第九話 ノーネーム
「――――なるほど、状況は大体把握した」
「流石、話が早くて助かる」
道中、フランさんは修道女の人に俺の素性を明かして修道女の人は頭の中で自分なりに整理していた。
俺はフランさんの話にある程度捕捉しながら自分がこの異世界にやって来たわけを話した。
まぁ話しただけで何かが解決したとか、そんな大それたことではないのだが。
「異世界人……か、もしそれが本当なら神の御業だな」
「神……」
「そう言えば自己紹介が遅れたな。私の名はキアラ・ヴァ―ミリオン、ここに務めているしがない聖職者だ。よろしく」
「アスカ・ミナセです、よろしくお願いします」
如何にも強そうな名前を名乗ったキアラさんは神殿の中にある建物の中に俺たちを連れて行った。
そこには巨大なステンドグラスがあり、陽の光が差し込んで形容しがたい神々しさを演出していた。
天井には宗教画のような絵も描かれてある。
「教会……」
「相変わらず凄いな」
「さぁ二人とも、こっちへ」
神殿の中に教会、っていうのは実際にあるのだろうか?
俺自身そういうのには全く興味なかったから全然知らないのだが………。
異世界だしそういう細かいことはいいか、うん、気にしない。
「こっちへ」
キアラさんはそのまま教会内にある天球儀のような機械が並ぶ場所へと俺たちを誘導していった。
その天球儀になにやら手をかざすと、骨組みだけのその機械に青いエネルギー源のようなものが中心部に広がった。
綺麗な青いそのエネルギー源に俺は目を奪われていた。
「魔力測定器、安直な名前だけどな」
「ほんとに安直ですね」
「アスカ君、この中に手を」
「あ、はい」
俺は言われた通りにエネルギー源の中に右手を入れた。
そしてキアラさんは天球儀の上に両手をかざしてぶつぶつと詠唱を唱え始めた。
すると右手からまるで魂が座れているような感覚が俺の体に訪れた。
「なんか……ぞわぞわします」
「初めてだから慣れないでしょう。今私はあなたの中の魔力量を測っている」
「魔力量……そもそも魔力って厳密には何なんですか?」
「魔力とは全であり祖、簡単に言えば生命活動の源のようなものです。と言っても、魔力が無くなったからと言って死ぬわけではないですがね。時間経過で回復していくし」
「無くなるとどうなるんですか?」
「吐き気がしたり頭痛がしたり最悪その場で蹲って動けなくなったり、個人差はありますが大体そんな感じ」
キアラさんは天球儀に手をかざしたまま説明を続ける。
俺は次第にこの魂を抜かれるようなふわりとした感覚に慣れていた。
「魔力量の総量ってのは生まれながらにある程度決まっているが、魔力量ってのは次第に増加していく。例えば魔法を使ったり修練を重ねていったりだな」
「……ところで、これはいつまでかかるんですか?」
「もう終わりますよっと………これは………」
キアラさんが天球儀から手を離すとエネルギー源は消失して代わりに白い魔方陣が天球儀の上に浮かび上がった。
キアラさんはそれを見て驚いた顔をしており、フランさんも「はぁ?」と口をあんぐりと開けていた。
俺は何かやらかしたのだろうかと心配になる。
「あ、あの………」
「……率直に言うと、君には魔力そのものがない」
「………ですよねぇ」
「な、お前分かってたのかアスカ」
「異世界から蹴り飛ばされただけですから、そもそもあるとは思っていませんでしたよ」
そう、俺は別に、この世界に勇者とかっていう特別な役割を持たされて転生したわけではない。
それどころかこの異世界についてのまともな説明すら受けていない。
そんな状態で転生した俺が、魔法なんて大層なものを使えるわけがないのだ。
まぁ、それはそれで残念なのだが。
「こんな事例は初めて………どういうこと?」
「どういうことと言われましても………」
「でもおかしいぞキアラ、こいつは確かに単体強化魔法の類を使っていた」
「………」
キアラさんは右の人差し指を曲げて口に当ててしばし考えた後、俺にその単体強化魔法とやらをやってみて欲しいと頼んだのだ。
十中八九あの身体強化能力の事だろうと思った俺は素直にあれを発動させた。
俺の体が一瞬緑色のオーラを纏い、すぐに消えた。
「な?」
「これは………確かに、単体強化魔法の一種だな」
「えーっと……何かわかりましたか?」
「……恐らくアビリティの類だろうな」
「アビリティ?」
アビリティ、ゲームなどではキャラクターが持ついわば特殊能力のようなものだ。
キアラさんがアビリティについて説明してくれたがどうやら大体その認識通りで、たまに特殊な能力を持って生まれてくる人間がいるのだという。
その人たちが持つ能力の総称をアビリティといい、アビリティごとに固有名詞が付けられるようで、それがその個人を示す二つ名となるらしい。
「アスカ君のアビリティの名前は?」
「……ありません」
「確かアスカは、天使と名乗る人に能力を付与されたんだっけか?」
「はい。性能だけ言われたので何とも」
「ふむ、じゃあ新たに名前を決める必要があるな」
「はい! あたし決めたい!」
教会に響き渡るくらいの声でフランさんは無邪気な子供のように俺のアビリティ名を決めたいと立候補した。
キアラさんはこういうのは本人が決めさせた方が良いと言ったのだが、俺としては特にこだわりもなかったのでフランさんに任せることにした。
フランさんはうーんうーんと唸りながら割と真剣に考えてくれていた。
「『ノーネーム』ってのはどうだ!?」
「意味は?」
「アビリティの名前なかったし、こいつ自体ある意味なな氏の放浪者みたいなもんだし!」
「安直だな」
「安直ですね」
「うぅ、うるさいな! ダメかよ!」
「決めるのはアスカ君だけど、どうする?」
「いいんじゃないんですか。中二っぽくて」
「よしじゃあ決まりだな」
この日この場所で、俺のこの不思議な能力はフランさんによって「ノーネーム」と名付けられた。
後々気付いたが、身体能力の要素全く入っていないなと思いつつもかっこいいので良しとした。
うん、やっぱりかっこいいというのは大事だな!
「んじゃぁキアラ、今日は悪かったな」
「なに、こっちも面白いものを見れたからいいさ」
「ありがとうございました、キアラさん」
「これからも頑張ってくれ、フランの事も頼んだよ」
「はい!」
「あ、あんまり大声で返事するな!」
「何照れてんだよフラン」
「べ、別に照れてねぇって!」
「はいはい」
キアラさんは微笑みながら怒るフランさんをなだめた。
俺とフランさんは教会を出て神殿の外に行き、そのまま冒険者ギルドまで行って数個の依頼をこなしてその日は終いにした。
「……ノーネーム、かー」
その夜、俺は湯船に浸かりながらフランさんに決めてもらった能力名を呟いていた。
口に出してみるとなんだか気恥ずかしいところがあるな……まぁそれはそれでいいか。
チャポンと水滴が俺の腕から落ちて湯船に反響する、その水滴を目で追いかけるとお湯につかっている自分の体が透けて見えた。
「………少し鍛えるか」
別に太っているわけではない、ただ、冒険者という職に就いたのであれば腹筋が割れるくらいには鍛えておかないといかんだろう。
それに、今は未だ能力に頼りっぱなしだから、素の戦闘力も鍛えておかないといけない。
魔法が使えない分、そのあたりで補わなければならないからな。
そうして俺は風呂からあがって、明日、フランさんに稽古をつけてもらうことを頼んだ。
そして泥のように眠って、明日を待った。