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アリア~星降る夜と聖剣の少女~(ノーカット版)

作者: 二瀬幸三郎


 無限に広がる大宇宙……


 遠くから見える点のような輝きの一つ一つが、近付いてみれば、それ自体が無数の星々を内包する銀河であり、更に拡大していけば、赤々と炎を宿す恒星、即ち太陽があり、その周囲には、まるで付き従うかのように楕円軌道を描く九つ、今は八つだったか――の惑星が取り巻いている。


 その一つ、太陽から数えて三番目の惑星、それが地球と呼ばれている。

 太陽系と呼ばれる惑星群の中で、決して大きい方ではないこの星に、今は無数の命が生と死を繰り返し、その中で、人間と呼ばれる種が一見、栄華を極めている。

 一見、と云ったのは、そもそも、その人間の中でも栄枯盛衰が繰り返され、戦争や災害により何度も滅びかけ、そのたびに進歩、発展を続けた結果、今の地球上に於ける、[万物の霊長]という地位、称号を勝ち得たわけである。


 考えてみよう。

 もし、今ある人間社会……その文明、文化の発展が、何者かの関与による結果だとしたら……

 そも、それらも含めて、この世の中、あらゆるものが[人間に都合良くできている]ように思えてならないのだ。


 では、その[人間に都合の良い世界]を想像したのは一体誰か……


 創造主という存在については論議の別れるところである。

 それは宗教界に留まらず、科学界をも巻き込み、大論争となっているのは周知の事実である。

 現代こそ、教育機関では進化論を教えることが決められているが、昔の人間にとって、宗教は科学であり、チャールズ・ダーウィンの説を簡単に受け入れられるものでもない。

 何でも、進化論と創造論の決着の決着を付けるべく、両者が用意した機関車同士を激突させる、などという、とても野蛮な方法まで用いられたというのだから、驚きである。

 ちなみに、機関車[進化号]と[創造号]による激突は、2両の同時脱線というお粗末な結果で終わったという……


果たして、この世界は偉大なる[偶然]によって誕生せしめたものなのか、それとも、何者かが[必然]を以て創り上げたのか……


 それは、天に輝く星々のみが知ることである……


 暗い宇宙から夜の地球を見下ろせば、人類の文明が照らし出す光が、それこそ星々のように輝いている。

 そして、星のような光の一つが、俺のいる場所……



 ……などと心で呟いてみたところで、気が晴れるわけではない。

 仕事帰りの電車、気まぐれで乗ったグリーン車の窓から、空を見上げて星々に思いを馳せてみても、思い起こすのは、いつも通りの日常風景……

 桜は既に散り、緑の葉に覆われていた……

 

 一人暮らしの1LDKで迎える朝、間に合う程度にギリギリで起きて顔を洗い、新品ではないが草臥れているわけでもないグレーの背広に袖を通し、一通りの身支度を済ませた後に夕べの残りで朝食を済ます。

 夕食に立ち寄る、近所のセルフ食堂にはいつも助かっている。ご飯は盛りに関係なく150円、当然、大盛りを注文、半分食べて、残りは総菜と共にタッパーに入れて持ち帰るのが基本である。

 総菜の中でお気に入りは、豆腐ハンバーグ。まだ歳を取っているとは思っていないが、少しは健康を気にしているつもりだ。

 朝食を済ませた後はバスで10分ほどの駅に向かい、東口から2階の自由通路を程よく歩いて、改札口で西瓜の名を持つカードを翳してホームに下りると、丁度良く電車が待っている。後は、通勤ラッシュの中、上り列車で一時間ほどもみくちゃにされながら、到着まで待てばよい。会社は駅の側にある雑居ビルの中なのだから。

 今の職場に入社して暫く経ち、通勤にはもう慣れた。

 近々、会社近辺に物件を探し、引っ越すことも考えている。

 もはや新人とは呼ばれず、だからといって、ベテランというわけでもない。

 職場に着くと、朝礼を済ませた後にディスクに向かい、パソコンと格闘しつつ、時にトラブルやらクレーム処理やらなにやらとかで顧客の元で頭を下げ、上司に呼び出されては小言や嫌みを言われ、その結果、いらない残業が増えることになる。

