【 2 食堂にて 】
ひっくひっくとしゃくりをあげる
ようやく落ち着いてきて竜を見れば、ペタリと岩に身体をつけていた。
日光浴でもしていたのか暇そうにしている
目はずっと向けられていたのかすぐに合い、やれやれといったのが読み取れた。
「うわ、べちょべちょ」
そう言うなり突如として視界を奪われ頭が重くなる
泣きすぎてくらくらとしていた頭にその重みは耐え切れず、首がぐきっといった。
鼻水が垂れている感触はしたがそのままにしていた。鼻も頬も熱を持っている
どうやら冷やそうとしたのだろう、氷で出来た半球に頭を突っ込んだような状態
口だけは呼吸の為か開けられていた。
「ううううう~っ」
「なんだまだ泣くのか」
仕方ないな、と待つ気配を感じた。
「大丈夫だよ……」
両手で上に持ち上げれば意外にすんなりと取り外せた。
なにか拭くのは無いかとポケットをさぐるが見つからない
仕方ないのでパンを包んでいた布を手にする。
残りのパンを粗末にしたらぶん殴ると竜の目が告げていたので、先に口に押し込み咀嚼した。
「次、それで食べ物包んだら両頬を腫れるまでビンタする」
「しないよっ」
ぐしぐしと拭い最後に恥ずかしいが鼻をかむ
竜はドン引きしていた。
「ひくわー」
「伝わってたのに!」
【 2 食堂にて 】
思い切り泣いたからか喉の渇きを覚えた。お腹もグウウウとなった。
「どうするんだ、水でも飲むのか?」
「それでもいいんだけど……って、別にお金無い訳じゃないし!」
「なるほど………なにかあった時の……」
「あるよ!毎食買い食いして遊べるぐらいは」
「一日だけの贅沢」
「半月は持ちますぅー!」
なんで決めつけているんだと唇を尖らす。
「え、だって」と子供の身体を上から下へと眺めた。
「肉付き悪いしそれが成長にも出てるだろ?」
少年はうろたえた。
「解るのか……?」
「いや実は適当に言った」
「お前なんなの?!?!」
「けどあんまり食べて無いのは本当だろ?人間の一食があれっぽっちで足りるわけがない」
まぁ、朝と夜だけじゃなくなった可能性もあるけどな、と思い出すように宙に目をやった。
「よく解らないけれど、ようするに何か食べたいの……?」
「そうだな」
「だろうね!」
「この近くに食べられる店は無いのか?」
ちら、と学舎の方を見る。日の高さも確認し周囲の静けさに考え込んで、竜に戻した。
じっと見つめられ首をかしげる。
いいかもな。呟いて「ご飯食べに行くか」と腰を上げた。
「どれぐらいかかるんだ?」
「そんなかからない」
「あったかいの食べたい」
「あると思う。スープは毎日出てたはずだから」
寮に戻る道を歩きながら、あれ、竜って人と同じ食べ物食べてたっけと浮かんだ。
学舎がある小高い丘を少しおりた林の中、自然の中に隠すように建てられた寮があった。
特に太い木は切り倒さず、建物の一つとして取り込んだ作りとなっていた。
「へえ、でかいな」
「だろ?」
学舎と同じように白い壁に周りに溶け込む緑の屋根
寮に近寄ると中から沢山の人の気配がした。
玄関をくぐると二階から話し声も聞こえてくる
入ってすぐの目の前は吹き抜けになっていて、ブローチのモチーフにもなっている葉が頭上に広がっていた。
幹は三人の大人が輪になり腕をのばした太さ。朝日を受けてきらきらしている。
壁には弧を描くように階段があり、それが二階や三階に繋がっていた。
木を迂回して正面を進むと椅子や机が置いてあり、そこそこの空間
飾り棚には少年が手にしている本と同じのが数冊ここでも読めるように置かれいた。
「これみよがしなあの絵は」
「ここを建てて俺らに召喚や竜について教えてくれる先生」
「ふーん」
飛んでじろじろと見る。人物を、というより絵を入れている額縁に興味を示していた。
「ほほう、これはなかなか……」
白い石でできたそれを関心したように眺めていた。
どこにでもありそうな、古ぼけた額縁になにをそこまで。思いながらも足を止めて待つ
戻ってきた竜は道中と同じように杖の上に掴まった。
はめこんだ石を抱えるようにし、先端の木の部分に顎を乗せる体勢だ。
歩く動きにあわせて振ったりしたらまた氷が飛んでくるかも知れない。
それとは別に親指ぐらいの大きさというのもある。
小動物に手荒な真似が出来ないのと同じ感覚で、揺らさないように気をかけながらあゆみを再開した。
食堂の前につくと美味しそうな匂いが強くなった。
「嗅いだことある匂いがするな!」
弾んだ声。わくわくした竜とは正反対に気鬱になる
丁度皆が下りてきている時間だったのか、ほとんどの顔が入口からもうかがえた。
止まってしまった足。中に入るのを躊躇する。しかし、すぐそばには竜がいる。
