【 3 校庭にて 】
イルダは困ったように眉を寄せた。
「うーん。落としてしまいそいうやし、遠慮しとくわぁ」
「なんだ、そんなこと。髪留めにとってその髪を飾れただけで幸せだと思うぞ?」
「いつ元に戻るかわからんし、勿体ないとおもうんよ」
折角だけど、ごめんねぇ。気持ちはうれしいわと申し訳なさそうに断る。
取り巻きの四人とその召喚竜たちもハラハラと、応援する視線に落胆がみえた。
ワトーもさりげなく自身の竜をぽんっと叩いて慰める
「なんだ、町いかないのか」
「なんや、どこか行きたいところでもあるん?」
空気をよんだのか区切りが終わるのを待っていたのか、小さい竜は話しかけた。
短い間であろうと隙を逃さずモリモリ食べるのを再開していた竜
ソテーを食べ終わり汚れた口を舐める
「中古屋とか、ものを引き取って金にしてくれる店を紹介して欲しかったんだけどな」
あとなんなら高く売れるのかとか。見上げるのにそれなら、と返す
「それぐらいの時間やったらあるで。一緒にいく?」
「助かる」
さすが顔が広いだけあるな、美味しいもんたべようぜ。新しくケーキのお店ができてなぁ
もうきゃっきゃと話しはじめていた。
置いてきぼりにされたワトーの竜が見れなかった
だが怖いもの見たさでちらっと視線を向けたがすぐさま後悔した。
ドンっと地面を尻尾で叩く。
「貴様はなんだ………」
口の端から煙があがり、睨み付ける。
今にも噛みつきそうな竜に小さな竜はきょろきょろとあたりを見回し、ハテナマークを飛ばしてお前か?とイルダを見た。
「そこの小さいのだ!なに関係ないツラしてやがる!」
怒鳴り声に萎縮していた子供たちはひっと小さく声をあげた。
「オレ?」
「そうだ!貴様、オレ様がだれだかしらねえのか!」
ひえ、と両手を口の前にやり目を見開いた。
「知ってる前提で話しかけてる!なにコイツこわっ」
「あぁ?!」
「狭いコミュニティで名前知れ渡っているからって、知らないのが普通なのに当然みたいな言い方してる!キモッ!自意識過剰がいる!!話しかけないでください!」
やだ目があっちゃったーどーしよーとぷるぷると震えてまでみせた。
おぞましいものを見てしまったと目をそらす様子が、さきほどの言葉もあわさって
そんな場合でもないのに込み上げてきた笑いにふきだした。
ギッと睨まれてバッとそらす
「………喧嘩売ってんのか……?」
「むしろ買ったんじゃないか?きちんと考えて口にしろよ」
「上等だキサマ!捻り潰してやる!!」
平然と最後のアスパラに手を伸ばす
ぎりぎりと牙をむき出し凶悪な顔になっていた竜は、イルダの前でありながら激昂した。
「わ、ちょ、ちょっと!!」
初めて目にした竜がキレた姿。腰が引けるもとっさに自身の竜を両手ですくいあげる
小さな竜が乗っていた机の上を炎が舐めていった。
「あつ、あつつつ!!」
熱気に飛び上るようにして離れる。
どう力加減をしたのか、イルダには熱気すらむいてないようだった。
「食べ物があるところで騒ぐなよ」
「お、お前なぁ!煽るな………げえ!」
「オルド、落ち着け!」
「オルドさん!」
まったく非常識な、とのんきに手の上でアスパラを食べる
少年が見たのは思い切り空気を吸い込み、いままさに大量の炎を出さんとしている姿だった。
慌ててワトーや後ろにいた四匹の竜も呼びかける
そらしていた頭を前にやり、長く息をはきだそうとしたところで細く綺麗な指がたてられた。
「そこまで」
唇をくすぐった柔らかな感触にふしゅんと空気がぬける。
「喧嘩やったら外でな?そういう場所はあるやろ?」
おっとりと止められ、目を白黒し金色の鱗からでも解るぐらい頬を赤くした。
「すぐ準備するさかい、ちょお待ち」
その指で外をさされ、大人しくなった竜はしぶしぶと食堂を出ていく
ほっと胸を撫で下ろした面々もついていき、ワトーは首だけ振り返った。
掌の上の竜とその手の持ち主を見て、憐れみと馬鹿にしきった眼差しを投げていった。
後姿が見えなくなってから竜に詰め寄る
「な、なんてことすんだよ!」
「仕方ないだろ、決められてんだから」
「はぁ?」
最後のひとかけらを口に放り込んで、大事に味わって飲み込んだ。
ぴょん、と飛び降り机の上のふきんに近寄る。手をぬぐっていた。
「なにいって……けど、おまえさぁ……」なにかを言おうと纏まらない思考のまま声をだす
「悪いわねえ。できればウチらでやれればよかったんやけど、あの子あの調子やろ?ウチらの前では礼儀正しくて機会がなかったんよ。きてくれてよかったわぁ」
「へーへーそんなもんだと思ってたよ」
面倒くさそうに返す
話についていけない子供に手を振り、いいからさっさと食べちまえと促す
そうは言ってもご飯なんて。
机は焼けてトレーも溶けてしまっているだろうと改めて見れば、どちらも綺麗に残っていた。
そういえば焼けていればふきんすら残っていなかったハズ
どこも焦げた跡がなく、なんだかんだ言いつつ冷静だったのかと倒れた椅子を戻し座った。
だがフォークを握る段階で、机の上は氷が薄くはっているのに気が付いた。
