第十一話 学校祭
「アスカー、はぐれんなよー」
「ちょっと……待って………人がっ!!」
「そりゃアカデミーの学校祭だからな、街一番の祭り事と言っても過言じゃねぇ」
「俺の知ってる学校祭はもっとこじんまりしてましたよ………」
異世界の学校祭はコミケか何かなのだろうか。
流石にそれほどの人だかりではないが十分すぎるくらいに人が集まっている。
アカデミーが所有する敷地自体が広いのでその分多くの人がこうして集まっている。
「にしても色々あるんですね」
「あるぞー。屋台に出し物、演劇やら演奏会やアカデミー生徒たちとの戦闘体験とかな」
「戦闘体験って……」
「後で行ってみようぜ、まずは屋台だ!」
俺はフランさんに連れられてアカデミーの敷地内に設けられた屋台たちを片っ端から回っていった。
異世界といえど、どうやら食文化は元いた世界と同じようでその辺に関しては困らない。
ただ縦横無尽に屋台から屋台へと駆けまわるフランさんについて行くのが大変なだけで。
でも、これはこれで楽しいから良しとする。
「アスカアスカ! ストラックアウトやろ!」
「子供ですかあなたは」
「いらっしゃいませ! あら、もしかしてカップルの方ですか?」
「違う違う、ただのパーティーメンバー」
「そうなんですか? 結構お似合いですよ?」
「またまた」
「いえいえ本当ですって! それよりやっていきませんか、銅貨二枚で十球投げられますよ」
「んじゃ二人分!」
「毎度あり、頑張ってくださいー!」
フランさんはテンションが昂った状態で俺と自分の分の料金も支払ってストラックアウトを始めた。
ストラックアウトは知っての通り、九つある的にボールを投げていくつ撃ち抜いたかによってそれに応じた景品がもらえると言ったごくシンプルなものである。
「うっし、行くぞー!」
「頑張ってください」
フランさんは立て続けに投げ、結果は九枚中六枚を撃ち抜き景品のダガーとナイフが一本ずつ入ったセットを貰った。
なんでもこれらは学生たちが作ったもので、将来鍛冶志望の生徒が手掛けたらしい。
次に俺の番になったが、能力を使うわけにもいかず普通に投げたところフランさんより一枚少ない五枚という結果になり景品としてダガー一本を貰った。
そして俺とフランさんはいよいよアカデミーの中へと入っていった。
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「うーん………懐かしいな、もう四年前か」
「そう言えば卒業生でしたっけ、フランさん」
「まぁな」
「あっ! フラン先輩!!」
と、俺とフランさんが話しているところへフランさんに興奮しながら話しかけてくる女生徒が来た。
女性とは目を輝かせながらフランさんのところへと駆け寄った。
まるで飼い主に懐いている子犬のようだと俺は思った。
「おっ、久しぶりだなエレイン。元気だったか?」
「はい!! フラン先輩に教わったことを守って日々精進しておりますって男がいますわぁぁ!!?」
「ど、どうも……」
「ふ……ふふふふふふフラン先輩!? ま、まままままままままっまっさかこの人って……!」
「あぁ、あたしのパーティーメンバーだ」
フランさんがそう言った瞬間女生徒は膝から崩れ落ちて両手を床に着いた。
俺はあまりの突然のことに驚きを隠せずフランさんと女生徒を交互に見た。
エレインと呼ばれたその女性とはぶつぶつと何か言っているようだったが声が小さくよく聞き取れない。
「………でですの…………」
「えーっと……」
「なんでわたくしじゃないんですのぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「えっ、なに、なに、今どういう状況なんですかフランさん!?」
「あー………まぁそのー………」
フランさん曰く、アカデミーの頃にこのエレインという生徒ととある約束をしていたらしい。
四年離れた先輩と後輩でパーティーを組もうということ口約束していたらしいのだが、その前に俺がフランさんとパーティーを組んでしまったためこうして落ち込んでいるのだとか。
「わたくしが……フラン先輩の初めての相手になるつもりだったのに……」
「エレイン、その言い方はちょっと誤解が生まれる」
「こんなどこの馬の骨とも分からない男にフランさんの初めてを奪われるなんて!!」
「ちょっ!! それはほんとに洒落にならないから!! 語弊が生まれるから! まだ奪われてないから!!」
「いやまだってフランさん、それも色々とまずいんじゃ……」
いきなりとんでもないことを口走ったエレインさんをフランさんが必死になだめているがこちらをちらちらとギャラリーが何人か見ている事実は覆らなかった。
そしてエレインさんは俺の方をキッとにらんで涙目になりながら人差し指を指して俺にこう宣言した。
「そこの人!」
「お、俺ですか?」
「あなた意外に誰がいますか! お名前は!」
「あ、アスカ・ミナセです」
「ではアスカさん、わたくしと勝負してください!」