すぐ帰ると言っていたが、とても小さいが、雑な対応されるが初めて召喚に答えてくれたヤツだ。
うずうずとご飯に目を輝かせている姿に喜ばせたいと、気持ちがまさった。
杖を握り直し、袖で顔をこする。眼鏡をかけ直してぎゅっと唇を引き結んだ。
「あら、ひさしぶりだね」
ご飯を作ってくれるおばさんがいち早く少年の姿に気が付く
「今日はここで食べていくのかい?いっぱいお食べ」
そう言って皿にポテトを多く盛り付ける
頷いて返事を返そうとしたが言葉に詰まった。
「オレの分もそれぐらい大盛りにしてよ、おねーさん」
いつの間にか台の上に乗っていた竜はくるりと振り返ると「なに自分だけトレイ持ってんだよ」と尻尾をばしばしとさせた。もう一つ持てとうながす
ちっちゃい竜に目を丸くした女は「あらあらまあまあ」と目を丸くした。
こういう竜もいるんだねぇ……と不躾な視線もご飯を得る為かやけに可愛らしいしぐさで首を傾げた。
「おちびちゃん、こんなに食べれるのかい?」
「いっぱい食べれる」
だから、さあ、沢山盛り付けるんだ!と平鍋に入っているチキンのソテーに釘付けになりながら愛想を振りまいていた。
コイツ……と思いながら仕方なくしたがう
「別に俺のから分ければいいじゃん」
「変態と同じ皿とかちょっと……」
「おい、しまいには怒るぞ」
「図星をさされて?」
「ちがうって!」
この場所に見慣れない姿があることにようやく気が付いたのだろう
食事をしていた子供達が視線を向け声を潜めた。
出来るだけ視界に顔を入れないようにさっと見渡し、空いた席に座る。
話をしながら食べれるように前の席にもう一つのトレイを置いた。
………竜の姿が他からも見えるようにしたというのもあった。
そんな思惑など関係ないとばかりにフォークを抱えた竜は、身の丈に合わないそれでソテーに突き刺す
鶏肉を引き寄せて小さな口であぐあぐとしては「これこれこの味!」と満足そうに目を細めていた。
「ちょっと違うなーけどおいしいしいなー。これはこれでいいなー!」
突き刺したまま置いて次はスプーンを抱える
豆と野菜を煮込んだスープをこれまた器用に食べていた。
自分もトレイを見る。ポテトにアスパラ。チキンのソテー。丸いパンが二個。豆と野菜のスープ
泣いて喉が渇いていた事もあり、コップの水を飲んだ。
おかわりをしたかったが取りに席を立つのも躊躇われて、空のコップを置く
ジャガイモをつぶして塩で味付けしただけのポテトは、まだほんのりとあたたかくて
山盛りに盛られていたのにあっというまに食べてしまった。
そのままアスパラ、パン。スープ、ソテーと頬を膨らませて食べる姿にそれでいいと竜は鼻をならしてパンに齧りついた。
「いっぱい食べろよ。途中で倒れられたら迷惑だからな」
「んぐっ………んん、ん?」
「そうそう」
「……おい解ってないだろ」
「喜んで肉の壁になりますって言ってたんだろ?」
「言ってねーし捏造はなはだしいな!」
「じゃあ今言えば嘘じゃなくなるな」
「いっ……いうか誰が!」
「口からご飯が飛ぶだろオイ」ゆらりと尻尾が不穏な動きをした。
物理的に空気がひやりとする。
口内に食べものは残っていなかったが、慌てて口を閉じ声をおさえた。
「本気なのか……?」
「うん?」
アスパラを端からしゃくしゃくしていた竜
「すぐ帰るって」
「本気も本気。むしろ気が付いてないのか?」
言われて思い返すが出会いがしらから衝撃の連続すぎて、記憶がいろいろ曖昧になっていた
「えーっと………」
「オレお前の召喚陣は使ったけれど、契約はしてないぞ」
「へっ?」
目を凝らしてみればなるほど
本来なら染み込み一体となっている陣が変な膜のように身体に張り付いていた。
「そもそも契約できたら沢山の身体と性格を持った一体の生き物なんだけれど、つかそれ300年前歪みに入ってできた邪竜だけど。世界征服でも狙ってんの?」
「狙ってないよ!」
「多くの仲間を失い殺さなければいけなかった邪竜を望む人間……許さない絶対にだ」
「そんな事にもなってたのかよおおおもう駄目だあああああ!!!」
「好感度最低どころか嫌悪だな」
「よかれとやったのが正反対にききすぎて死にそう!!」
「若い奴らは『やだサイテー』で、歪みを目にしたやつは『アイツ頭おかしい』だなやったな!」
「うえ”え”え”え”え”え”ん”ん”ん」
顔を覆いぶわっと泣き出す。
「なんで誰も教えてぐれながったんだよおぉそんなつもりは、ぞんなづもりながったよ”お”ぉ”」
「そんなこと言っといてー。実はちらっと考えてたんじゃないのか?」
「ないよぉ”お”思い付きもしなかったのにい”ぃ”」
