
「あら、アスカ君」
「エレインさん」
「どうしてレーゼにはため口なのにわたくしにはさんをつけるのですか」
「ごめん……」
「いえ、別にいいんですけど………なんですのそのプリント」
俺は手に持っていたトーナメントのプリントをエレインさんに見せた。
エレインさんは興味深そうに見てから自分も同じプリントを貰っていると言った。
その後、エレインさんは俺にこれに出るつもりなのかと若干声のトーンを低くして聞いてきたため、俺はその通りだと伝えた。
すると、エレインさんは俺に出るべきじゃないとはっきり言った。
俺がどうしてかと聞き返すと、やはり体の心配をされた。
そんなに俺の体は変なのだろうか………。
「ありがとう、心配してくれて。でも俺なら大丈夫だから」
「……何があなたをそこまで突き動かせるんですの」
また、この質問か………。
俺はそう心の中で思いながら率直に、今自分が考えうる中での答えをエレインさんに言った。
「………それだけしか、俺が出来ることがないから、かな?」
「………そう、ですか」
それだけ言うとエレインさんはまた明日と言って、帰っていった。
俺はなんだか煮え切らないエレインさんの答えに違和感を覚えながらも、あまり気にせずに俺はフランさんの家へ帰った。
………そういや、そろそろ家も探さないとな。いつまでもフランさんの家に厄介になるわけにもいかないし。
そして――――
『さぁやって参りました!! アカデミー内トーナメントバトル!!! 今年もたくさんの選手たちがエントリーしているぞぉぉ!!!』
トーナメント戦当日、俺は参加選手が集まる部屋の隅に立っていた。
「……なんで二人もいるんですか」
「いいだろ別に」
「そうですわ」
「いやなんでいるのかはいいんだけど………なんで知らない間にパーティー組んでんの?」
俺は最初から、一人でエントリーするつもりだったのだがいつの間にかレーゼとエレインさんの二人と一緒にエントリーされており、結果的にパーティーを組むという流れになってしまっていた。
「参加される選手の皆さんは準備の方をお願いしますー!」
「おっ、行こ行こ」
「あまり無茶しちゃダメですからねアスカ君」
「……はいはい」
そうして俺たち三人は選手入場の合図と共にコロシアムへと歩いていった。