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↑なんてものはなかった

「・・・ええと」

 なぜここに例の元帥が来たのか・・・。

 それは多分・・・。

「テイル、怪我の具合はどうだ?」

 ミュヘル元帥はいつものハスキーボイスで俺に命令する。

 いや、訊いただけか。

「はい。普通に動く分には問題ないですが、戦闘はまだ無理だそうです」

 なぜミュヘル元帥がここへ来たのか・・・。

 絶対に怪我の具合を訊くためじゃあない。

「そうか。で、本題なんだが・・・」

 ほらもうきた!

「テイル、君は正規兵になる気はないか?」

 やっぱりな!

 ミュヘル元帥がここへきた理由、それは正規兵への勧誘だ。

 正規兵は常に人手不足、そこに戦闘能力が高い見回り兵士がいるとなれば、そりゃあ勧誘にもくるだろう。

 ほとんどの見回り兵士の目標は、正規兵になることだ。正規兵になればもっといい職場で働けるし、なにより給料も良くなる。

 だから断る理由がない。

 だからこそ、困るのだ。

 だって俺は。

「ええと、お断りします」

 正規兵士になりたくないのだ。

 俺の返答に、少し驚いたリアクションをした後でミュヘル元帥は訊いてきた。

「それはなぜだ?」

 駄目だ、それらしい理由を言わなくては。

「・・・自分には、荷が重いかなと・・・」

 これでどうだ。

「ふむ、なかなか謙虚だな。いい心がけだ」

「いえ、そういうんじゃなくて・・・」

 俺は何か言おうとしたが、ミュヘル元帥はそれを遮って言ってくる。

「心配しなくていいぞ。話を聞く限り君は十分な実力を備えている」

 十分な実力・・・?

「・・・いえ、まだまだです」

 俺は・・・。

「そうか?私はそうと思わないが・・・」

 俺は首を傾げるミュヘル元帥に頭を下げた。

「すみません。せっかくのお話しですが、お断りさせていただきます」

 大真面目に頭を下げた俺に、ミュヘル元帥は困った顔をした。

「顔を上げろ。・・・ううむ、そこまで言うのなら・・・」

 きっと断られるなんて思っていなかったのだろう。俺はちょっと申し訳ないなと思った。

「しかし、分かっているのだろう?自分の実力が、正規兵に通用することくらい・・・それとも何か事情があるのか?」

 ミュヘル元帥の顔は、わけを話せと言っていた。

 が・・・

「・・・いえ」

 俺は笑った。

「なんにもありませんよ」

 それは明らかな拒絶の意思表示だった。

「・・・分かった」

 俺の意思を受け、ミュヘル元帥は何か含みのある笑みを浮かべた。

「ではこれで帰るぞ。お大事に。それと・・・」

 ミュヘル元帥はそこで少しわざとらしく間をおいて、

「またな」

 と言い、去っていった。





「どう思う?」

「どう思うって・・・」

 頭の中の声ははっきりと言い切った。

「まだ諦めてないってことだろう?」

「・・・だよなあ」

 俺は大きくため息をついた。

 微妙な空気が流れ憂鬱な気分になりかけたとき、病室のドアが控えめにノックされた。

「失礼します」

 入ってきたのは、ええっと確か・・・。

「あのときの受付嬢A!」

 俺の発言に受付嬢Aは少し傷ついた顔をしたあと、律儀に自己紹介をした。

「私はメリルと言います。こんにちは、テイルさん」

「メリル・・・?」

 ということはひょっとして?

「メリル、君は平民なのか?」

「はい。テイルさんと同じです」

 おお、まさか平民出身にこんなところで会えるとは。

 すげー親近感がするんだが・・・。

「よろしくな。で、なんかよう?」

 忙しい治療係見習いがわざわざやってくるとは、なにか理由があるのだろう。

「はい・・・あの」

 うつむきがちにメリルは言った。

「今回は、すみませんでした・・・」

「は?」

 急に何を言い出すんだ?

「私の力不足が原因で、こんな怪我を・・・」

「いやいやいや」

 俺は大げさに手を振ってメリルの謝罪を遮った。

「俺が怪我をしたのは、どう考えてもメリルのせいじゃないだろう?力不足と言ってもそんなの承知のうえだし、怪我をしたのは俺の力不足だ」

「そう、ですか・・・」

 メリルはなぜかちょっと傷ついた顔をした。

「力不足と言っても・・・テイルさんはもう正規兵になれるほどの実力を・・・」

「ちょっと待って」

 聞き捨てならないメリルの台詞に、テイルは話を遮った。

「ええっと・・・正規兵の話はどっからでてきたのかな?」

 というかなぜ知っているのかな?

「え・・・なんかもっぱらの噂ですよ?」

「なにぃ!?」

 そんなっ・・・早すぎる!

「よかったですね!正規兵昇格おめでとうございます!」

 なんていう台詞を、なんの嫌味のない表情と声で言ってきて。

 俺はそれを、

「よかぁねぇよ!」

 と、真っ向から斬り伏せた。

「ええっ!?なんでですか?正規兵になればいいことばっかりじゃないですか!給料とか!」

 最初から金かよ!

「何に金使えってんだよ!寝床はあるし三食つきだし装備にかかる金は経費でおちるんだよ!たまに外食行くくらいだわ!」

「でも見回り兵士よりも格好いいし性能もいい装備が支給されますよ?」

「ハン!チャラチャラした装飾つきの装備なんて興味無いね!装備はいつの時代だってシンプルが一番なんだよ!だいたい重そうだし!」

「重いって・・・だからあんなに軽装なんですか!?」

 俺は速さ重視だから重い装備は邪魔になるのだ。

「じゃあなんで嫌なんですか?」

「・・・・・・」

 俺が正規兵になるのを拒む理由?

 それは・・・。

「戦闘が少なくなっちゃうんだよ!」

「・・・は?」

 正規兵になったら出動命令がない限り動けない。

 見回り兵士ならどこでもパトロールができて、俺の場合はどこに魔物が侵入してくるか頭の中の声が教えてくれるから確実に戦闘ができる。

 そんな俺には正規兵になってもメリットどころかデメリットしかない。

 そもそも見回り兵士になったのは、金銭的な問題を解決できて、たくさん戦闘ができる環境が欲しかったからだ。

「戦闘が少なくなっちゃうって・・・いいことじゃないですか!安全で!」

「俺は戦うために兵士になったの!戦闘減ったら意味ないじゃん!それに自由度も下がるし!堅苦しいのは苦手なんだよ!」

「えええ!?」

 これが俺の、正規兵になりたくない理由だ。

 あの場で言ったら間違いなく評価が良くなってしまいそうだったので言わなかったが、ここならいいよね!

「昇格なんざクソ喰らええええ!」

 テイルの悲痛な叫びは、病室にこだましまくったとさ。

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