 幸か不幸か、基準局に目を付けられたことがある我が社では、残業時間に規定が設けられており、現在は21時を超えることはないのだが、それだって、いつまで続くかわからない。その上、結局仕事は溜まる一方、辛いのは作業している俺たちである。


 そして、帰宅……今に至るというわけである。

 夜空を見上げながら下りの電車に乗る。こんな時間だから、当然空いている。それでも、せめて到着まではゆったりしたくなり、たまの小さな贅沢として、リクライニングシートのあるグリーン車に乗ることがある。

 幸い、車内販売がまだやっており、ビールを買おうとするも、何となく飲んだら起きられなくなる気がしたので、代わりに茶を求める。

 まぁ、目的地は終点でもあるので、乗り過ごす心配はないのだが。


 今の我が家のある場所は、都心から程良く遠い、県庁所在地。

 [宇宙の都]と呼べなくもない地名だが、実の所、田舎と言うほどではないが、都会と言い切れるものではない。

 口が悪い友人には[トカイナカ]などと言うものもいる。

 そんな地名だからではないが、今宵、満天の星空に思いを馳せている俺である。


 そう、冒頭の壮大な前振りなど全く関係ない、平々凡々とした生活を送る、特に何も取り柄が無く、それなりに高校を卒業し、気が付くと就職、暫く務めてから今の仕事に鞍替えし、現在を生きるだけの俺である。

 そんな俺でも、学生の頃は、アニメやらラノベに悪い方向で嵌り、よく左目に意味もなく眼帯を付け、「左手が疼く」とか口走ってみたり、こっそり辞書で調べながら難しい漢字や四文字熟語を意味もなく並べた会話をしていたが、今ではすっかり社会人と成り果てていた。

 ちなみに身に着けた四文字熟語の知識は、脳の中から大半が消え失せていた。

 いや、人として生活する分にはそれで正しいのだが、[痛い]なりに未来へと希望を抱いていた当時の自分と、そんな頃を振り返りながら現在を精一杯生きることしかできない自分と、どちらが活き活きしていたかを考えると、やるせない気持ちになるものである。

――俺も、ラノベ主人公みたいな[出会い]が無いものか……

 星空を見上げながら、そう思ったものだ。


 願ったわけではない。


そう思った切掛けは、自分の斜め前の席に、一人の乗客が座ったことだった。


 その客は、一人の女子高生だった。

 こんな時間に不自然ではあるが、間違いなくブレザーを着た少女である。

 如何にも夜遊びに慣れていそうな、奇抜なファッションやヘアースタイルで決めているわけではない。

 人智を越えた神々しさを漂わせているわけでもない。

 当然ながら、身体が透けているわけでも、俺だけが見えている幻でもない。

 至って清楚な女子高生と云った出で立ちなのだ。


 もし、これがラノベの類なら、何かしらの物語が始まるを告げる前兆となるのであろうが、現実、そんなことが起こるはずもない。おそらく、あの少女はたまたま帰りが遅くなったのだろう。さもなければ、家出少女か何かだろう……


 たぶん、おそらくではあるが、この後は駅員に呼び止められ、家出と間違われて警察に保護されて終わり……少なくとも、俺が拘わって良いものではないし、何より厄介ごとに巻き込まれるのは面倒だ……


