あの人の背中を追って。
初投稿です。
ーーー
魔神
魔神、それは不滅。
魔神、それは生きる災厄
魔神、それは全ての悪の結晶。
ーーー
◇〈セシール村〉少年 7歳 ◇
目の前には蠢く黒い塊が複数。自分はまだ子供で小さいが、自分が縦に3人並んでも足らないほどに大きい。
「お母さん、逃げて!」
怖い…だが、歯を食いしばり、両手を思いっきり広げて自分の後ろに座り込んでいる母親を守るように立つ。
「レオ、逃げなさい!貴方だけならまだ助かる!」
「やだよ!母さんを置いては逃げれない!」
「レオ!言う事を聞いて!」
先程、黒い塊が家を破壊した時に母さんは倒れてきた柱から僕を庇って足を怪我している。
小さな僕でもわかる。母さんは歩くことはできない。大好きな母さんを守れるのは今、僕しかいないんだ…僕が母さんを守るんだ!
黒い塊が揺れ、じりじりと近づいてくる。
「神よ…私はどうなってもいい!だから…だから息子だけはお救いください!」
黒い塊が僕に向かって手を伸ばす。僕は目を背けず、覚悟を決める。
その時、僕と黒い塊の間に雷が落ちた。
「よく頑張ったな坊主。安心しろ。神様じゃないが、俺が助けに来たからな」
落雷の衝撃と轟音で尻もちを付き、目を瞑っていた僕の前から声が聞こえる。
「ここからは俺の仕事だ」
目を開けると、そこには金髪のオールバックで葉巻を咥えた、おじさんが立っていた。
と思ったその時、金髪のおじさんの姿が一瞬にして消えた。
黒い塊も動揺して辺りを見回している
「こっちだよ」
複数の黒い塊の隙間から見えたのは、さっきまで僕の前にいたはずの金髪のおじさんが、そこには立っていた。
「『二重詠唱』」
金髪のおじさんは両手を前に出し、人差し指で幾何学な模様を書いていく。
「あれは…魔法陣?」
お母さんが魔法を使ったところを何度か見たことがあり、見覚えがあった。あれは魔法陣だ。
ーーー
魔法陣
魔法を発動するための準備。魔力を人差し指に集め、空中などに陣をかくことで魔法を発動する。強力な魔法ほど魔法陣は複雑で少しでもミスをすると魔力が暴走をおこす。
なので普通は詠唱といった魔力を声に乗せて唱えることで魔法を発動する。
魔力
人間の体内にある不思議な力。未だに謎が多い。
人間には魔力を貯める働きと、空気に含まれている魔力の元である魔素を魔力に変える働きのある魔力器官が心臓の近くにある。
魔力器官の魔力を使い切ると暫く動けなくなる。
ーーー
「『雷雨』」
金髪のおじさんが、かき上げた魔法陣から複数…幾千も の雷光が吹き荒れ、黒い塊を飲み込む。
「す、凄い…」
それはとても幻想的で、子供の僕を魅了するのに時間はそれほどかからなかった。
「いっちょあがりだな。大丈夫か?坊主 」
「あっ、うん」
「お前も中々の男だな」
金髪のおじさんが、懐から新しい葉巻を取り出して咥えながら僕に近づいてくる。
「よく母ちゃんを守った、中々できることじゃないぞ」
金髪のおじさんはそう言って、少し笑顔が怖いが笑って僕の頭をワシャワシャと撫でる
「あ、ありがとうございました!」
「おう…というか、お前の母ちゃんがビックリして気絶しちまってるな」
「あ、ほんとうだ」
後ろを振り返るとお母さんが、ぐったりと倒れている。お腹が上下に小刻みに動いているので息はあると思う。
「さて、俺は魔神を倒してくる。お前はさっさと母ちゃん起こして逃げろよ」
「あ、あの…!」
「あん?」
「お名前…名前はなんですか?」
「俺はギルド『最後の希望』第一部隊、隊長。グレンだ」
ーーー
ギルド
特別指定魔獣の討伐や、戦争への参戦。雑用などをこなす何でも屋。
基本的に第一部隊が魔獣討伐。第二部隊が戦争への参戦。第三部隊が街の治安維持。第四部隊が街の人達からの依頼をこなしたり、ダンジョンに潜ったりする冒険者。第五部隊が記録や雑務などをこなす。
ラストホープ
500年以上続く古参ギルド。この世界で一、二を争う大ギルドでギルドに所属するメンバー数は5000を超え、実力も確か。
ーーー
金髪のおじさんは右の手の甲にある二つの剣が交わり、その周りを平和の象徴であるオリーブが囲んでいる紋章を見せてきた。
これはギルドマークと言って、ギルドに所属していることを表すもの…だった気がする。
「グレンさん…」
「また、どこかで会えるといいな坊主」
GYAAAAAAAAAAAAAA!!!
唐突に耳の鼓膜が破れるんじゃないかと思うくらいの雄叫びが聞こえる
「へぇ、あれが魔神か」
あれが…魔神……。
一言で言えば大きい二足歩行の牛。全身が黒く、両手に幅の広い肉切り包丁を持っており、全身から禍々しいオーラを放っている。見ているだけで吐きそうだ。
ずしんずしんと魔神がゆっくりと1歩ずつ歩いていく。魔神が歩く度に大きな地鳴りがおこり、大気を揺らす。
「『二重詠唱』」
再び金髪のおじさんが両手で魔法陣を書いていく
「『超雷嵐』」
直径2m半ほどの魔法陣を2つ書き上げた金髪のおじさんが魔法名を唱えると、轟音と共に嵐がおこり、いくつもの雷が轟く。
その中でも一番大きな雷が魔神に落ち、爆風で魔神がよろめく。
「凄い!これなら!」
「……」
金髪のおじさんがバツの悪そうに顔をしかめる。
「ど、どうしたの?」
「今のは俺が今使える最大の呪文だったんだ。今ので倒せなかったの見ると、あいつは俺の手にはおえそうにない」
「そんな…」
魔神が魔法を放った金髪のおじさんを標的にし、こちらへ歩いてくる。
「ちっ!」
金髪のおじさんは全身に雷を纏うと思うと一瞬にして魔神の顔の目の前に飛び、顔面を殴る。
GYAAAAAAAAAAAA!!!
