彼女の告白
慣れた足取りで彼が向かったのは、隣町の大学病院だった。
エントランスを抜け、エレベーターを待つ彼に、通りすがりのナースが微笑みながら会釈する。
もうすっかり顔馴染みだ。
会釈を返してエレベーターで三階まで昇り、さらにそこから東の端にある病室へ。
「……入るぞ」
壁にかかっている札をちらりと見て部屋番号を確認すると、彼はノックもせずノブに手をかけた。
「あら?」
中に居た女性が、音も無く開く扉に気付き、ベッドから身を起こす。
この病室は、彼よりも一回り小柄なその女性の個室になっているらしく、彼女のベッドの他にはテーブルと椅子が置いてあるだけである。
「何だ、武田だったの……」
いつものようにドアを開け放つ彼――武田――の顔を見て、彼女もいつものように、小さく溜め息を漏らした。
「何だとは御挨拶だな、葵……」
彼女――葵――の反応を受けて、武田が仏頂面をしながらベッドの脇にある椅子に座る。
「急にドアが開いたから何事かと思って身構えていたら、見知った顔が出てきて安心しただけよ。別にあなたが出てきて残念がってるわけじゃないわ」
「そりゃどうも……」
抑揚の無い彼女の声を聞く限り、適当に誤魔化しにかかっていることは疑いようも無いが、このまま不毛な問答を続けるのも骨が折れそうだ。
彼は頭の中で自尊心と労力とを秤にかけた末、溜め息混じりに不景気な顔を取り下げた。
「今日は一段と暑いな」
「もう夏だもの」
「この分だと明日も暑そうだ」
「もう夏だもの」
「昨日、蚊に噛まれた」
「そういうこともあるでしょうね。もう夏だもの」
「さっきからそれしか言わないな」
「あなたの話題が単調なのよ」
窓の外を眺めながら、二人他愛の無い会話を続ける。
彼が彼女の見舞いに行く時は、いつも決まってこの調子だ。
同い年の二人が出会ったのは、中学生の時分である。
以来、所謂腐れ縁といわれるものか、彼は彼女と同じ高校、大学へと進んでいた。
彼女がどこを悪くして病院に居るのか、彼は未だによく知らない。
彼女のことだ、聞けば教えてくれるのだろう。
しかし彼は、中学、高校と入退院を繰り返していた彼女に、それを尋ねるような気にはなれなかった。
具合が悪いから、病院に通い続けているのだ。
今更『容態はどうだ?』などと彼女に訊くのは、あまりに間が抜けている。
「そうそう、少し話が変わるのだけど」
「ん?」
「ついこの間主治医に聞いた話だけど、私、後半年だそうよ」
そらみたことか。
感慨も無く言い放たれた彼女の告白を受けて、彼は胸の中で一言呟くと同時に、自分の鼓動が早まるのを感じた。