 そんなことを考えていると、車内に停車駅を知らせるアナウンスが流れてきた。リズミカルなメロディに続いて日本語と英語による駅名、そして車掌より乗り換えの案内が続く。

 我が生まれ故郷であり、[カクテル][妖精][ジャズ]など、色々な肩書きが並ぶ我が町に到着したのである。


 のんびりした時間は終わりを告げた。

 名残惜しいが仕方がない。俺はシートを戻し、鞄と、飲み終えた茶のペットボトルを手に、列車を降りる。その後は朝同様、西瓜を翳して改札を出る。


 そんな時だった。俺があの、恐るべき事件に出くわしたのは……



 それは、奇妙な出来事から始まった。

 件の少女が、案の定、警官とおぼしき人物に呼び止められ、職質を受けていた。当然、補導されるであろうことはわかりきっている。

 時間は既に、22時を回っていたのだから。

 これで良かった。

 他人事なのに、俺はホッとしていた。

 まぁ、次の日に悪い内容でニュースを賑わすことにでもなったら、後味がよいとは云えないからな……

 だが……

「ご苦労様です!」

 不思議なことに、少女が何かを見せると、警官達は驚愕の表情を見せた後に態度を改め、敬礼で送り出したのだ。

 ――奇妙なこともあるものだ……

 と、思った。

 もしかしたら、あの少女は学生刑事か何かで、それこそヨーヨーの中に隠されていた桜の大門でも見せたのかと思ったが、俺の[常識]がすぐに否定する。

 ――どうせ、署長の娘とかで、既に親と待ち合わせをしている事を告げたのだろう。

 少なくとも、その時はそう考えた。


 しかし、それが間違いだったことを思い知らされることになる。


 東口から駅を出て、LRT駅建設予定地となっている駐車場地帯の、隣接する、仮設店舗のような餃子店が並ぶ商店街を通り抜けようとしていたときだった。


 例の少女が、店舗の間に入っていったのだ。


 この時間、全ての店が閉じ、照明も消されていた。当然無人である。

 にもかかわらず、あの少女は危険な暗闇に進んで入っていったのだ。しかも、その顔に決意と覚悟を決めたような表情まで垣間見えたのだ。


 俺は思わず後を付けた。

 この時、何故、そうしようと思ったのかはわからない。

 彼女の身を案じたのか……

 それとも、単純な好奇心か……

 よく考えれば、近くに交番もあり、そこに通報すれば良かったのだろうが、何故かその時は思い浮かばなかった。もしかすると、本当に非日常的な[出会い]があることを、何処かで期待していたのかも知れない。


 そして、その期待はある意味、現実の物となった。

 しかし、それは自分が想像していたものとはずいぶんと、かなり、大幅に、いや、斜め上に異なるものだった……



 それは、飲食店の裏で既に展開していた。

 俺は角に潜んで様子を見た。


 空き瓶を入れたビールケースや空き缶などを選別したゴミ袋が整理されて並ぶこの場所には、あの少女と、その眼前に全身をマントで覆い隠した大男が立っていた。

 月明かりに照らされる中、まるで、影がそのまま立ち上がったようなその男は、風もないのに長髪をたなびかせ、2メートルに届きそうな高さから、少女を威圧的な視線で見下ろしている。


 どれくらいの時が過ぎたのだろうか、やがて、男が口を開いた。

「……[光授けし星]の使徒どもよ、数多の輪廻転生を繰り返し、未だ我らを追い続け、世界終焉の悲願を阻まんとするか、哀れな宿命よ……」

 その言葉は、美声でありながら、まるで地獄のそこから響いてきたようだ。少なくとも今は……

「……空しいとは思わぬか。己の意志も自由も捨て、唯一無二である主とやらの為に、ひたすら戦い続ける、終わり無き……永遠に繰り返される戦いなど、一体何になろう……

 どうだ……そろそろ自らの心に正直になり、この運命より開放されたいとは思わぬか……」

 暫し沈黙の後、

「その口を閉じなさい、邪なるものよ!」

 今度は、少女が凛とした声で叫んだ。

「母なる星である地球に文明が生まれた頃より、[闇もたらす星の輩]は人々を惑わし、苦しめ、幾年にもわたり、世界を混乱に導いてきました……星々に宿る[意志]はそれを嘆き、憂い、そして鎮めるために私達を現世に遣わしたのです」

 少女はここで、力強く右手を上げ、男を指さす。

「その命は、其方らを討ち滅ぼすまで消えることは決してありません。我が魂尽きるまで、其方が何度、転生を繰り返そうとも、追い続けるでしょう!」

 ――これって、傍目見るだけなら、良くありがちな超人バトルものの始まりみたいだが、実際に見ると、[痛い]ものだよな……

 などと考えている内に、少女に対する、男の会話による挑発が続いていた。

「使徒どのは、一つ勘違いをしている……」

 一息ついて、言葉を続ける。

「人間とは、元々そう言う生き物なのだよ……

 我は何千、何万もの年月の中、永きに渡り転生を繰り返し、人間どもを観察し続けてきた……そこで見たものは、背徳に溺れ、強欲に貪り、そして互いに憎しみ合い、そして殺し合う……結果、自らを滅ぼす醜き姿……これは、我らが仕向けたのではない。そも、未だ世界では、我らの関与無くともいくらでも争いは絶えないではないか……」

 男は鼻で笑い、自身にとって、おそらく決定打となる台詞を放つ。

「……即ち、人の滅びは因果横暴というものだ!」

 ――まぁ、そう言う方向に持って行くだろうな。しかし……

 両手を振り、大仰な仕草でありがちな口上を述べる男ではあるが……

 ――因果横暴?

