しまパン
「どぉだ。これが縞パンだぞぉ」
微妙な三角形を両手で持ち、左右にぐにょんと広げて見せる。
「うん、そうだな」
「リアクション薄いなっ」
「いやだって、他にどう答えろと?」
「もっとあるだろー。ひゃっほーとか」
そんなのお前だけだ。
というか、どうして僕はこいつ(会社の同僚、仮にAとする)にこんな場所(Aの自宅)でこんなもの(水色の縞パン)を見せられているんだろうか。
「どぅよ。いいだろー。いいよなー」
というか、こいつはどうしてこんなに自慢気なんだ?
とにもかくにも、わからないことだらけだ。
仕方ない。整理するためにも少し思い出してみるとしよう。
あれは確か、昼飯も終わって眠くなりがちな昼下がり、隣り合ってデスクワークに励んでいた時だった。
「ダジャレの可能性について考えてみたいと思うんだ」
Aはいきなりワケのわからないことを言い出した。
「うん、仕事が一段落したのならこっちの仕事を回してやるけど?」
「余計なお世話だよっ」
「何だ、違うのか」
どうやら暇になったというワケではないらしい。
「これはアレだよ。とっても大事な話なんだっ。言うなればそう、人類の存亡に関わってくるというレベルの話なんだ」
「大きく出たな」
「うむ、ダジャレは世界を救うからな」
「そんな大事な話を仕事中の雑談でするワケにはいかないな。後で聞こう」
「うん、そうか」
仕事に戻る。
「って、違うよ!」
割とすぐに気づいた。五分くらい気付かなければ忘れていただろうに。面倒なことだ。
「で、何だって?」
「えっと……そうっ、ダジャレの可能性だ、うん!」
既に忘れているかもしれないという淡い期待もあったのだが、残念ながら憶えていたようだ。
「ダジャレの可能性?」
「そうだ」
「それを考える?」
「そうだ。有意義だろう?」
「……お前はどう思うんだ?」
ここで初めて顔を向けると、既にこちらへ向けられていたAの妙に人懐っこい笑顔が、大きく傾いた。
どうやら、何か思うところがあってぶち立てたテーマというワケではないらしい。
「えーと……」
「ほれ、はよ」
「……あー……」
さすがに何も思いつかんか。
「こ」
「こ?」
「こんなテーマにしたのはだれじゃー!」
「いや、そんなドヤ顔されても」
一欠けらも答えになってないし。
「というか、寒いぞ」
「寒い、だと?」
「今時そんなダジャレでは子供どころか年寄りでも笑ってくれんぞ」
「ふふふ……」
何か厨二っぽく笑いだした。
「どうした?」
「見つけたりっ。新たなるダジャレの道!」
「スベリ芸か?」
「違うっ。受けないことじゃなくて寒い方だ!」
「同じことでは?」
「いやいや何を言っているんだ。受けないだけなら役に立たないが、寒いということなら役立つかもしれない。主にクーラー的な意味で」
今更ながらあえて言うが、Aは頭が悪い。
「お前、ホントに寒くなると思ってない?」
「扇風機にダジャレを貼り付けるだけで温度が下がるとは、コレ特許いけんじゃね? オレ様金持ちでウハウハじゃね?」
「うん、ないから。これはアレだ。怪談を聞くと寒く感じられる的な、体感温度ってヤツだな」
「ホントは寒くないけど寒く感じられるみたいな感じ?」
「そうだ。クールバスクリンとか、そういう感じだな」
「何だ。あんな夏の風物詩としか張り合えないのか。ダジャレ大したことないな」
「お前とりあえずクールバスクリンさんに土下座して謝って来い!」
そして一発殴られろ。
「クールバスクリンか……」
「謝る気になったのか?」
「いや全然。そんなことより昨日縞パン買ったんだけどさ」
「え、何だって?」
「縞パンだよ、縞パン」
「それはアレか。縞々のパンツという意味の縞パンか?」
「他に何がある? よし、今日仕事終わったらウチで縞パン鑑賞会な」
「は?」
というワケで今に至る。
駄目だ。全くわからん。
何がどう繋がってこうなったんだ。
「ホレ、この鮮やかな水色。思い出すだろ?」
「何を?」
「何って、クールバスクリンに決まってるだろ」
「はぁっ?」
思った以上に下らない理由だった!
そして更なる侮辱を浴びるクールバスクリンさん可哀想。
「で、鑑賞会と言われても特段することもないワケだが」
「だろうな。というか、夕飯すら食わずに直帰したが、良かったのか?」
「まぁピザでも頼めば……はっ」
「どうした?」
「しまったっ。パンを忘れた! 朝食用のヤツ」
「縞パンだけにか?」
Aがえーという顔をする。
「ダジャレとかないわー」
「お前にだけは言われたくないわ!」