鶏肉の表面はパリパリ。アスパラもシャリシャリ。スープは表面の氷を割ってすくった。
もちろん食器はトレーごと凍り付いている
……竜は片手を腰にあて、もう片手を頭にやり片目をつぶって可愛らしく舌を出した。
ああ、うん。だろうなぁ。
なんだかよく解らないけれど、なにかをすっごく納得してどんよりと目が曇る
ちゃっかりと自分の分は食べ終わっていた竜は、気持ちよさそうに伸びをした。
【 3 校庭にて 】
そのあと、あたたかいスープをおばさんが好意でよそってくれた。
オレもとねだった竜も、おかわりを食べる
食べ終えてから校庭に行くと準備は終わっていて、イルダがこっちこっちと二人を手招いた。
校庭の半分を使った大きな円。端と端に小さな丸が描かれている
「初めてやから説明すると、まずこの中は安全なんよ」
腕を広げて自由に踊れるぐらい余裕のある丸
「こんなかはウチがちから巡らせて、外からの攻撃が通らないようにすんの」
この外も、と大きく引かれた線をさす。
「見ている奴と中にいる奴をわけてんのか」
「若い子がおおいやろ?基本、自分を召喚した人間は本人が守る、なんやけど。力加減がわからずパートナーどころか他の竜や人間やその周辺をまきこんでしまいそうなのよ。やから予防しとるん」
いざ、という時しか発動させてへんけどね。と微笑む
「まぁ、やってみないとそこらへん、わかんねーよなー」
「そうやなー」
「お前、ずっとここにいるか?」
「………そう、だね………」
何度もここで力試しや喧嘩しているのを見ている身としては、あんな驚きの連発の、あたったら死にそうな技の前に無防備に体をさらしたくはない
「じゃあいいかな」
「……けど、俺も出るよ」
聞き間違えか?と小さく首を傾げた竜に「なにかできるかも知れないし」と目をそらさずに言う
容赦なく氷を出してはいるがワトーの召喚竜、オルドには敵わないだろう
身体の小ささもあって他の竜ならそうでもない攻撃も、一発で動けないほどの怪我になってしまう
―――死んで、しまうかも知れない。
なんとか逃げ回ってその間に向こうの気が済めば、と考えていた。
「……んー、ま、いっか」
パタパタと羽を動かし少年の頭の上に乗る
突然の行動に固まった。
「危なくなったらなにをおいても、この中に逃げるんやで?」
じわじわと頬が熱くなる。
イルダの忠告に頷こうとして、すぐさま声だけで返事をした。
「勝敗は地に捻じ伏せる、動けなくする、負けたと言わせる。この3つやから。変わらんやろ?」
「おーいいな」
「殺すのだけは駄目。うっかりでも意図的にだとしても、風当りはきつくなる……大丈夫やよね?」
「よゆーよゆー!」
「余裕だと?ずいぶん舐めた口きくなァ」
反対側の小さな丸の中に控えるワトー。離れて中央に立つオルド
聞きとがめたオルドが睨み付ける
眼光にすくみあがり足が震えた。
さっきは小さい竜だけに怒りが向いていた。今は一緒に怒りを向けられ口内がカラカラになる
ごくり、とつばを飲み込んだ。
「事実だからな」
「アァ?!」
「負けたのは手加減したからだって、言い訳したいのなら使ってもいいぞ」
「………面白いな、テメエ……」
ゆらり、とオルドの周囲の大気が揺れる
だがなにかに気づいたように目を見開くと、はっ!と笑った。
「それはテメエじゃねえのかァ?ワザと負けてやったんだとかぬかすんだろォ?」
「えー?じゃあ負けたらそういうわ」
さらりとかわす。噛みついても手ごたえのなさに一瞬拍子抜けする。
己の爪ほどもない小さな竜の余りにもな態度。
ブツリ、とどこかが切れた音を聞いた。
「……オレ様によくここまで……。いいだろう、本気で相手してやる………」
「え、ホントうれしーい!」
拳をつくりわきをしめ、人間の女性であれば胸を強調するようなポーズ
大げさな態度だったが目は半眼でさめていた。
「ここまで楯突いたクッソ生意気なテメエの名ぐらい覚えておいてやる。名乗ってみろよ、チビ」
「だってさ」
ぺしり、と頭の上に乗っていた竜は尻尾で額を叩く
威圧感にのまれていた子供は、その軽い刺激にとめていた息を吐き出した。
「へ?」
髪の毛に掴まり逆さになる。半分覗き込む形でなんで名乗らないの?と促す視線にえ、え、そうだっけ?そんな話だったけ?と混乱しながら口にした。
「り、リオ……」
「アスター」
もそもそと頭のてっぺんに戻る。ふう、と一仕事終えた様子で落ち着く
「オイ、オレには名乗らねえのか……?」
待てども続く言葉がなく、焦れて声をかける。
ひくひくと口の端をひきつらせていた。
ハテナマークを浮かべ解ってない顔をするアスター
「なんでその人間には名乗って、聞いたオレにはなにも言わねえ!!」
ああそのことか、と頷いて元気よく言った。
「自分から名乗ればいいのにな!」
「オルドだあああァァ!よっくおぼえておけええええコイツがテメエの最後だあああああァァァア!!!!!」
「アスター。殺しはダメっていわれてるのに、おっばかさーん☆」
吠えたてがなる二重の声がビリビリと、空気を振動させた。
耳に手を当てる子供達も多い中、当人はどこまでも効いていなかった。