 たぶん、因果応報と言いたいのだろうが……

 それに、関与していないのなら、結果、男に罪はないのでは……

 と、言うより、自分で存在意義を否定していないか? マント男は……

「だまれ!」

 少女も反撃するようだ。

「……確かに、人間は愚かで、無知で、それでいて欲望を満たすための争いを止めることのない、どうしようもない生き物です……」

 やはり少女も、ここで一息ついた。

「だからこそ、私達は星々からの天啓を携え、この世界に転生してきたのです……人間をより良き方向に導くために……そして、その為の障害となる、其方ら闇の輩を葬るために!」

 よくよく聞くと、こっちも決して、人間によい感情を持っている訳じゃなさそうだ……これは要するに、勢力争いの一種か?

 言葉の直後、少女はその左手を天に向けて翳す。

「……闇を切り裂き、光を授ける慈愛の剣……天の導きを得て、今こそ、その封印解き、降臨せしめよ……」

 悦に浸った少女は、更に左手を挙げ、尚も言葉を続ける。

「我、星ノ宮アリアが命ずる……我が手に振りて目覚めよ……

世界を守護せし[白き星の聖剣メテオカリバーン]!!」

 ――何か、いよいよそれっぽくなってきた……

 などと、のんびり言っていられる状況ではない。

 少女――アリアと言ったか――が天に向けた左手に、そう、例えるならば、[星が降ってきた]のだ。その目映い光を放つ[星]だったものは、すぐに形を変え、一振りの剣となった。

 剣と言っても、中世ファンタジーによく登場するロングソードの類ではなく、どちらかと言えば、鞘突きのナイフみたいなものであったが、拵えの全てが目映い輝きを放つ、銀のような金属で作られており、所々に配置された彩りの良い貴石が神秘的な雰囲気を漂わせている。

 俺は心の底から驚いた。

 いや、驚いたなんてものじゃない。今までアニメでしか見たことのないビジュアルが、こうして現実のものとして目に飛び込んできたのだ。

「覚悟なさい……塵一つ残さず、存在そのものを抹消して差し上げましょう!」

 アリアはそう言って、鞘から抜かれた、複雑な刃紋を浮かべた美しい刀身を男に向けるのだが……

 ――今、慈愛の剣って、言ったよね……

 塵一つ残さず……少女の言う[慈愛]って、「楽に死なせてやる」くらいの意味合いなのか?

 ここで、俺は足下に何かが落ちていることに気付いた。思わず拾い上げてみると、それは、生徒手帳だった。

 ――山田花子……

 今時見ないくらい、例文の如きベタな名前だ……て、ことは、アリアという名前は、所謂[転生名]と言ったところか……


 輝く光の剣を目の当たりにしたマント男もまた動じることなく、こちらは地面に向けて掌を翳す。こいつも何かを呼び出すというのだろうか……

「……地の底に潜む我が盟主に願う……我の懇願に応じ、その姿を現出せしめたまえ……漆黒を越える闇……内包したる虚無を今こそ現世に解き放ち、世界を……」

 マント男もまた、ここで左手を翳した右手に重ねる。

「我が名、田中次郎の名において、今こそ、全ての命に終わりの時を告げん!」

 ……え? 田中次郎?

 正直拍子抜けした。

 星ノ宮アリアこと山田花子と違い、こちらはあまりにも普通の名前だったからだ。てっきり、こちらも[転生名]とかを名乗ってくるのかと思ったのだが、まさか、ここに来て普通、(おそらくは)本名とは……

 全国の田中次郎氏に申し訳ないとは思うが、敢えて言わせて欲しい。

 ――似合ってねえ……

 しかし、男――田中次郎の名を以て、地面に突如描かれた、不気味な光を放つ魔法陣より現出したそれは、俺を再び戦慄させるに十分な代物だった。

 やはりこちらも短剣なのであるが、漆黒を塗り固めて作られた、としか思えないほど闇色に染まる拵えに、同じ貴石でも、禍々しさを伴う紫の輝きを放つ宝飾が、何故か、吸い込まれそうな魅力を放っていた。

 ――この波動に呑み込まれたら、心が取り込まれる!

