第十四話 鬼ごっこ
「あっぶな………なんだ、この世界の住人はやっぱりみんな頭おかしいじゃないか……」
俺は息を乱しながら物陰に潜んでいた。
正確に言うとそこまで息は乱れていないし体力もあまり消耗していないが、それほどの緊張感を俺は持っていた。
「あぁ畜生が。こちらとらただ早く動けるだけだぞ、ぼかすかぼかすか魔法撃ってきやがって……!」
俺が今何をしているのか、ヒントを三つ出そう。
一つは俺が学生服姿であること、二つ目は場所が学校の敷地内でいわゆるグラウンドだということ、そして三つ目は追われるものと追うものとで生徒たちが分かれていて俺は今追われる側になっているということ。
ここまで言えばある程度の予想はつくと思う、誰でも子供の頃にやった簡単な遊びだ。
「アスカ君見つけたー!!」
「すぐにそっちいくー!!」
「あぁもう!」
俺は数人の生徒たちに追われながら捕まらないように逃げる。
俺が今行っているのは授業の一環であり、単なる遊びの一つ。
――――鬼ごっこだ。
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アカデミーに通い始めておよそ一週間が経ち、この生活にも慣れ段々とクラスの中で話せる人が出来てきた。
最初の内は中々話しかけることが出来なかったがみんなの方から話しかけてきてくれたのが救い、そして事前にエレインさんという知り合いが出来ていたのは大きな一手だ。
勿論それ以外にも友人は出来た、例えばそうだな。
「おはーアスカ」
「おはよう、レーゼさん」
「んもー! 固い固い、レーゼで良いってば」
例えばこの、朝から明るく話しかけてきてくれるこの女子生徒。名をレーゼ・ミドラーシュ。
クリームと金色が合わさったような髪色のセミロングで軽く内側に毛先がくるんとなっている、本人曰く、チャームポイントは右目の下の泣きぼくろだそうだ、初日に聞かされた。
元々エレインさんと知り合いだったらしく、俺がエレインさんを学校祭の時に完敗させたのが気になって話しかけてきてくれたのだ。
「あら二人とも、早いですわね」
「うぇーいエレイーン」
「朝からくっつかないでくださいレーゼ」
一週間くらいか見ていないが、この二人は群を抜いて仲がいい。
聞くところによるとかなり昔からの付き合いのようで親同士も仲がいいらしい。
基本的にはレーゼさんがくっついてエレインさんが笑いながら許容するという何ともまぁ甘ったるいもの。
朝からそんな光景を見ていると他にも続々と生徒たちが登校してきて、担任の先生が入ってきて一日の始まりを告げる鐘が鳴った。
今日の授業はどうやら外でやるらしい、体育の授業か何かだろうか。
俺がそうのほほんと考えている中、他のクラスメイトたちは意気揚々と席から立ち上がりこれから戦闘に出も赴くのかというような顔をしていた。
「アスカ君、授業に遅れますわよ」
「あ、うん。すぐ行く」
「なんだアスカ、どうかしたか?」
「……? 外行くんですよね?」
「そうだな」
「てことは体動かすんですよね」
「そうですわね」
「なのに何でみんなこんなに殺気立ってるんですか?」
俺がそう疑問を口にするとレーゼとエレインは口を揃えて「あー……」と何かを思い出したかのように言うと途端に悪い顔になってこれまた口を揃えて「やればわかる」と結局答えを話してはくれなかった
ひとまず授業に遅れるといけないので俺は二人と一緒に外に出て各々ストレッチを始める。
そして始業の鐘が鳴り先生がやってくる。
「よし、全員いるな。んじゃいつも通り……って思ったけどミナセは初めてか」
「……えっと、何の話ですか?」
アカデミーで俺のことをミナセと呼ぶのは今のところ先生だけ。
先生は頭を掻いてこの授業のことを簡単に説明してくれた。
本当に簡単に、尚且つそれだけで分かるように要点をまとめて。
「鬼ごっこ分かるか?」
「はい、それくらいは流石に」
「簡単に言うとそれだ」
「……はぁ」