再び魔神が叫ぶ。おじさんの攻撃が効いてるんだ…!倒せる!
そう思ったのは束の間、魔神が顔の前にいるおじさんを手で掴み、放り投げる
「おじさん!!」
精一杯声を張り上げて、おじさんを呼ぶが反応はない。
僕の声に反応したのか魔神がこちらに再び歩き出す
「あ、あっ…」
怖くて声も出すことも動くこともできない。
ついには、あと1歩踏み出せば僕を潰せるという距離まで魔神が近づき、僕に向かってとんでもない速さで腕を伸ばす
僕はここで死ぬんだ…。
そう覚悟し、目を瞑った
想像していた痛みはいつまで経っても来ない。すると、ぽつんと僕の頬に水滴らしきものが落ちたので目を開けると、そこにはお母さんがいて、僕を見て笑っていた。
「良かった…本当に良かった…」
お母さんはそう呟いて目を閉じた。
なんでさっきまで自分の後ろで気絶していたお母さんが自分の目の前にいるのか、何故幸せそうに目を閉じているのか。
魔神の指先がお母さんのお腹を突き刺していた。
お母さんは僕を庇って死んだのだ。
「お…かあ…さ……ん…お母さん!!! 」
僕は立ち上がり、お母さんの体を抱きしめようとすると、魔神の指が動き、ゆっくりとお母さんの体から指が抜かれる。
お母さんがばたりと倒れる。
「なんで…なんで……!」
僕は倒れたお母さんの体に泣きつき、必死にお母さんの体を揺する
「『封魔陣』」
崩れた瓦礫の中から飛び出した1つの光。
「できれば使いたくなかったぜっ!」
その光に目を奪われ、僕はお母さんの体を揺するのをやめる。
その光の正体は金髪のおじさんだった。金髪のおじさんは眩い光を放ち、魔神を…全てを飲み混む。
光が落ち着き、消えた先に見えたのは石となった魔神。
「禁忌指定魔法『最後の希望』自身の命を代償に魔を滅ぼす魔法だ」
「おじさん!」
「さっきから気になってたんだが、おじさんはやめてくれ…俺はまだ20代だ……」
強がってはいるが、金髪のおじさんの左腕は砂になり、少しずつ地面に落ちている。
「悪いな坊主…お前の母ちゃんを救ってやれなくて…」
次は左足が砂に変わり、崩れ落ちる。
「おじさん!」
僕は金髪のおじさんに駆け寄って、その体を支える。
「坊主…最後にいいか」
「なに?」
「これは俺の勝手な押し付けだ」
「うん」
「坊主、お前はその歳で母ちゃんを亡くした。見たところ父ちゃんもいない。お前はこれから天涯孤独だ。辛いことも沢山あるだろう。善人になれとは言わねぇ…だが、負けるなよ…孤独に、人生に」
「難しくてわかんないよ…」
「ははっ、確かにそうだ。お前にはまだ早い話だったな」
おじさんの下半身が全て砂に変わり、崩れ落ちる。
「まぁなんだ…」
おじさんは僕の目を真っ直ぐ見つめる。
― 強くあれ ―
おじさんは力強くそう言った。
僕の頬を涙が伝う。
「泣くなよ」
おじさんが優しく微笑む
「う゛ん゛」
「それとなんだ…もし良かったら王都に行って俺が死んだことを伝えておいてくれないか?」
「わかった…必ず伝えるよ」
「助かるぜ…」
おじさんはそう言って懐から葉巻を取り出して口に咥えて火をつける。
「ふぅ…坊主、ありがとな。最後に俺は孤独にならずにすんだ。誰かと一緒に最後を迎えられる」
「悔いが無いわけじゃねぇが、それでも俺は満足だ」
おじさんは自分を言い聞かせるかのように呟く。その目には僕と同じように涙が浮かび、頬を伝っていた。
「おじさん、男は簡単にないちゃいけないんでしょ?」
「そうだな…泣いちゃいけねぇな」
顔の右半分が砂となり崩れ落ちる。残ったのは左上半身を残すだけだ。
「おじさん…」
おじさんは精一杯の笑顔を浮かべて、残った右腕で僕の頭に手のひらを置いて、乱暴に撫でる。
「じゃ…あ……な」
そう最後に言い残し、おじさんの体は全て砂へと変わった。
◇〈セシール村〉レオ 9歳 ◇
魔神封印の事故の後、俺は孤児院に引き取られ、2年を過ごし、今日、王都へと旅立とうとしている。
魔神封印の後に建てた母さんとおじさんのお墓の前で俺は手を合わせて出発報告をする
「母さん、おじさん、行ってきます」
お墓からは、小さな木の芽が青々と出ている。
次、ここに来た時にどれだけ成長しているか楽しみだ。
俺はお墓に背を向けて王都に向かって歩き出す。
「あの人の背中はまだまだ見えないけど、俺は必ず最後の希望に入って、一番隊の隊長になるんだ」
― 強くあれ ―
そのとき、ふと背中を押された気がした。
「ありがとう。頑張るよ。」
俺はそう呟き、後ろを振り返ることなく、歩みを進める。
あの人の背中を追って。
ご意見、ご感想をお待ちしております。