 俺は反射的にそう思った。

 男――田中次郎もまた、鞘からゆっくりと剣を抜き、銀色の複雑な文様が刻まれた黒い刀身の切っ先を向けて宣言する。

「[虚星覇王剣]……全てを取り込み、[無]へと帰する、黒き星の邪剣……

地の底に眠りし我が盟主[魔王ルシファーサタン]に授けられたこの力で、そのか細き身体を切り刻み、二度と転生できぬよう、地獄の業火で焼き尽くして見せよう!」

――ルシファーサタン!?

いや、それ、ルシファーとサタンは別々の存在だから、無闇にくっつけちゃ駄目だろ……

 それと、確かさっきは闇とか虚無とか言ってたような……その業火、どこから出てきた?

 しかし、これもまた、呑気に呆れている場合ではなかった。

 ツッコミ処はあるものの、二人は今、本当にそれぞれ天と地から剣を召還したのだ。種も仕掛けもなく、本当に俺の目の前で……


 そう、これから始まるのは、ラノベでもコミックでもアニメでもない、本物の[世界の命運をかけた光と闇の壮絶な戦い]なのだ。


 ――やばい!

 ここに来て、俺は思った。本当に、とんでもないことに巻き込まれたのだということを……それは同時に、世界の裏で繰り広げられている、真実を知ってしまったのだと言うことにもなるのだから……

だからといって、今更逃げることはもはや出来ない。それでいて、どちらかに加勢することも出来ない。何故なら……

 ――足が……動かない!?

 そう、あまりの恐怖に、竦んで動けなくなっていたのだ。

 こうなったら、いやでも見届けるしかなかった。

 どっちみち、視線を外すことすら出来なくなっていたのだから。

 ともかく、ここは戦いの行方を見守るしかなかった。

 両者が揃って叫ぶ。

「「今、時は至れり……静かなる鐘が[星の聖戦]の始まりを告げん!!」」

 

 しかし、俺はこの後、別の意味で驚愕の光景を目にすることになった。


 アリアと次郎……

 宣言の後、互いに剣を構えたまま、睨み合いが続いた。

 やがて、アリアが焦れたのか、じりじりと横に一歩ずつ動く。その顔には緊張とも恐怖とも取れる表情が汗と共に浮かんでいた。

 対する次郎は、一見余裕の表情で、その場から動くことなく視線だけでアリアの動きを追い続けていたが、やがて耐えきれなくなったのか、こちらも一歩、足を横に踏み出した……

 の、だが……


「うわっ!」

 次郎が突如よろけた。まるで、段差に足を取られたように……

 いや、ように、ではなく、本当に足を取られたのだ。

 あろう事か次郎は、自身の背を高く見せるため、ひっくり返したビールケースを台にして登っていただけだった。おそらくは自分でそれを忘れ、アリアの動きに合わせて思わず踏み出してしまったのだろう。

 それは、アリアに攻撃の機会を与えた。

 ナイフを両手でしっかりと握り、それを腰溜めに構えたアリアは、

「覚悟!」

 と、辛うじて転倒を避けた次郎に向かって突っ込んでいく……

 いや、それは突進していくとか、飛翔して躍りかかるとか、そんな例えが出来るようなものではない。強いて言えば、[小走りで駆け寄っていく]が正しいかも知れない。

 そう、超人的能力とか微塵も感じさせない、所謂[女の小走り]だ。

 ――あー、これ見た事ある……

 この時思い出された光景は、時代劇とかで、武家の娘が親の仇に向かっていくシーンだ。

 でなけりゃ、ドラマか何かでよくある、愛憎劇の果てに女が男を刺す場面だ。

 転生者同士による聖剣と邪剣が激突する激しい戦いに於いて、そんな表現はどうかと思われるだろうが、そこはご勘弁願いたい。何せ、本当にその通りなのだから。

 男に駆け寄る少女の姿は、それほどまでに、迫力というものに欠けた姿なのだから……

 それに対し次郎はと云うと、少女の繰り出す刃から逃れようと、

「笑止!」

 などとマントを翻して華麗に躱そうとしたのだろうが、台から下りたことで地面に着いた、丈の長いマント……その裾に自分の脚を引っ掛け、今度こそ転倒してしまうのだから始末に悪い。結果的にはそれでアリアのナイフを回避したことにはなるのだが……