「死なない程度の魔法なら使用あり、場所は学校の敷地内で外ならどこでも、追われる側と追う側に分かれてそれぞれ一回ずつやる。理解できたか?」
「……はい、一応」
「まぁルールはそんな感じだ。んじゃ早速人数わけだ」
アカデミーでは出席番号なるものは設定されていない、そのため集まった生徒を縦二列の横二列に分けてその中心から左が追う側で右側が追われる側と決められた。
一回目は俺は追われる側になった、レーゼさんやエレインさんとは違うチームになってしまった。
「それぞれのチームメイトの顔は覚えたな、そしたら追われる側は十秒以内にあっちこっちに逃げ回れ、そのさらに十秒後にスタートする。制限時間はそれぞれ三十分な」
そう言われた側から追われる側の生徒たちは一斉にあっちこっちに散って行った。
「えっ、えっ」
「ほらミナセ早くしろ、逃げ遅れるぞ」
「あ……はい」
俺は注意された後にアビリティ「ノーネーム」を発動させずに素の脚力で適当に逃げた。
それから体感で約十五秒程度、辺りが騒がしくなった。
五月蠅くなったというわけではない、殺気が溢れてたのだ。
俺がひとまず身を潜めたのは校舎の裏側で比較的開けている場所。
見つかりやすいが同時に追う側、つまり鬼を俺が察知しやすくなる立地である。
それから俺は当たりをキョロキョロしながら警戒しているとすぐ近くで煙と炎が上がった。
「何いきなり、何が起こった!?」
「おい! こっちに誰かいるぞ!」
「あ、やば」
気づいた時には時すでに遅し、何人かの生徒たちが俺を完全にロックオンしていた。
俺は急いで逃げ出した。
そして俺の脇をすり抜けて魔法による火の玉が飛んできた。
後ろを振り返ると俺を追う生徒と魔法を放つ生徒がちょうど半々くらいにいて、俺を追っているクラスメイトはすでに近くまで迫っていた。
流石にこれはダメだと俺はアビリティ「ノーネーム」を少しだけ発動させてそれを振り切った。
だがしかし、逃げた先にも鬼がいてさらに逃げる羽目になってしまった。
前半戦はこの繰り返し、その中で続々と捕まる生徒たちが出てきて、逃げる側の人数が少なくなり俺に向けられるヘイトも比例して高まってくる。
そして、残るは俺一人となった。
「さぁ、観念してください!」
「どうしてこうなった!?」
「よっしゃーアスカ捕まえろー!」
レーゼさんは八重歯をきらりと輝かせて全体を指揮するように言った。
俺はすでに取り囲まれており、クラスメイトの一人が予備動作なしに火球を俺に向けて放った。
俺はその時何故か避けようとせず、反射的に手で払うように防御した。
そうしたらなんと、自分でもびっくりだが俺は魔法を弾いたのだ。
「………弾けるんだ」
「なんか知らんがあいつびっくりしてるぞ……」
「なんででしょう……とりあえず捕まえましょう!」
俺が呆けていると一斉にクラスメイトたちは一切の慈悲なく俺をとっ捕まえにこちらへ走ってきた。
先生が残り時間五分と告げる。
だから俺は、なぜ魔法を弾けたのかは一旦置いておいて逃げることに専念した。勿論アビリティ全開で。
「消えた……!?」
「ど、どこへ………いましたわ!」
「一瞬であそこまで………なんてスピードだよあいつ」
何かレーゼさんとエレインさんが喋っているようだったが離れた俺の位置からは良く聞こえない。
その後も俺はアビリティを隠すことなく簡単に五分間逃げ切った、勿論魔法は飛んできている。
そして俺はその全てを回避した。
その時のクラスメイトの驚愕した顔といえばなんの、正直昂った。
その後に始まった第二回戦では、誰も俺から逃れることが出来ずに呆気なく捕まっていった。
俺はこんな簡単に捕まえて果たして良かったのだろうかと侮蔑的な情けをかけながら次々とクラスメイトたちを捕まえる。
「来たぞ! アスカだ!」
「逃げろ逃げろ!! 誰も振りきれんぞ!!」
「とにかく身を隠せ! 魔法で応戦しろ!」
人を化物みたいに言うクラスメイトに少しぼやきながら俺はこの日一番の「鬼」をやった。
それから数日、俺は陰で「鬼」と密かに言われることになるのはまた別のお話。