彼の朝
彼の一日は、いつも小汚いベッドの上から始まる。
もちろん、小汚いのはベッドだけではない。
床にはいつ脱いだかも覚えていないシャツやズボンの山。
無論洗濯などしていない。
部屋の真ん中に置かれている小さなテーブルには、ビールの空き缶が五本ほど放置されていた。
引っ越して一月ほどの間は、彼にも、せめて身の回りくらいは最低限整えておこうという、僅かばかりの良識はあった。
しかし、それから一ヶ月、もう一ヶ月と暮らしていくうち、徐々に生来のものぐさが顔を出し始め、この部屋で暮らし始めておよそ半年後、彼はこの小さなワンルームマンションの一室で、とうとう開かなくても良い悟りを開くに至った。
どうせ誰かが遊びに来るわけでもないのだから。
目を覚ました彼は、空き缶の横に置いてあった袋の中から、乾燥した食パンを取り出して口へと運ぶ。
口中の水分をもって行かれそうになるのを、期限ギリギリの牛乳で誤魔化しながら、一気に飲み下した。
見るからに味気なさそうな食事だが、彼の顔に不満の色は見られない。
腹に入ってしまえば、後はみな同じだ。
食べている自分が満足なら、それで良いではないか。
どうせ誰かと一緒に食べるわけではないのだから。
食事を終えると、彼は足元のシャツの山から、汚れていないものを目で探し、これと思うものを摘み上げた。
鼻を近づけてみるが、特に臭いも気にならない。
同様の方法でズボンと靴下を選んだ彼は、早々に着替えを済ませて玄関へと向かった。
靴べらを探す彼の姿を、傾いた姿見が映し出す。
顎には、薄っすらと無精ひげが生えていた。
まあ、いいだろう。
どうせ、誰かに会いに行くわけでも……。
「おっと……」
そこまで考えて、彼はようやく今日の用事を思い出し、洗面所へと向かった。