 正直な感想を言えば、何とも[みっともない聖戦]である。

 想像していたような超人的能力は何処にもなく、また、永きに渡って争ったわりには、武術の心得や経験など微塵も感じさせない。

これはどう見ても、素人以下の戦い、と云うより、争いだった。

 喧嘩と呼ぶにも情けない。


 人のことを言えた口ではないが、さっきの前振り、いらないよね……


 よく考えればこんなものだろう。

 こいつらの話が真実であると仮定しても、転生先の魂が前世の記憶は持っていたところで身体は所詮、現代人のそれであり、そして身体能力を発揮するにはやはり訓練と実践、経験が必要であり、例え知識があったところで、どうしようもないものである。

 まぁ、ラノベやアニメのように都合良くは行かないのが現実というもので、そもそも、そんな転生などと言うものが所詮は妄想でしかないというのも事実であり、即ち俺が今目撃しているものは単なる喧嘩、最悪は殺人事件に発展しかねないと云うことになる……

 まぁ、空間から剣を取りだした事など、説明の付かない現象も起きてはいたのだが、目の前の戦いを見ていたら、そんなことは些細な問題のような気がしてきた。


 そうこうしている間にも、戦いは続いていた。

 少女は逆手に持ち替えたナイフに左手を添え、転んでしゃがんだままの男に向け、頭上から何度も繰り返し、「えいっえいっ」と振り下ろす。迎え撃つ側の次郎は次郎で、「ひ、ひぃっ!!」と、先程までの姿からは想像も出来ないような甲高い悲鳴を上げながら、マントを引きずり這々の体で後退りを続けるのが精一杯のようだ。

 それでも、次郎は何とか反撃しようと、右手で短剣を振り回し、アリアのナイフを受け流そうとするのだが……


「ひぎゃあぁぁぁぁ―――!?」

 突然絶叫したのは、次郎である。彼の手にアリアのナイフが擦り、流れ出た血を見て仰天したのだ。

 ところが、である

「きぃゃあぁぁぁぁ―――!!」

 その絶好の機会に、アリアもまた悲鳴を上げ、その場から飛び退いていた。何のことはない。彼女もまた、男の悲鳴に驚いたのだ。

 アリアからの猛攻(?)が止んだ隙に、男はあたふたとマントを脱ぎ捨て、無地の白Tシャツとヴィンテージデニムという、意外にも一般的な服装になってその場から逃亡を図るも、方向を見誤ったのか、店舗側に走り、そのまま空き缶袋の山に突っ込んでしまう。

 それを見たアリアもアリアで、

「ま、待て、このやろー!」

 などと、清楚なJKのイメージをかなぐり捨ててナイフを振り回しながら追いかけるのだから、もう目も当てられない。

 だが、ここでアリアは不意に飛んできた小さな何かに当たり、腕で顔を庇いつつ、その場に立ち止まる。

 それは、次郎の反撃だった。この男はゴミ袋から空き缶を取り出し、それを次々と、矢継ぎ早に、アリアに向けて投げつけてきたのだ。流石に少女は堪えたのか、今度は彼女が逃げる番だった。

「いや、いや、もうやめてよぉ!?」

「……調子こいてんじゃねえぞ、このアマ!」

 こうなったら、唯のチンピラである。

 次郎は再び立ち上がり、袋がカラになるまで、空き缶を何度も投げつける。

 そして、最後の一つが少女の右手に命中することでナイフを弾き飛ばしてしまう。

それは近くのビールケースに刺さった。

「へっへっへ……じっくりいたぶってやろうじゃないの、ぇえ!?」

 もう、初めて見たときの印象はマントと共に脱ぎ去ってしまったようだ。

 もはやチンピラそのものと化した次郎は、顔立ちの良い表情を憎悪で歪め、アリアを威圧するかのように、手にした短剣の黒く禍々しい刃をべろべろと舐め回す。こうなると、小者臭しかしない。


 ――流石に、これは通報レベルだよな……

 あまりにも情け無い戦闘風景に常識的判断を取り戻しつつも、ここで声を上げられないチキン野郎の俺は、それでも勇気を振り絞り、ガラケを手に取るのだが……

 ――繋がらない!?