「はぁ!?」
「いいですわね? 今から一時間後、コロシアムで待っていますわ!!」
そう言い残してエレインは走って消えてしまった、俺は少しでも反論しようかと思ったがその暇すら与えてくれなかった。
エレインの後姿はすぐに人混みに紛れてしまいもう後姿すら確認できなくなってしまった。
にしてもコロシアム……名前からして何をやる場所なのか大体は想像つく。
「フランさん、コロシアムまでの案内お願いしますね」
「おう、あたしが蒔いた種だもんなぁ……これ」
「ほんとですよ」
「ちなみにコロシアムはさっき言ったアカデミー生徒との対戦が出来る場所だな」
「まぁ、でしょうね。なんとなく分かりますよ」
なんてことを言いながら俺たちはひとまず時間が来るまで色々と出し物を周って時間を潰すことにした。
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それから四十分ほど経ってそろそろコロシアムに向かおうかということになった。
コロシアムはその名の通り、想像通りの円形闘技場だった。
すでに観客たちで賑わっておりぐるりと客席に囲まれたその真ん中でアカデミーの生徒が戦っていた。
「凄い人ですね」
「ある意味この学校祭で一番の目玉イベントだからな、今年は特に多いな」
俺とフランさんはちょうど二つ並んで開いている席があったのでそこに座ってしばし観戦することにした。
初めての観客たちの熱気にこちらまで興奮状態になりそうになる、俺がそんなことを思っているとアナウンスが入った。
『さぁーさぁさぁさぁさぁ!!! 続いてはエレイン・フェネルケアの登場だぁ!!』
「出たー!!」
「待ってましたぁ!!」
「エレインー! 頑張れー!」
すると周りから一般客・生徒共々エレインを応援または期待する声が多く上がった。
フランさんによればエレインは実力派の生徒で、タイマン勝負なら最高学年を抜いて十分に戦えるらしい。
それでいて性格面は純粋で友達思いで責任感の強い優等生という絵に描いたような生徒像を具現化したような、そんな生徒だという。
エレインは闘技場に出場し、辺りをキョロキョロと見渡すとすぅっと息を吐いて叫んだ。
「アスカ・ミナセさん!! さぁ、出てきてくださいまし!!」
「ほら、ご指名入っているぞアスカ」
「………じゃ、行ってきます」
俺は観念して観客席からジャンプして闘技場に飛び降りた。
エレインさんは俺の方を見て「来ましたわね」とまるで長年の宿敵を見つけたかのように言った。
こちらの気も知らずにアナウンスというか実況を担当している人のボルテージはどんどん高まっている。
「勝負はどちらかが参ったと言うか気絶するまで。魔法の使用は単体強化魔法だけですわ」
「なるほど、それだけですか?」
「ええ、それだけですわ」
『どうやらルール説明は終わったようですね。それでは早速、試合開始!!』
開始の合図と同時にエレインが俺に向かって魔法を自分にかけながら向かってきた。
武器は槍、リーチはそれほど長くもなくかといって短くもない言わば標準的なバランスタイプ。
俺はそのことが分かるとノーネームを発動して地を蹴った。
「なっ……」
「遅い」
急加速してたったの二歩で俺はエレインさんの懐に潜り込むことに成功した。
突然視界から消えたと思ったら次の瞬間俺が自分の懐にいるなんてことをエレインさんは思いもよらなかったんだろう、信じられないような表情をしていた。
俺は呆気にとられるエレインさんを横目にエレインさんとすれ違った時にタイミングを合わせて軽く足を払った、急スピードで足払いを食らったエレインさんは対応が出来ぬままバランスを崩してよろけた。
俺はそのままエレインさんの背後に回って自分の左腕をするりとエレインさんの首元に回してぐいっと自分の方に引き寄せ、アイテムポーチの中からストラックアウトでもらった景品のダガーを取り出して峰の部分をエレインさんの喉元に当てた。
この間、時間にして五秒程度の事だった。
「さて、どうします?」
「………参りました」
思いのほかあっさりとエレインさんが自身の負けを認めた瞬間、先ほどまで盛り上がっていた観客が息を揃えて一斉にシーンと静まり返ってしまった。
遅れて実況が俺の勝利を伝えると、先ほどの試合とは比べ物にならないほど割れんばかりの歓声が挙げられた。
俺はエレインさんの喉元からダガーを離して距離を取りフランさんの元へ戻った。
フランさんは無言で親指を立ててサムズアップをして俺の手を引っ張り「さっさと行くぞ」と半ば強引にコロシアムから逃げるように出ていった。
フランさんがそうした理由は俺にもすぐに分かった。
何でかって?
後ろから凄い数のギャラリーや生徒たちやらが俺の名前を言いながら追いかけまわしてきたからな!
だがすぐに追っ手をまくことができ、その後は普通に学校祭を楽しむことが出来た。
そしてそろそろ帰ろうかと思っていた頃、エレインさんが再び俺たちの前に現れた。
それも、何かを言いたそうな顔で。