一度泣いたからかタガが外れたように一瞬で顔面がぐしょぐしょになった。
その様子を観察していた竜は、あーコイツは本当に可哀想な人間だったんだなと念の為の探りを入れるのが馬鹿らしくなった。
「頭が可哀想なだけだったんだな」
わざわざ口にした。
憐れみの眼差しがどこまでもつらい
「誤解がとけてよかったねぇ、これつかい」
鈴を転がすような声と共に差し出されたハンカチ。聞き覚えのあるそれにバッと顔を上げる
その顔を見て固まった。
「元気やった?」
「そこそこ」
女は竜に話しかけ、竜も当然のように返す
「イルダさん………」
呼ばれて目が合うと笑みを深めた。
腰まである桃色の髪の毛。下に行くほど金色になる。毛先のほうをゆるく結んでいた。
細い目をさらにほそめてニコニコ笑う
肩だしニットの服をきて、長い袖から出た指先がハンカチを握っていた。
大きく豊かな胸、ワガママボデイのふわふわとした身体に抱きつき癒されたいと願う男は多い
初めて竜を召喚しこの学園を作ったノース・トレイドの契約竜、イルダ
人型にもなれる高い能力を持った彼女は、皆が憧れるままの柔らかい雰囲気で少年の前にあった。
「ほら、どうしたん?」
受け取らないからかハンカチが頬に当てられる
「だ、大丈夫ですありがとうございます!」
顔をひきつらせ、身を引いた子供に「そう?」と握らせた。
渡されて手の中の物をどうしようか迷ったが、使わないのは失礼になるかも知れないとそっと拭う
「鼻かむ時は外でやれよ」
「わかってるよ!もう!!」
二人のやりとりにくすくすと笑う。
そんな姿をみてふと、彼女から背筋が寒くなるような威圧感が感じられないことに『誤解がとけてよかったねぇ』が何を指していたのかに気が付いた。
「あの、………すみませんでした……」
イルダは困ったように眉を下げ、「物好きねぇ」と頬に手をあてた。
「いい子だったからよかったものの、わざわざ首を突っ込むなんて」
「仕方ないだろ、夢一杯で召喚しているんだ。そんな相手に用が終わったから帰るなんて言えないだろ」
「そうやねぇ、みんなとっても期待してはるもんね」
「コイツなら誰も選ばないだろうし、一生契約なんかされなかっただろ。オレが行っても問題ない。それにもし知らずあんな文句にしてたなら教えればいい。別のをすぐ呼ぼうとしても教えた対価と言えばいい」
「……それでも別のを呼ぶから帰れって言ったら……?」
いじられまくるのでちょっとした意趣返しで口にする
勿論本気ではない。竜は尊大な態度でニヤリと笑った。
「してもいいぞ?」
「いいのかよ」
「その場合、戻ったら『契約者に汚されちゃったこんな屈辱はじめてくすんくすん』とでもあることないこと言いふらして最後の可能性まで潰しちゃうかもしんない」
「えげつねえコイツ最悪だ」
「オレの言うことを聞くしか選択肢は残ってないんだよ」ふははとむしむしパンを食べる
あーはいはいソウデスネー。恵まれてますよと鼻水をすする
鼻をかむついでに水もとってこようと席を立った。
イルダは入れ替わりに、竜がいる机の椅子に座った。
ただでさえ注目を集めていた所にその人柄で人気のイルダも加わったのだ
もの言いたげな周囲の様子をさっして、つかまる前に食堂の外に出る
ハンカチ……でするのはさすがにと思ったので、ポケットに突っこんでいたチェックの布を出した。
汚れていない箇所で鼻をかむ
眼鏡を取って袖で目元をぬぐい、かけなおした。
再び布をポケットにしまい、脇にはさんでいたコップを片手に持つ。
中に戻ると見慣れた五人組が近づいてくるのが見えたので、行き会わないよう避けた。
水差しからコップにそそぎ、一度飲み干してから再びうつす。
遠回りして机に戻った。
「おめでとう。ようやく竜を召喚できたんだね」
あとをついてきた五人。その人数分の竜が後ろにいる
椅子に手をかけ座ろうとした中途半端な姿勢だった。
声をかけてくるとは思っていた。ただ、ご飯を食べているし、竜もイルダも話している
後回しにするようだが今は関わりたくなかった。だが、それは叶わない
「……ありがとう。そうなんだ、ついに出来たんだ」
ん?と二人もこの集団に目を向けた。
「おはようございます、イルダ」
ワトーは腰を曲げて挨拶する
普段は身体の大きさから、取り巻きの四人の後ろにいたワトーの召喚竜もその横にいた。
「相変わらず綺麗だな、イルダ。アンタの髪に似合う髪飾りを見つけたんだ。よかったらこのあと見に行かないか」
自信満々の声、彼女に近づかないようにしていたから気が付かなかったが、さすがに解る
あ、これイルダが居たからこそ声かけてきたんだ、と。