 電源が入っていないわけでもない。

 まして、電池が切れているわけでもない。

 信じられない事に、市街地でありながら、電波が何処にも届かないのだ。


 ――今度こそ、俺が大声を出さなきゃまずいのか……


 そう思った刹那、奇跡は起きた。

「いやああぁぁぁぁ―――!!」


 アリアの絶叫が夜空に響き渡った瞬間、次郎の身体は仰向けに吹き飛び、後頭部からその場に倒れたのだ。

 ――衝撃波……懐かしの[イヤーボーン]て、奴か!!

 ここに来て、ようやく超常バトルが始まるのか、と思った俺は、再び落胆することとなる。

 何のことはない。少女は悲鳴を上げただけに対し、男は自分が投げ散らかした空き缶に足を滑らせ、転んだだけなのだ。

 これをチャンスと捉えたのか、アリアはビールケースに刺さったナイフを取り戻し、ようやく立ち上がろうとしていた次郎の頭を思い切り殴打した。

 ボグッ!!

 殴られた次郎は、あまりの激痛に、その場に蹲る。

 ――ボグ?

 そう、殴りつけたのだ。

 ――殴打? ナイフで?

 疑問はすぐに解けた。アリアが手にしているのは件のナイフでなく、ビール瓶だった。彼女は瓶の細い首部分を握り手とし、その底を次郎の頭に叩き付けたのだ。

 それは昔のコメディ映画で使われる砂糖細工のように壊れることもなく、男に確実な打撃を与えていた。それをアリアは何度も次郎の頭部に叩き付けたのだ。


 何度も……何度も……


 その光景は、もはや完全に殺人事件そのものだった。

 俺には見えていないが、相当、流血も起きていることだろう……


 ようやく瓶が砕けた。

 暫くの間殴られ続けた次郎は、やがてその場から動かなくなった。それでも死んではいないようで、その身体は僅かに動いていた。


 しかし、アリアはそれで終わりにするつもりはなかった。

 今度は、出しっぱなしだったのか、宣伝のぼり用の重りを持ち上げたのだ。

 俺もイベントとかで使ったことがあるその重りは、確か、10㎏はあったはずだ。それをJKのか細い腕が軽々と……ではなく、必死に持ち上げていた。おそらく、頭上まで持ち上げたいのだろうが、非力な上に、これまでの疲労もあり、顔近くまでが精一杯なのだろうが、この状況の中、それでも充分、驚嘆に値する。

 アリアは、それを蹲る次郎の側まで運ぶと、あろう事か、10㎏の重りを落としたのだ。そう、男の頭上目掛けて……

 俺は顔を伏せた。この惨状をこれ以上、直視することは出来ない。足が動けば、この場から逃げ出していただろう。


 ひときわ鈍い音がした。明らかに何かが潰れた音だった。


 何度も携帯の電源を入れ直しても、やはり電波は繋がらなかった。

 その間にも、アリアと名乗った少女は、今度こそナイフを手にしていた。

 とどめを刺すつもりだろう。

 尤も、もはや次郎は生きていないだろうが……


 ところが、そうではなかった。

 あれだけの重量物を頭に叩き付けられながらも、次郎は生きていたのだ。

 おそらくではあるが、頭蓋が原形を留めているかすら怪しいこの状況に置いてさえ、闇の輩である次郎は生きていたのだ。


 俺は確かに聞いた。

「もう許して……」

 と云う、次郎のかすかな声を……


 無論、光の使徒たる少女は闇の輩を許すつもりはない。

 アリアは逆手に持ったナイフ――確か、メテオカリバーンとか言っていたような気がしたが、もう最後までナイフでいいだろう……を、天に掲げ、叫びながら次郎に向けて振り下ろした。


