第十二話 友達
「エレイン」
「もしかして、もうお帰りになりますか? 先輩方」
「あぁそのつもりだったけど……」
「でしたらその前に少しだけ、お時間ください」
妙に改まった感じで俺とフランさんの前に現れたエレインさん。
俺とフランさんは目配せをしてエレインさんの頼みを了承し、エレインさんに中庭まで連れて行かれた。
中庭は庭というにはあまりに広く多種多様な花が咲き誇っていてその光景は圧巻だった。
「すご………」
「やはりその反応……アスカさん、あなたこの学校の生徒じゃありませんね?」
「……はい」
「おかしいと思っていたんです。あれだけの強さを持っている生徒ならもっと噂になってもいいはず、なのにアスカ・ミナセなんて名前聞いたことがありません」
「あはは……」
「それで気になって調べたら、今噂の冒険者の方らしいですね。なんでもとてつもないスピードでランクアップをしているとか」
すでにそこまで知られていたとは、しかもこの短時間に。
アカデミーの生徒じゃないことはすぐに分かるとは思っていたけど、まさか冒険者であることまでもうばれていたとは。
でもランクアップの件に関しては、俺一人の力ではないしなぁ。
「学校祭に部外者として来ているのなら卒業生という可能性も考えましたが、過去の名簿にはそのような名前はありませんでしたし」
「そりゃそうだ。こいつ、そもそもアカデミーの存在をこの前知ったばかりだったからな」
「どういうことですのフラン先輩?」
「………俺が言うこと笑わないで聞いてくれるっていうのなら話します」
最もな疑問だ。
もし俺がエレインさんの立場なら同じ質問をしていたと思うし、俺がこんなことを言っても迷わず聞くだろう。
案の定エレインさんも若干の思考はあったものの俺の話を笑わないで聞いてくれると約束してくれた、だから俺は、自分のことを話した。
「そもそも、俺はこの世界の住人じゃありません」
「………は?」
当然の反応だ。
さっきの質問の立場然り、この反応も然り、俺も同じことをしていたと思う。
「やっぱりそうなりますよね」
「………いえ、いきなりで少し困惑しただけです。続けてください」
「はい。えっと、どこから話したらいいものか………」
しばし迷った挙句、元の世界でのことは何も言わずにこの世界に転生した旨だけを伝えた。
それから行き当たりばったりにギルドに辿りついて冒険者になったこと、まさかの初日でフランさんと出会えたこと、そしてそれからのこと。
などなど、話せることはある程度俺はエレインさんに話した。
「……よく分かりませんね、その話がどうなのか」
「ですよね……」
「ですが、あなたが嘘を言っていないことだけは分かります」
「………こんな見ず知らずの男の言う言葉が信じられるんですか?」
「……アスカ?」
「そんな簡単に信じるなんて言って、後々何かあったらそうするつもりなんですか、今言った話が本当は全て嘘だとしたら、信じたほうは一体どれほど絶望するか分かって言っているんですか!!?」
そこで俺は我に返った。
しまったと思ったが、もう遅かった。
フランさんは俺の方を怪訝そうな顔で見つめ、エレインさんはキッと睨み付けるような顔で俺を見ていた。
やってしまった………今すぐにでもここから逃げ出したかった。
ここで俺がひょうきんに「なんて、冗談ですよ」なんてお茶らけられるくらいの技量があればよかった、でも俺にはそんな器用なこと出来っこなかった。
過去のことを、思い出していたから。
「……すみません、変なこと言って」
「おいアスカ……呼吸が早いぞ……大丈夫か?」
「っ!」
俺は頭が真っ白になって、心配してくれたフランさんの手を払ってしまった。
フランさんは驚いた顔をしていた、そうしてまたやってしまったと思った。
それと同時に俺は痛感した、異世界だろうと何だろうと、俺に人付き合いなんて過ぎたものだったんだと。
俺には小学生の頃とある友人がいた、正確には友人だと思っていた奴がいた、だが。
ある日そいつが、クラスのいじめっ子にやられそうになった時俺がそいつを助けた事があり、その時友人は「もしまたあいつらにいじめられそうになったら助けてくれよな」と言ってくるものだから幼い俺は二つ返事で「うん!」と元気よく承諾してしまった。
俺はそいつを信じていたから、でも実際はそうじゃなかった。