「な、汝、光に帰れぇ―――!!」


 ――ここだけ[それっぽく]言われても……

 ところが、アリアが全体重を乗せてナイフを突き立てた瞬間、不思議なことが起こった。

「おのれ……天の星々め、我らは、不滅ぞ!!」

 これまで、情けない声を上げ続けた次郎が、最後だけ格好つけた断末魔を残し、光の粒子となって消滅していったのだ。


 そう、消滅していったのだ。


 あの宣言通り、塵一つ残さず、何もかも消え去っていったのだ。


 俺はそれを呆然と見ていた。

 いや、もはや見ている事など出来ない。思いっきりツッコミたい……

 その衝動に駆られた感情を、俺は止めることが出来なかった。

「何で、ここだけちゃっかり超常バトルなんだよ!?」


 …………………

 …………………


 叫んでから、俺は取り返しの付かないことをしたと思った。

 転瞬、アリアの目が俺を睨んだ。

 それは、明らかに[罪を犯した瞬間を目撃された殺人犯の目]だった……

 大量に付着したはずの返り血は微塵もないが、それでも、その狂気に満ちた瞳は、殺人犯のそれであったのだ……


 少女は、何かを呟いていた。

「……え?」

 俺は思わず聞き返したが、それがまずかった。

「………ミラレタ」

「…………え!?」


「……ミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタ見られたミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレバニラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタ見られたミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタみられたミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタ………」


 アリアの瞳の中に映る俺の周囲に、「ミラレタ」の文字が大量にロールを繰り返し流れていた。

 そしてそれは、一つの結論に達したらしい。


「……証拠隠滅」

「え!?」

「……消去!!」


 刹那、アリアはナイフを振りかざし、俺に向かって襲いかかってきたのだ。

「……光に帰れぇ!!」

 鬼のような形相で向かってくるJKというものは空恐ろしいもので、しかも、彼女は先程まで[みみっちくも壮絶な聖戦]を繰り広げていたのだ。当然その結果、一人を殺害している。

 こうなると、二人殺すも三人殺すも同じ事で、今、まさにアリアは俺を標的にしているのだ。しかも、先程以上に、執拗に、狂気に染まり血走った目を向けて……


 俺は逃げた。

 反射的に逃げ出していた。

 生存本能の成せるワザなのか、これまで全く動くことがなかった足が、全力で稼働し、俺をあの恐るべきJKから逃亡させてくれていたのだ。

 後ろを振り返ることは出来ない。

 おそらくは、ナイフを振りかざしたアリアの顔が、間近に迫っているのが見えてしまうから……


 ひたすらに前だけを見て走る。

 周りの状況などまるで見えない。

 唯一、見えるのは満天の星空のみ……

 俺は星々に願った。

 ――こんな出会いなら、もういらない!

 走りながら、逃げながら願った。

 ――俺を、普通の生活のある世界に戻してくれ!!

 子供の頃以来、久しぶりに、本気で夜空に願ったのだ。


 アリアという少女が、その[星々の使徒]であると言うことを忘れて……



 気が付くと、俺は駅西口、大通りを更に進んだ神社の程近くにある屋台村を歩いていた。既に深夜0時を回っていたが、店の灯りは眩しく照らされ、大勢の社会人が日々の疲れを癒し、次の日の鋭気を取り戻そうと、酒や肴とともに談笑に興じている。

 無意識ながら、こんな所まで走ってしまったことに驚いたものであるが、それでも、人通りの多い場所に出られたおかげか安堵し、その後、すぐに周囲へと目を向ける。

 …………

 幸い、アリアの姿はなかった。

 諦めたのだろうか……


 星々に宿る何かが、俺の願いを聞き入れてくれたのか……

 あるいは、見逃してくれたと言ったほうが良いのだろうか……

 

 翌日、俺は会社を休み、その一日中、1LDKに引き籠もっていた。

 外を見るのも怖かった。

 目が覚めたときは、夕べの出来事が夢ではないかと思い、そう願ったものだったが、思わず持ち帰った[山田花子]の名が書かれた生徒手帳を見て、現実の出来事だったことに愕然とした。

 警察に話すことも考えたが、その時、駅構内での出来事を思い返し、止めた。あの少女は、警官より敬礼を受けていたではないか。そもそも、ラノベとかでは、あの手の連中は大抵、国家権力が保護していることが多く、もし、ここで通報でもしようものなら、表向き門前払いを受け、後になって組織から追われることになるのだ。


 その後、数日経っても何事も起きなかったが、不安に駆られ続けた俺は、会社を辞め、実家に引き籠もった。

 そして、今、この文を書いている。


 俺は、今一度星に願う。

 あの日、俺が体験した真実を世界が知って欲しいと云うことを……

 世界の裏で、人類の命運をかけた、[壮大且つ矮小な聖戦]が繰り広げられているという真実があると云うことを……


 ……おや? 兄が呼んでいる。

 俺に客だって?


 誰だろう……



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