その友人は実はいじめっ子と仲が良く、以前俺がそいつと些細なことで喧嘩した時にそのいじめっ子と結託して俺をクラスではぶろうということに決めたらしい。
俺がそれに気づくことなく一度友人を助けてしまい、二度目を助けようとすると今度はその友人といじめっ子の二人にやられてしまった。
それからはクラスメイトが誰も俺を助けてくれることなく卒業の日まで俺はそのいじめっ子とかつて信じていた友人の手によってクラスから孤立させられた。
幼心ながらに絶望を色濃く感じた瞬間、ただそれだけのつまらない話を最悪なことに今思い出してしまい、エレインさんにきつく八つ当たりのようにあんなことを言ってしまいフランさんの救いすら無下にしてしまった。
「アスカ………」
「………ご、ごめんなさい。今のは、驚いてしまっただけで………ごめんなさい………」
「おい呼吸荒いぞ、一旦深呼吸を…………アスカ?」
「ごめんなさい………ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…………」
俺はただ謝ることしか出来なかった。
そんな時、エレインさんは急に俺の両手を握りしめて「わたくしの目を見てください」と強く俺に言った。
罪悪感に押しつぶされそうで今にも泣き出しそうだった俺は反射的にエレインさんの目を見た。
「そのまま……そのまま見ていてください………………なるほど過去にそんなことが、ご友人に裏切られてしまった、と」
「なっ……!?」
それからエレインさんはただ俺を見ているだけで、過去のその話をさも昔から知っていたかのようにピタリと言い当てた、というか話し始めた。
俺は一体何が起こっているのか分からなかった。
「あなたが先ほどお怒りになったのはそういう理由でしたか」
「なんで……分かっ、た……んですか?」
「わたくしのアビリティは過去を見る千里眼、名前はクリアヴォット・アイズ。誠に勝手ながら、あなたの過去をほんの少しだけ覗かせていただきました」
「………」
「確かに、そう思われるのは仕方ありません。わたくしが逆の立場でもそうしていたでしょうから」
「…………」
「でも、わたくしはあなたを裏切ったりなどしません。この目を持つわたくしだからこそ言わせてもらいます………あなたは、とても優しい人です」
その言葉を聞いて、なんだか救われたような気分になった。
優しい人か………思えば面と向かってそんなこと言われるのはほとんどなかった。
俺はエレインさんに感謝の言葉を述べ、深く頭を下げた。
「すみません、気を遣わせてしまって」
「いえ、お気になさらず。それより、アカデミー通わないんですの?」
「それは……」
「覗いたところ、少し迷っているようでしたので良ければどうでしょう」
「……行けば? ほら、友達も出来たことだしよ」
「友、達………?」
「目の前」
「………怒られますよ、数時間前知り合ったばっかりでそんなおこがましいこと俺にはとても……」
「あら、わたくしはもう友人だと思っておりますわよ?」
「だってさ、アスカ」
歯を見せて快活に笑うフランさんと優しく微笑むエレインさん、その二人の笑顔を見て俺は今多幸感に包まれていた。
友人か……久しぶりにそんなこと言われた気がするな。
俺はどんな顔をしていいのか分からず、少し崩れた感じの笑顔になってしまったが笑って「ありがとうございます」と二人に礼をした。
「アスカが通うことになったとしても、多分最高学年で一年行くか行かないかくらいだ。いい機会だと思うけどな、あたしは」
「そうなったら同級生ですわね」
「そうなんですか? 最高学年以外とはタイマン出来るとかって言ってたからてっきり違うのかと……」
「フラン先輩! それ去年までの情報です!」
「あれ、そうだったっけ? わりぃわりぃ!」
そんな楽し気なやり取りをしている二人の姿を見て、俺は決心がついた。
やっぱり、向こうよりこっちの方が楽しそうだ。
短くても、行ったら何かが変わる気がした。
「……フランさん」
「ん? どした?」
「アカデミーって、いつから通えるんですか?」
「……お前が良いなら、明日から」
「では諸々の準備を含めて明後日から」
「お待ちしておりますわ、アスカさん。いえ、アスカ君」
きっとこれが、俺のこの異世界でのターニングポイントになるだろう。
異世界に来て初めての学校であ、やり直すための学校でもある。
せめてもの願いは、落第しないことだけだ。
そんなことを思うとある日の夕方の話。